6 魔王軍の残党
「断る」
俺はフランジュラスにはっきりと言った。
「俺は勇者ユーノたちと敵対している。だが、魔族に与するつもりはない」
「残念です」
吸血鬼の美姫は、憂い顔でため息をついた。
ハッとするほど美しいが、だからといってほだされることはない。
「では、利害が一致する部分で協力する、というのはどうでしょう?」
「しつこい奴だ」
「……私を消しますか?」
フランジュラスが一歩後ずさった。
それでもまだ俺との距離は8メートルほど。
【固定ダメージ】の射程圏内だ。
俺が奴を敵と認定すれば、その瞬間にスキルが発動するだろう。
いかに吸血鬼真祖といえど、9999のダメージには耐えられない。
なんらかの手立てで耐え、逆襲に転じたとしても、シアとユリンが俺を守る。
【固定ダメージ】のスキル効果は、敵が範囲内に入った瞬間と、以後の3秒ごとに9999ダメージを与え続けること。
一度や二度耐えたところで長くは持たない。
フランジュラスに勝ち目はないはずだ。
──
俺がフランジュラスを敵と認定しようと考えた、その瞬間、
「スキル【魔獣化】」
彼女の全身が黒いモヤに包まれた。
同時に、その体が無数のコウモリに変化する。
コウモリの群れは、超速の羽ばたきで俺から離れた。
【固定ダメージ】の効果は一瞬遅く、フランジュラスには及ばなかったようだ。
無数のコウモリは空中で集まり、元の美女姿に戻った。
さすがに吸血鬼真祖だけあって、多彩な能力を持っているらしい。
「それで逃げたつもりか」
俺は右手から黒い鎖を伸ばした。
「我らのアジトには、あなたが求めている人物もいますよ? 会ってみませんか」
着地するフランジュラス。
「それに──あなたの力をさらに磨くためのヒントも」
その笑みが深まった。
……こいつ。
俺は鎖を伸ばして奴を拘束しようとして──止める。
正直、少し惹かれたのは事実だ。
さて、どうするか。
俺は思案した。
もちろん、魔族と協力して人類に敵対する気なんてない。
ただ、復讐を確実に遂げるためには力が必要だ。
マルゴやファラには問題なく勝てるだろうが、ユーノだけは別である。
この間の対峙では圧倒したとはいえ、奴だってまがりなりにも魔王を倒し、【光】を持っているんだ。
土壇場で何かの力に覚醒しないとも限らないし、そもそもどんな奥の手を持っているのかも分からない。
やはり万全の準備を整えていくべきだろう。
「……いいだろう、案内しろ」
「クロム様!?」
シアとユリンが同時に声を上げた。
「心配するな。魔族の味方になるわけじゃない」
ただ見極めるだけだ。
奴らに利用価値があるのか、どうかを。
──魔王軍残党のアジトは各地にあるそうだ。
その本拠ともいえるものはルーファス帝国にあったのだが、勇者ユーノと女剣士ファラ、騎士マルゴに攻められ、すでに陥落。
そこを守る高位魔族ラギオスは討たれたと聞いている。
俺たちが案内されたのは、そことは別のアジトだ。
さっきの場所から数キロほど離れた、とある山の中腹。
天然の洞窟の奥に隠し扉があり、向こう側に広大なダンジョンが広がっている。
その、最深部──。
「ようこそ、我らが拠点に」
巨大なホール状の部屋で、フランジュラスが微笑んだ。
玉座を模した椅子が二つある。
魔王軍残党を総べる幹部──ラギオスとフランジュラスのものだろう。
……もっともラギオスは巨大な竜だから、こんな椅子には座れない。
単なる飾りとして設置してあるようだ。
と、
「人間……」
「いや��魔人も混じってるぞ……」
「俺たちと似た匂いを感じる……」
暗闇に灯る、無数の赤い光。
魔族たちの眼光だ。
「へっ、だからって人間がここに入っていいわけねーだろ!」
そのうちの一つが、俺たちに向かってきた。
体長5メートルほどの、狼の姿をした魔物。
「がは……ぁぁぁ……っ」
そいつは、俺の10メートル内に入った瞬間、血しぶきを上げて絶命した。
「すまんな。殺気立っているようだ」
轟音が頭上から響いた。
巨大な竜が、そこにたたずんでいる。
「お前は──」
蒼き竜、ラギオス。
フランジュラスと同じく、魔王軍十三幹部の一体だ。
しかも、さっきのハロルドの話だと、こいつはすでにユーノに討たれたということだったが……。
「『客人』をいきなり襲うとは、統制が取れていないんじゃないか?」
内心の疑問を押し殺し、俺は言った。
「面目ない」
素直に謝罪するラギオス。
「我らの組織はいまだ再編途上。人員も玉石混交だ」
まあ、魔王軍の大部分はユーノたちが倒してしまったからな。
「首尾よくここまで連れてきたのか。そいつがユーノに対抗するための【闇】の宿主か?」
声とともに、かつ、かつ、という足音が近づいてきた。
暗がりから、全身鎧をまとった騎士が現れる。
「お前は──」
俺は驚きに目を見開いた。
なぜ、こんな場所にいるんだ。
なぜ、勇者パーティの一員であるお前が、魔族の本拠地に──。
「マルゴ……!」
「クロム……か?」
マルゴもまた驚きの表情で俺を見ていた。
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