4 勇者ハロルド
七勇者。
それは神から選ばれ、聖剣を与えられた七人の戦士たちだ。
もちろん、ユーノもその一人。
二年前、魔王ヴィルガロドムスの脅威に世界中がおびえていたころ──。
七人の勇者は仲間とともに、各地で魔王軍と戦っていた。
世界を守るための崇高な戦い……だったはずなのだが、やはり勇者といっても人間だ。
虚栄心や名誉欲などが絡み、いつしか七勇者とそのパーティは互いの戦績を競い合うような雰囲気になっていった。
俺が属していたユーノのパーティは七勇者の中で戦績最下位。
そのことに焦っていたメンバーもいたように思う。
はっきりと態度に出していたのは、ライオットくらいだったが……。
ユーノたちも内心では焦っていたんだろう。
だからこそ、俺を生け贄に捧げ、より強力な力を得た。
やがてユーノたちは魔王を討ち、七勇者の中で抜きんでた存在となった。
最強の勇者パーティ。
正義と平和の象徴。
神の力の降臨。
未来永劫語り継がれるであろう大英雄たち──。
他の六勇者は、そんなユーノたちの陰に隠れる形となった。
「さあ、覚悟しろ──」
ハロルドが光り輝く剣を構えた。
年齢は三十半ばくらいで、ユーノより一回り年上だ。
ずんぐりした体形で緑色の軽甲冑をまとっている。
「風を操る聖剣『ガーレヴ』──だったか」
つぶやく俺。
「……知っているのか、俺の剣の属性を」
「まあ、噂で……な」
眉を寄せるハロルドに、俺は言葉を濁した。
こいつらとは魔王軍との戦いで何度か共闘したことがある。
やはり単独パーティでは倒せないような強力な魔族や魔物もいたからな。
また、たまたま戦場がかち合い、成り行きで協力し合ったことだってある。
ちょっと粗野なところもあるが、人を助けるために戦う、まっとうな勇者たちだったと思う。
……少なくとも、仲間を犠牲にしてまで力を得ようとしたユーノたちよりはマシだろう。
だから、俺自身はハロルド一行に含むところはない。
けれど──、
「魔族にまで知れ渡っているとは、光栄だな」
ハロルドが皮肉げに笑う。
どうやら俺のことを魔族だと勘違いしているらしい。
以前に共闘したときとは、俺はすっかり変わってしまったから仕方がない。
黒髪は銀髪に、四肢はやせ細り、何よりも【闇】を身に着けたことで禍々しい雰囲気を発していることだろう。
かつての勇者パーティの一員、クロム・ウォーカーだ、なんて言っても信じてもらえないだろうな。
……まあ、イリーナの音声オーブを聞かせ、俺の境遇を話せば、信じてもらえる可能性はあるが。
そこまで明かすつもりは毛頭なかった。
ライオットやイリーナの件で、俺はお尋ね者としてマークされている危険がある。
あるいは、これからマークされる危険が。
よほど信頼できる相手以外に、軽々しく俺のことを話すべきじゃない。
「とりあえず──」
俺は、じゃらり、と右手から伸びる鎖を鳴らした。
「降りかかる火の粉は払う必要がある」
「うなれ、聖剣『ガーレヴ』!」
ハロルドが聖剣をかざした。
「スキル発動──【
S字型に湾曲した刀身から旋風の刃が数百単位で放たれる。
鋼鉄をも紙のように引き裂くその攻撃は、
ばしゅっ……-!
俺の周囲10メートルに展開されている黒い鱗粉に触れたとたん、霧散した。
「馬鹿な!?」
ハロルドが愕然と叫んだ。
「高位魔族をも両断するスキルだぞ!? それをあっさりかき消した──」
他のメンバーたちもざわめいている。
「聖剣の攻撃も【固定ダメージ】には通じないか」
『当然です。聖剣は【光】を備えているとはいえ、その力は微弱な���の』
俺のつぶやきに、ラクシャサが出てきて解説した。
『より深層の【闇】を持つ宿主様の敵ではありません。なんらかの儀式で聖剣を【
「アーク……?」
俺は眉を寄せた。
ユーノの聖剣『ヴァイス』は、『闇の鎖』の儀式を経て、『
「ユーノだけじゃなく、他の勇者も同じことができるのか?」
「むしろ、聖剣は【アーク】に進化させることを前提として作られています」
と、ラクシャサ。
「勇者に与えられた聖剣──【光】の力はあくまでも呼び水。さらに強き【光】と【闇】を呼び寄せるための。呼び覚ますための」
どういう、意味だ──?
「くっ、なんて化け物だ……!」
ハロルドの声に、俺は意識を戻した。
勇者パーティはいちようにおびえた顔だ。
さっきの攻撃は、よほど自信があったんだろう。
それを俺があっさり破ったことで戦意をくじかれたか。
このまま脅して、追い払うか。
あるいは、シアやユリンに任せるか。
俺は勇者たちをまっすぐに見据え、考えを巡らせる──。
「あら、勇者の一味ですか」
微笑み混じりの声が、別方向から響いた。
「それにそちらは──【闇】の宿主ですね。ようやく見つけましたわ」
新手……じゃなさそうだ。
今度はなんだ──?