15 従属と制裁1
「ユリンを俺の【従属者】に……」
『もちろん、宿主様と彼女の双方の意志が合致しなければ成立しませんが』
驚く俺に、ラクシャサが説明した。
【従属者】。
それは【闇】を宿した俺が、力の一部を分け与えた対象のことだ。
俺が相手を認め、相手もまた俺に従う意志を見せることで、その関係が成立する。
「ユリンを助けられるなら、俺は異存ない。後は──」
「私も……異存ありません……」
はあ、はあ、と苦しげな息の下でユリンが語った。
「クロムさんはヴァレリーを封じ、多くの被験体の方たちを救ってくださいました。そして今も、村の人たちの無念を晴らそうとしてくれています。私は、あなたになら従うことができます。従いま……す……」
言いながら、彼女の顔色から血の気が引いていく。
つぶらな瞳はうつろで、すでに意識がもうろうとしているのだろう。
「もういい。それ以上はしゃべるな」
俺はユリンを制し、ラクシャサを振り返った。
「聞いたとおりだ。俺はユリンを【従属者】にする」
『承知しました。では──』
彼女が白い手をまっすぐに伸ばした。
そこに絡みついた黒い鎖が、がしゃり、と鳴る。
『術者の意志を確認。ユリン・エルネスを術者の【従属者】として認定します』
鎖から黒紫に輝く粒子があふれ、ユリンの右足に吹きつけられた。
「んっ……」
小さく喘ぐユリン。
「足が……熱いです」
ぼろぼろになったメイド服から露出した太ももに、ハートを意匠化したような紋様が浮かんでいた。
『【従属者】の紋章を宿したのです。これよりあなたは宿主様のしもべ』
と、ラクシャサ。
『次に、【闇】のスキルを【従属者】に付与します』
「ユリンを救うには、どんなスキルを与えればいいんだ?」
『【魔人化】です、宿主様』
俺の問いにラクシャサが答えた。
「【魔人化】……?」
『以前、イリーナ・ヴァリムに与えた【魔獣化】のバリエーションですね。醜い魔獣になることはなく、基本的に人の姿、意志や理性をそのまま残しつつ、魔人としての超常の能力や生命力を身に着けることが可能です』
ラクシャサが説明する。
「つまり──ユリンは人間じゃなくなる、ってことか」
『彼女が助かる方法は、魔人としての生命力を得ることのみ』
……人のまま死ぬか、魔人になって生き長らえるか、そのどちらかというわけか。
「いったん【魔人化】して、傷が治ったらスキルを解除して、人間に戻すことはできないのか?」
『【魔獣化】は宿主様の意志で解除可能なスキルですが、【魔人化】は【固定ダメージ】と同じく完全永続スキルです。一度与えれば、死ぬまでそのままです』
俺の問いに、ラクシャサは断言した。
「私は……それで構いま……せ……ん」
ユリンが息も絶え絶えに言った。
その顔には、徐々に死相が浮かび始めている。
このままでは、死ぬ──。
「お願い……します……」
焼けただれた顔は、必死の形相だった。
生きたい。
死にたくない。
彼女の、強い意志を感じる。
「──分かった」
俺は決心した。
「【従属者】ユリンに、【魔人化】スキルを与える」
「これが……私……?」
ユリンが立ち上がった。
さすがは魔人というべきか──。
スキルを与えると、みるみるうちに彼女の胸の傷は塞がった。
血まみれだったメイド服も染み一つない状態に変わっている。
あらためてユリンを見るが、外見上の変化は特になかった。
ただ──雰囲気が違う。
あどけない少女の姿そのままに、全身から禍々しい瘴気を放っていた。
「体の調子はどうだ?」
「はい、もうなんともありません。というか、力がどんどん湧いてくる感じですね」
「ひ、ひいい……」
悲鳴が聞こえた。
マイカだ。
砕けた四肢で必死に這いずり、逃げようとしていた。
「逃がすと思うか」
俺の意志に応じて、黒い鎖が奴の体を引っ張った。
さらに空中に持ち上げ、磔のようなポーズで固定してしまう。
マイカはそれ以上逃げられなくなった。
このまま【固定ダメージ】で消し飛ばしてやろうかと思ったが、ふと考えが変わる。
鎖を使えば、体力がない俺でもマイカを運ぶことができる。
ならば──、
「シア、ユリン。ヴァレリーの研究所に戻るぞ」
マイカをそこに連れていき、制裁を加えるとしよう。
賢者区画。
ヴァレリーの研究データを保管した場所の最奥に、奴は封じられている。
「ぐあぁぁぁぁ……い、痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃぃっ……!」
黒いクリスタル内で、ヴァレリーが体をよじって悲鳴を上げていた。
このクリスタルは、内部の人間に永続的な苦痛を与え続ける魔導装置だ。
四肢の腱を断たれ、魔力も失っているため、脱出は不可能だった。
「ああ、ヴァレリー様……!」
マイカが悲痛な顔でうめいた。
その体は俺が黒い鎖で拘束している。
マイカやヴァレリーをうっかり消し飛ばさないように、俺自身は10メートル以上離れた場所に立っていた。
「クロ……ム……」
ヴァレリーが俺を見て、すがるような表情を浮かべる。
「許してくれるのか……ここから出しに来てくれたのか……」
弱々しい声だった。
馬鹿か、こいつは。
俺がお前を許すわけがないだろう。
「た、頼む、助けてくれ……痛いんだ、もう嫌だ……頼む……頼む頼むたのぉむぅぅぅぅぅ……」
「そうか、苦しいか。そいつは不憫だな」
俺は微笑を浮かべた。
「おお、ありがとう、クロム……」
「お前の弟子が俺の仲間に──村に散々なことをやってくれたからな。その不始末の責任を師匠であるお前に取ってもらう」
俺は微笑を冷笑に変えた。
「さらなる苦しみを味わってもらうぞ、ヴァレリー。お前の愛しい弟子とともに──」
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