11 宿命の対峙1
一歩、また一歩と──。
俺はユーノに近づいていく。
視界の端に表示された数字は『11』。
つまり俺と奴との距離は11メートルということだ。
あと1メートルでスキルの効果範囲に入る。
奴の【光】の前に、俺のスキルがそのまま通用するかは分からない。
防御されるのか。
相殺されるのか。
最悪の場合、無効化された上に反撃を食らうことだってある。
だが、俺は止まらない。
奴を前にして、止まることなどできるはずがない。
「君に【闇】の力があるなら、僕には【光】がある。むざむざやられはしないぞ!」
ユーノは手にした剣を構えた。
芸術品を思わせる優美な長剣──『
魔王ヴィルガロドムスすら切り裂いた、世界最強の剣だ。
「そいつで俺の【闇】を斬れるかどうか──試してみるか?」
「来い」
ユーノが凛とした顔で告げた。
俺はさらに一歩を踏み出した。
視界の端の数字が『11』から『10』に変わる。
ついにスキル射程圏だ──。
「うなれ、我が剣『アークヴァイス』! 聖なる【光】をもって、邪悪なる【闇】を切り裂け!」
仰々しい台詞とともにユーノが聖剣を振り下ろした。
黄白色に輝く斬撃が黒い鱗粉を薙ぎ払う。
その、瞬間──。
「うっ……!?」
「くっ……!?」
俺たちは同時にうめいた。
視界が、明滅する。
景色が、陽炎のように揺らめく。
「なんだ、これは!?」
脳裏に何かが浮かび上がってくる──。
暗い部屋の中に二つの人影がある。
爽やかな印象の青年と、清楚な外見の美女。
ユーノと、イリーナだ。
「このままでは、僕らは魔王に勝てない。いや、その幹部にすら勝てない……他の勇者パーティとは戦績の差が開く一方だ」
「ユーノ……」
苦悩の表情を浮かべるユーノに、イリーナが手を伸ばした。
どうやら、二年前の光景のようだった。
「原因は僕の力不足だね。ごめん。僕が、もっと強ければ……」
「ユーノ、自分を責めるのは止めてください」
イリーナの手がユーノの頬を撫でる。
「私やクロムがいます。他の仲間たちだっています。みんなでがんばりましょう」
「ありがとう。君は優しいね、イリーナ」
「あなたこそ。いつもみんなを気遣ってくれます」
頬を赤く染め、二人が見つめ合う。
漂う雰囲気は完全に恋人同士の、あるいはその一歩手前のものだった。
「……一つ、ヴァレリーさんが有効な呪法を見つけたんだ」
ユーノが言った。
「呪法、ですか?」
「この間、古代遺跡を探索したことがあっただろう? 魔王軍に対抗できる武具を探して──」
と、ユーノ。
「そこで見つけた呪法を使えば、僕を強くできるそうだ」
「まあ、朗報ですね」
イリーナが嬉しそうに微笑む。
一方のユーノは表情を曇らせ、
「ただ──その呪法を使うためには『生け贄』が必要だ」
「生け贄……」
「パーティ内の誰かを生け贄に捧げ、それによって僕は大いなる力を得る。ヴァレリーさんはそう説明していた」
「だ、誰を生け贄に……?」
イリーナの表情が青ざめている。
この女のことだ。
頭の中では、パーティ内の誰を切り捨てるかを考えているのだろう。
自分だけは生き残るために、最善の方法を考えているのだろう。
恐れおののいた表情も、こいつの本性を知った今では白々しさしか感じなかった。
「大切な仲間たちを生け贄にはできない。したくない。だけど僕自身は勇者として力を得るために、生け贄になるわけにはいかないんだ」
ユーノがうめいた。
「呪法を行うヴァレリーさんも、当然生け贄にはなれない。だから、残る候補はクロムくん、ファラさん、マルゴさん、そして──君だ、イリーナ」
「……で、では、私が……生け贄になります」
イリーナは震える声で言った。
そのままユーノに顔を寄せる。
「イリーナ……? ん……っ!?」
花のような唇がユーノの唇を塞いだ。
「な、何を──」
驚いたような顔をするユーノ。
「……ごめんなさい。生け贄になって死ぬ前に、想いを伝えたかったのです」
イリーナが恥ずかしそうに微笑んだ。
「私には将来を誓ったクロムという相手がいます。いけないと分かっていながら……私はいつのまにかユーノに恋をしてしました」
……当然、イリーナはすべてを計算ずくで行動のしている。
自分が生け贄になるという殊勝な主張。
その後で恋の告白をすれば、もともとイリーナに横恋慕していたであろうユーノは、彼女を生け贄にはできないだろう、と踏んだんだろう。
「僕も……同じだ。親友のクロムくんに悪いと思いながら、君への気持ちを抑えられなかった」
「ああ、私たちは結ばれない運命なのですね」
「いや、もしも……彼がいなければ」
ユーノは震える声で言った。
「ああ、ユーノ……恐ろしいです。それ以上言ってはいけません」
告げてうつむくイリーナ。
俺は、見た。
ユーノからは見えない角度で、イリーナが笑っている。
俺を生け贄にする、という話の流れに向かっていることを確信して。
「大丈夫。罪は、僕が背負うよ。君はただ……幸せになることだけを考えるんだ、イリーナ」
「ああ、ユーノ……愛しています」
「僕もだよ、愛しいイリーナ」
反吐が出そうなやり取りだった。
ユーノとイリーナが唇を重ね、そのままベッドにもつれこむ場面を、俺は冷ややかに見つめた。
──その後は、特筆すべきことはない。
数日後、イリーナは俺に求婚してきた。
禁呪法『闇の鎖』は生け贄となる者の怒りや憎しみ、絶望が大きければ大きいほど、効果を増す。
だから、俺の絶望を煽るための下準備として、イリーナは俺に結婚を求めたんだろう。
そして、おめでたい俺は何も知らずに浮かれてしまった。
その夜には彼女とユーノの逢瀬を見て、大きなショックを受けた。
さらにパーティメンバーたちに仕組まれ、生け贄にされて──。
「全部、つながったな」
俺が今の境遇に至るまでの流れが。
裏で、何があったのかが。
まあ、大半はすでにイリーナやヴァレリーから聞いて、知っていたことだったが。
あらためて本人たちのやり取りを目の当たりにしたことで、確かな現実だったんだと実感できたよ。
感謝するぞ、ユーノ。
おかげで、自分の気持ちを再確認できた。
俺は、お前たちを許さない。
俺が、お前たちにしようとしていることは間違ってはいない。
この道を──復讐の旅路を突き進めばいい、と。
確信をさらに強めることができた。