2 邂逅
「あたしは一緒の部屋で構いません。いえ、クロム様を護衛するためにも、ぜひ同じ部屋に……!」
なぜかシアが息を荒げ、身を乗り出した。
頬が真っ赤だ。
ツーサイドアップにした赤い髪の先端部を指に巻きつけ、落ち着かなさそうにいじっている。
「そ、そういうことなら、私も……【従属者】としてクロム様のおそばに……その」
ユリンが恥ずかしそうに身をくねらせつつ、シアの隣で告げる。
こっちもハアハアと息が妙に荒い。
「全員同室か」
俺は小さくつぶやいた。
……恋人や夫婦でもない男女が同室で宿泊というのは好ましくないと思うが、ここは魔族軍の本拠地だ。
甘い考えは捨てるべきだろう。
「……じゃあ、俺たち三人でこの部屋を使わせてもらおう」
「承知いたしました。では、伽は不要ということですね」
いや、伽の話はもういいだろう。
「多人数を相手にしたいということでしたら、いつでもお申し付けくださいませ。選りすぐりの女魔族をあてがいますので。お望みなら、わたくし自らが──」
「いや、いい」
というか、フランジュラスを寝所に招くのは、いくらなんでも危険すぎる。
「むむむ……魔族とはいえ超美人だし、クロム様をここまでストレートに誘惑してくるなんて……強敵、かも」
「油断なりませんね」
なぜかシアとユリンが顔を見合わせ、妙な闘志を燃やしていた。
──というわけで、俺たちは客室でくつろいでいた。
こうやって屋内で過ごすのは久しぶりだ。
しかも、まるで貴族のように豪勢な室内である。
「すごい、これ綺麗……あ、こっちも素敵~」
シアは部屋の調度品を興味深げに見ているし、
「きゃあ、ふかふかですね~」
ユリンなどは部屋の中央にあるベッドに寝転がってはしゃいでいる。
俺は椅子に座り、一息ついていた。
二人のような元気な体力はないので、おとなしく休息だ。
と、
「今まで私のせいで野宿ばかりでしたね。すみません」
ユリンがあらたまって俺とシアに頭を下げた。
「謝る必要はないだろう。それに今のユリンはもう魔物を呼び寄せることはないんだ」
「そうそう、ここを出た後も宿に泊まったりできるよ。ユリンちゃん」
すまなさそうなユリンに俺とシアが言った。
「ありがとうございます」
ユリンははにかんだ笑みを浮かべた。
「クロム様も休息なさってください。何かあればあたしがお守りします」
シアが言った。
「といっても、基本的にクロム様のスキルで害は防げると思いますが……」
「ああ、【固定ダメージ】が全部守ってくれるだろう。お前こそ休め、シア。随分と働いてもらったからな」
「あたしは……あなたのお役にたてるなら、疲れなんてありません」
頬を赤く染めて、シアが告げる。
「クロム様こそ、いくら強力な永続スキルを備えているといっても、お体はそれほど丈夫ではありません。どうかお休みください」
「……さっきから譲り合いばかりですね」
ユリンがぽつりとつぶやいた。
「お二人の息が合っている感じが素敵です。恋人同士みたいな甘い雰囲気さえ感じます、ふふ」
「っ……!? や、やだな、あたしとクロム様はそんな関係じゃないよ……えっと、その」
シアがますます赤くなった。
「……じゃあ、私にもチャンスが」
「えっ」
いきなり真顔に戻るシア。
ユリンは恥ずかしそうに身をくねらせ、
「い、いえ、なんでもありませんっ……」
さっきからどうしたんだ、二人とも。
夜も更けてきたし、俺たちは寝ることにした。
さすがにシアやユリンと一緒のベッドは問題がある。
──と思って、床で寝ようとしたのだが、
「駄目ですよ、クロム様」
「それでは体力回復に差し支えます」
二人に強硬に言い��られ、最終的には三人一緒のベッドで寝ることになった。
……寝付けなかった。
野宿から屋内での宿泊に変わったせいか。
それとも気分が高ぶっているんだろうか。
あるいは、両隣に美少女二人という状況で、柄にもなく照れてしまっているのか。
まあ、その全部が混じっているのかもしれないな。
シアとユリンは、やはり疲労がたまっていたのか、ぐっすりと眠っている。
二人を起こさないよう、俺はそっとベッドから降りた。
「ふう……」
やはり、疲労がかなり溜まっているのが分かる。
やせ細った手足に、二十代の平均よりはるかに低い体力。
そんな体で旅を続けてきたんだ。
ライオットを殺し、イリーナを魔獣に変え、ヴァレリーに永劫の苦痛を味わわせ──。
『なるほど、深い【闇】を感じるぞ……高位魔族をも凌ぐほどの……』
どこかから声が響いた。
俺はハッと周囲を見回す。
『声』というよりも、頭の中に直接響いたような感じだった。
突然、視界がぼやけ、黒い髑髏に似たシルエットが浮かび上がる。
「なんだ、こいつは……!?」
戸惑う俺。
『こうして話すのは初めてだな。【闇】の深淵に到達せし者よ』
髑髏はカタカタと歯を鳴らし、告げた。
しんと室内は静まり返っている。
まるで時間そのものが凍りついたような感覚だ。
左右を見ると、シアもユリンも穏やかな寝息を立て、ぐっすりと眠ったままだ。
『余はヴィルガロドムス』
髑髏の言葉に、俺はふたたび息を飲んだ。
『かつて勇者に討たれた魔の王である』