14 決着の一瞬
俺の手から伸びる黒鎖がマイカの全身に絡みつき、動きを封じていた。
「動けない……」
身をよじらせるマイカだが、鎖はビクともしない。
「『スラッシュ』! 『ブラスト』!」
マイカが切断や破壊系の魔法をぶつけても、傷一つつかない。
「な、ならば──スキル【祝福の矢】!」
今度は【光】のスキルで鎖を攻撃してきた。
が、結果は同じだ。
漆黒の鱗粉に触れた攻撃は、等しく塵になるのみ。
俺は一歩一歩、距離を詰めていく。
「い、嫌だ……死にたくない……」
マイカの表情が恐怖でひきつった。
魔法もスキルも、俺にはまったく通用しないことを完全に理解したのだろう。
「お願いです、殺さないで……」
「お前はそうやって命乞いした村の人たちを助けたのか?」
俺は冷ややかに言った。
歩みは止めない。
こいつの命乞いなど、聞く価値もない。
「ひ、ひいい……」
絶望にまみれた顔は、それでもなお美しかった。
少女のような可憐さと相まって、誰しも憐憫の情を抱かずにはいられないだろう。
だが、俺は違う。
当たり前だ。
こいつがユリンの村にしたことを考えれば、許せるはずなんてない。
「助けて……ヴァレリー様……愛しています……どうか、助けて……」
がちがち、と歯の根を鳴らしながら、マイカがつぶやく。
天を仰ぎ、ヴァレリーの名を何度も叫ぶ。
「死にたくなぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
絶叫した。
その瞬間──、
「何……!?」
マイカの全身から黄金の炎に似たオーラが立ち上る。
さらに、それに混じって漆黒のオーラが混じりあう。
「なんだ、これは……!」
まるで──【光】と【闇】が同時に吹き上がっているような感じだ。
「僕に近づくな、僕に触れるな。僕に触れていいのはヴァレリー様だけだ……消えろ、邪悪な力……!」
マイカが叫んだ。
金と黒のオーラがねじれながら槍のように変化し、突き進む。
それは黒い鱗粉にぶつかり、消滅する──。
「貫け!」
マイカが叫んだ。
「【
鱗粉を跳ね除け、金と黒の槍がさらに突き進んだ。
「【固定ダメージ】を弾いた!?」
槍は俺に向かって、まっすぐに突き進む。
「クロムさん!」
そのとき、横合いから誰かが飛び出した。
「は……ぁっ……く、ふ……ぅ!」
くぐもった悲鳴とともに、どさり、と倒れるその人物。
「ユリン!」
「ユリンちゃん!」
俺とシアの叫び声が重なった。
禍々しい槍がユリンの胸元を深々と貫いた。
金と黒、二色の炎が吹き上がり、彼女の全身を焼く。
「あ……きゃぁぁっ……はぁぁ、あああああっ……」
苦鳴と、絶叫。
美しかった顔も、体も、焼けただれてしまう。
「はあ、はあ、あぁ……」
荒い息をつきながら、ユリンは苦痛に顔をゆがめていた。
まだかろうじて生きているようだ。
だけど、このままでは──。
「ちっ、よけいな邪魔を!」
マイカが怒声を上げた。
「もう一度、貫け! 【
「させるか!」
「あたしが!」
ユリンの胸から抜け、空中に浮かび上がった金と黒の槍に、シアが【切断】の魔剣を叩きつける。
「きゃあっ……」
槍が放つオーラに、シアは大きく吹き飛ばされた。
だが、槍の動きも一瞬止まる。
その一瞬が──勝負を分けた。
「終わりだ、マイカ!」
俺が放った黒い鎖が奴の四肢を縛り、思いっきりねじ曲げた。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
手足の骨をへし折られ、マイカは倒れ伏して苦鳴を上げる。
激痛でスキルの制御ができなくなったのか、金と黒の槍は地面に落ちた。
「お前への制裁は後だ。まずはユリンを助ける」
俺はマイカを見下ろし、言い放った。
全身が焼けただれたユリンを見て、胸に鈍い痛みが広がる。
俺をかばって、彼女は傷ついた。
絶対に──助けるんだ。
「ラクシャサ、来い!」
『ふふ、現世で名前を呼んでいただくのは初めてですね』
俺の呼びかけに応え、黒い衣の美女が虚空からにじみ出るようにして出現する。
「【闇】のスキルの中に、対象を治癒する者はあるか?」
たずねる俺。
「そこに倒れている女を助けたい。該当するスキルがあれば教えてくれ」
『【闇】が強まった影響で、あなたの所持スキルは増えています。助けるだけなら可能ですよ』
と、ラクシャサ。
俺は安堵の息をついた。
「じゃあ、そのスキルを──そうだな、シアに使ってもらうことはできるか?」
『【従属者】に付与できるスキルは無制限ではありません。スキル所持数が増えるほど、負担も大きくなります』
「負担……?」
『現状では問題ありませんが、三つ以上増やすと精神崩壊の危険性が出てきますね』
なぜか妙に嬉しそうに微笑むラクシャサ。
「じゃあ、どうすればいい? 俺自身は【固定ダメージ】以外のスキルは身に着けられないんだろう」
ユリンを見ると、かなり苦しそうだ。
呼吸も、手足のけいれんも、随分と弱まっている。
『その通りです。ただ、他に手立てはあります』
ラクシャサが微笑んだ。
『彼女に直接スキルを与えればよいのです』
「何……?」
それは、つまり──。
「ユリンを俺の【従属者】にしろ、ってことか……?」