6 【闇】VS【光】
「見ていてください、ヴァレリー様。あなたの夢を踏みにじった男を、今僕が討ちます──これこそ、僕の愛の証……ヴァレリー様に、届け……!」
マイカが熱っぽい口調でつぶやく。
中空を見据える瞳は、どこか虚ろだった。
あるいはヴァレリーの姿でも幻視しているのかもしれない。
「見事、この男を倒した暁には、また愛してくださいね、ヴァレリー様……」
つぶやきながら、薄桃色の唇の端からツーッと唾液が垂れ落ちる。
……いったい、どんな妄想をしているのやら。
「シア、ユリン。俺から離れるな」
言って、俺は歩みを進めた。
基本的に【固定ダメージ】の対人戦術はシンプルだ。
スキルの効果範囲まで近づく──それだけである。
範囲内に入れば、その瞬間に対象に9999ダメージを与えることができる。
ほぼすべての敵は、それでカタがつく──。
「マイカ、といったな。『闇の鎖』の記録オーブはお前が持っているのか」
距離を詰めながら問いかけた。
状況から考えて、こいつがオーブを持っているのは、おそらく間違いない。
ただ、確認は必要だ。
あるいは、マイカの背後に黒幕がいないとも限らないからな。
「研究成果は、あの方の魂同然。当然僕が持っています」
マイカは胸元に右手を当てた。
「たとえあなたに殺されようとも、あるいは犯されようとも──絶対に渡しません」
「前者はともかく後者はないから安心しろ」
俺にヴァレリーのような男色趣味はない。
とりあえずマイカが記録オーブを持っていることは確認できた。
あとは奴を片付けてオーブを回収するとしようか。
ユリンの村をこんな目に遭わせた奴に遠慮も容赦も必要ない。
「消し飛ばす」
「やれるものなら!」
マイカがふたたび右手を突き出した。
羽毛型の矢が雨のように降り注ぐ。
射撃型のスキル【祝福の矢】。
俺は構わず前進した。
先ほど同様、矢群は俺の周囲にあふれる黒い鱗粉──【固定ダメージ】に触れる端から消滅する。
そして──奴との距離が10メートルに達した。
「終わりだ、マイカ」
「スキル【花の守護】」
俺の宣告とマイカのスキル発動は同時だった。
ばぢぃっ!
耳障りな音とともに、俺の全身から噴き出す黒い鱗粉が、マイカの前で弾け飛ぶ。
奴のほっそりした体を覆うように出現した、真紅に輝く花びらのような輝きによって。
「僕の【光】の力はさっきの【祝福の矢】だけではありませんよ。防御の方もこの通り」
マイカが微笑んだ。
「あなたの悪しき力は、僕には届きません」
「悪しき力……か」
「当然です! 【闇】の化身──僕の愛する人の夢を奪った! 希望を奪った! 絶望に突き落とした! 絶対に許せない!」
俺をにらむマイカの瞳は、今にも火を噴きそうに思えた。
今までは俺が敵に怒りや憎しみ、復讐心をぶつけていたが──今回は逆というわけだ。
「だったら、どうした」
マイカが発する強烈な憎悪を、俺は平然と受け止めてみせた。
「なんとも思っていないというのですか!」
マイカはますます激高する。
「あの方のもっとも大切なものを──あなたは踏みにじったんだ! 生涯を懸けて探究してきた夢を、希望を!」
「先に踏みにじったのは奴だ」
「黙れ!」
マイカが怒声を発した。
血走った目で俺をにらむ。
「僕はあの方の無念を晴らす。失ったものがもう戻らないなら、せめてあなたの首をヴァレリー様に捧げよう──」
「やってみろ」
「じゃあ遠慮なく──来い、【
マイカが両手を上げた。
「なんだ……?」
眉を寄せる俺。
次の瞬間、周囲から黄白色の輝きが立ち上った。
もぞり。
倒れていた死体がいっせいに起き上がる。
さながらアンデッドのように。
「気を付けてください、クロム様。あいつは、死んだ村人を自分の使い魔のようなモンスターに変えられるんです」
シアが警告した。
「あなたに【従属者】のあたしがいるように、マイカにも配下の者がいる、ということかと」
「なるほど。【光】側の【従属者】ってことか」
さらに、村人たちの死体は光をまとい、変身する。
異様に太い四肢に、輝く騎士鎧。
頭頂部の光輪に、背の光翼。
天使騎士、といった出で立ちである。
「さあ、【御使い】たちよ、そいつを殺せ!」
マイカが哄笑混じりに命じた。
おおおおおお……っ!
怒号とも咆哮ともつかない声とともに、十数体の天使騎士が四方から近づいてくる。
俺が展開している【固定ダメージ】にも恐れる様子はない。
「無駄だ。俺に近づいたものはすべて──」
言ったところで、違和感を覚えた。
「が……ぐぅぅ……」
黒い鱗粉に触れた天使騎士たちは、一瞬踏みとどまり、さらに二歩、三歩と歩みを進めたのだ。
そこでようやく輝く粒子となって消滅する【御使い】たち。
倒すには倒せたが──一瞬では消し飛ばせない。
奴らには9999ダメージを一撃や二撃耐えられるだけの生命力があるというのか。
「……いや、それも違うな」
俺は小さくうなった。
奴らに黒い鱗粉が触れた瞬間、淡い輝きが花弁状の形をとって弾けるのが見えた。
スキル【花の守護】。
マイカの力で【固定ダメージ】から天使騎士たちを守り、10メートルの距離を詰めて俺に肉薄する目論みか。
だが──甘い。
「クロム様……」
シアが俺の側に寄り添う。
不安な表情はしていないが、万が一のときには俺を守ろうというのか、険しい表情だ。
「心配するな」
俺はシアに、そして反対側にいるユリンにも微笑んだ。
「奴らごとき、俺の【闇】の敵じゃない」
次の瞬間、俺の全身から黒い鱗粉がさらに吹き出す。
ばぢぃぃぃっ!
ひときわ耳障りな音が響き、輝く花弁がすべて吹き散らされた。
そのまま天使騎士たちも消し飛ばす。
先ほどのように数歩進むことすら、もはやできない。
「なんだ……!? 一瞬で消滅する──」
マイカが戸惑いの声をもらした。
「僕のスキルが弱まっている……?」
「逆だ」
凛と告げる俺。
「俺の力が高まっているんだよ。お前の【光】に影響されて、な」