8 予兆の告知
めくるめくひと時を過ごしたファラは、寝室を出て大浴場に入った。
愛奴たちと楽しんだ後は、いつもここで体を洗うのだ。
お供はお気に入りの少女奴隷である。
よく気が利き、ファラの身の回りの世話を主にさせていた。
もちろん、興が乗ったときには夜伽をさせることもある。
「ふうっ」
ファラは熱く火照った褐色の裸身を水で流した。
体には甘い余韻が残っている。
モヤモヤしていた気分がすっかり晴れたわけではないが、幾分すっきりしていた。
「ご満足されたようですね、ファラ様」
少女奴隷が側に跪き、彼女の腕や足を恭しく洗う。
「まあまあね。強敵との戦いほどの爽快感はないけど、あの三人にたっぷりと気持ちよくしてもらったから」
ファラは艶然と笑った。
「それは何よりです」
嬉しそうに微笑む少女奴隷。
可憐で美しいその顔を見ていると、またムラムラしてきた。
「お前にも、少し奉仕してもらうね……おいで」
「は、はい、ファラ様。喜んで──」
ファラが誘うと、彼女は嬉しそうに頬を赤らめた。
「本当に可愛いね、お前は」
花のような唇を奪おうと、ファラが顔を寄せ──、
次の瞬間、少女奴隷の体が爆散した。
「これは──」
無数の肉片と鮮血が降り注ぐ。
それらを浴びながら、ファラは顔色一つ変えない。
即座に意識を戦闘モードへと切り替える。
「誰だ!」
鋭い声で叫びつつ、壁際に走った。
立てかけてあった剣を取る。
「あたしをファラ・ザイードと知ってのことか!」
グラマラスな裸身をさらしたまま、剣を構えた。
油断なく周囲を見回す。
『警戒するな。私はお前の味方だ』
声とともに、前方で黄白色の光が弾けた。
光の中から、でっぷりと太った男が現れる。
「お前は──」
ファラが驚きの声を上げた。
『名はヴァーユ。勇者ユーノに付き従う者』
「ヴァーユ……?」
『聖剣アークヴァイスに力を与える存在……といったほうが分かりやすいか?』
そういえば、ユーノから聞いたことがある。
聖剣には【光】と呼ばれる力が宿っていることを。
それは独自の意志を持ち、ユーノを助けてくれている、と。
「お前が、その【光】なの?」
裸身をさらしたまま、ファラは鋭い視線を男に向ける。
『正確には【光】の一部にすぎん。まあ端末といったところだな』
と、ヴァーユ。
彼女の艶めかしい裸体に惑わされた様子はない。
「とりあえず、あんたは敵じゃないということね?」
言いつつも、ファラは警戒を解かない。
「じゃあ……なぜ、あの子を殺したの?」
『【光】や【闇】の話を聞かせたくなかった』
「殺すことはないでしょう。お気に入りの奴隷だったのに」
ヴァーユの言葉に舌打ちするファラ。
「……まあ、代わりはいくらでもいるけど、ね」
『なかなか冷徹だな』
「あの子を粉々にしたあんたに言われたくない」
ファラはヴァーユをにらんだ。
「それにあたしは冷徹じゃなくて、ただ合理的なだけよ」
『ふむ。それは重要な資質だ』
「剣士として、ね」
『【光】の使い手としても──だ』
ニヤリとするヴァーユ。
「【光】の使い手……?」
『お前にはユーノの【光】の一部が宿っている。他の勇者パーティと同じく、な。ゆえに──限定的ではあるが、私はお前と接触することができる』
ヴァーユが説明する。
『二年前、『闇の鎖』の儀式によって降臨した【闇】と【光】──それが呼び水となり、世界各地の【闇】と【光】は互いに引かれ、互いに力を強めつつある。やがては世界全土を覆うほどに』
「なんの……話をしているの?」
『ユーノを守れ、ファラ・ザイード』
【光】の端末を名乗る男は厳かに告げた。
『来たるべき戦いに備えよ。恐るべき【闇】の使い手が、やがて勇者を討つために現れる』
「勇者を討つ者が……?」
『ユーノが倒されれば、世界は【闇】に覆われるだろう。それを阻止できるのは、お前しかいない』
「あたしが……ユーノを守る……」
ファラはヴァーユの言葉を反芻した。
大浴場からバルコニーに出た。
いつの間にか、すっかり日が沈んでいる。
夜空には、満天の星。
その一角に、異様に赤い星が見えた。
昨日までは見えなかった星が──。
『魔王復活の予兆かもしれんな』
ヴァーユが告げた。
『あるいは、新たな魔王誕生の──』
「えっ?」
『そろそろ、ここで実体化できる限界だ。私はもう行くぞ』
ヴァーユの姿が薄れていく。
『先ほどの言葉を忘れるな。ユーノを守るのだ、ファラ。【光】を守れ』
「【光】を……」
『そして万が一のときには、お前が代わりに【光】を使え。【闇】に──【
謎めいた言葉を残し、ヴァーユは完全に消えた。
ファラは褐色の裸身を夜闇にさらしたまま、静かにたたずんでいた──。
次回から第6章「闇と魔王」になります。
一週間ほどお休みをいただき、2月24日(日)から更新再開予定です。
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