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16 従属と制裁2

「お前もこのクリスタルに入り、ヴァレリーを見守り続けるんだ。助けることもできず、ただ苦しむ様を見続ける。当然、お前自身も同じ苦痛を味わいながら──それをお前の『罰』とする」


 俺はマイカに宣告した。


 自身の苦痛以上に、自分がもっとも愛する者の苦しむ姿を見続けることは、マイカにとって何よりの苦しみになるだろう。

 何よりの──絶望になるだろう。


「くっ……うう……」


 マイカはおびえた表情のまま、もはや抵抗の気力もないようだ。


 まず、ヴァレリーと同じやり方で、奴の魔力を奪った。

 これで魔法を使って逃れることはできなくなった。


 だが、マイカにはまだ【光】の力がある。

 それを封じるため、俺は【闇】の鎖の一部を外して、奴の全身を拘束した。


「くっ、こんなもの……」


 マイカは体を左右によじるが、鎖はあっという間に奴と一体化して取れなくなった。

 その状態のマイカをヴァレリーの隣のクリスタルに入れる。


「愛しい師匠と同じ境遇に身を置けるんだ。よかったな、マイカ」


 俺は冷え冷えとした視線をマイカに浴びせた。

 マイカが入ったクリスタルの起動スイッチを押す。


「ぐ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 可憐な面立ちに似つかわしくない、動物めいた苦鳴が響いた。

 マイカはクリスタル内で、苦痛に顔を歪めて絶叫を繰り返す。


「その痛みじゃ【闇】をはねのけるほどの【光】を使うことは無理だろう。スキルを使うための精神集中をすることさえ、な」


 魔法もスキルも封じたし、これでマイカは脱出不能だ。

 魔法で自らの命を絶つことさえできない。


 二つ並んだクリスタルは、師弟そろって生き地獄を味わい続けるための牢獄となった。


 これで──ユリンの村の人たちが生き返るわけじゃない。


 だけど、そういうことじゃないんだ。

 復讐とは、きっとそういうことのためにするものじゃない。


 復讐の意味──なんてことを考えると、俺自身も激しく心が乱れてしまうから、答えを見いだせないでいるが。

 少なくとも、決着を一つつけることができた。


 それがきっと大切なことなんだろう。


「ユリン、お前が望む結末ではないかもしれないが……」

「いえ、私は──少し気持ちが軽くなりました」


 ユリンが俺を見つめた。


「やっぱり……きれいごとだったのかもしれません。私、マイカが手足を潰されるところを見て、ひそかに喜びを覚えました。村の人たちの報いだ、もっと苦しめ、って──自分の中の残酷な気持ちが目覚めていくような感じがありました……」

 彼女の瞳が潤み──だけど、涙は流れなかった。


 魔人、らしく。


「感謝します、クロムさん──いえ、クロム様」




 ぱりん、と甲高い音が響いた。




「えっ……?」


 驚いた顔をするユリン。


 彼女の体に刻まれていた紋様が──『闇の香気』の紋が、跡形もなく消え去ったのだ。

 おそらく、マイカの攻撃で貫かれた際に、なんらかの干渉があったんだろう。


「……ふん、奴が一つだけ罪滅ぼしをしたわけだ」


 俺は鼻を鳴らした。

 もちろん、だからといってマイカを許すつもりなどないが。


「──行くぞ。シア、ユリン」


 俺は二人の【従属者】に告げ、歩き出した。


「痛い痛い痛い痛い痛い……くそぉぉぉぉっ、許さんぞ、クロムぅぅぅぅぅっ! マイカ、貴様も弟子ならちょっとは役に立たんのか……性欲処理にしか使えん無能がぁぁぁぁぁっ! ぐあああああああぁぁぁぁぁぁあああ、痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「うあああああ、痛いよ、痛いよぉぉぉぉぉぉっ! ヴァレリー様、この痛みを一緒に分かち……ぐあぁぁぁぁぁ、くそ、やっぱり嫌だぁぁぁぁぁっ、あんたなんかに抱かれなきゃよかった……ぐあぁぁぁ、くっそぉおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!」


 背後からは、師弟の怨念がこもった悲鳴と苦鳴が聞こえてくる。


 ──てっきり相手を思いやるのかと考えていたが、意外に奴らの絆は薄っぺらかったらしい。


 まあ、今からは邪魔が入ることもない。

 師弟水入らずで、じっくり本心を語りあってくれ。


 俺はシア、ユリンとともに研究所を後にした。




「仕上げだ。ユリン、お前のスキルで研究所を他の人間から見つけられなくできるか?」

「はい、クロム様」


 ユリンは恭しくうなずき、右手を掲げた。

 彼女のつぶらな瞳が、綺麗な爪が、妖しい赤の輝きを灯す。


「スキル発動──【迷彩】」


 声とともに、研究所の建物全体が真紅の輝きに覆われた。


 スキル【迷彩】。

 魔人となったユリン固有のスキルで、対象を他者から認識できなくさせる。


 これで俺たち以外の人間は、この研究所を見つけられない。


 奴らが脱出する方法はない。


 救われる手立ても、ない──。

次回で4章ラストです。


  ※ ※ ※


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↑2月2日18時から公開開始。25作の中のどれかが僕の作品です(連載予定)。

よろしければ、どぞ~!

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