2 シアの魔剣1
SIDE シア
暗い森の中を、赤い閃光が駆け抜ける。
亜音速で疾走しているのは、スキル【加速】を使っているシアだ。
「体が……軽い!」
今までよりもスピードが乗る気がする。
見下ろすと、いつの間にか両足に見慣れないブーツが装着されていた。
メタリックな質感を持つその黒いブーツは膝上まである。
シアの美しいレッグラインを浮き立たせており、質感と相まって艶めかしい。
両くるぶしの位置には翼を模したパーツが取り付けられていた。
「【加速】の新しい段階……?」
シアは力強く地面を踏みこんだ。
土くれが爆発するように弾け、その勢いで一気に加速する。
シアが動いた後に、衝撃波が駆け抜けていった。
少女騎士のスピードが音速を突破したのだ。
「もしかしたら、クロム様の『力』が強くなった影響……?」
先のヴァレリーとの戦いで、クロムの【固定ダメージ】の──いや、【闇】その者の力は、明らかに強くなっていた。
『術者の絶望値及び憎悪値が上昇中……第二規定に到達しました』
『儀式の進捗率が85%に到達しました』
『術者の【闇】の出力が666%上昇しました』
【闇】が告げた言葉を思い出す。
その強まった【闇】が自分のスキルにも影響を及ぼしているのだろう。
強くなれば、もっとクロムの役に立てる──。
それ自体は嬉しい。
恩義のある相手だし、最近ではそれ以上の想いが自分の中で育っているのを、はっきりと自覚している。
だが──、
(【闇】が強くなった、ということは、クロム様の怒りや憎しみ、絶望が増したということでもあるのよね……?)
心配も、あった。
【闇】の力をどこまでも育み、どこまでも強めた先に──その果てに。
クロムに、何が待ち受けるのか。
クロムが、どう変質していくのか。
「たとえ何が起ころうとも、あたしはあの方を守る──」
シアは、自身に言い聞かせるようにつぶやいた。
「あの方の剣として、騎士として戦う……っ!」
決意を新たに、さらに駆ける。
と──前方に黄白色の光が明滅しているのが見えた。
「あれは……!?」
手足が異様に太い、黄白色の甲冑をまとった騎士だ。
その手に巨大なハンマーを携えている。
数は、全部で四体。
彼(?)らは一人の女を取り囲んでいた。
おそらく近隣の村人だろう。
年のころはシアより少し年上か。
死んだ彼女の姉──リーアにどことなく面立ちが似ている。
「ひ、ひいっ……!」
「絶望の声を上げよ、人の子よ」
「恐怖の叫びを上げよ、人の子よ」
騎士たちが厳かに告げた。
いっせいにハンマーを掲げると、ヴンという音がして、その頭頂にまばゆい光輪が浮かび上がる。
背からは光の翼が広がった。
まるで天使のような姿に変化を遂げた騎士たちは、女に向かって躊躇なくハンマーを振り下ろした。
まるで虫でも駆除するように平然と。
淡々と、叩き殺すために──。
「させないっ!」
シアは地を蹴り、距離を詰めた。
打ち下ろされるハンマーを斬り飛ばそうと【切断】を発動──、
「えっ!?」
だが、何物をも断ち切るはずの剣は、騎士が放つ輝きによって弾かれてしまう。
その間に、四本のハンマーが続けざまに叩きつけられた。
「ぐ……ぼ……ぁ……」
苦鳴とともに、肉塊と化す女。
「あ……あああああああああああああああああああああああ……!」
シアは絶叫した。
許せない。
許さない。
絶対に──!
潰され、殺された女がどことなく姉に似ていたことも。
【切断】ならどんなものでも切り裂ける──その思いが、慢心と心の隙を招いたことも。
そして何よりも、むざむざ犠牲者を出してしまったことが。
「あなたたちも、あたしも──等しく許せない」
シアの手にした剣が赤光を放つ。
刀身も、柄も、炎を発しているかのような強烈な熱が灯った。
「なんだと……!?」
「たかが人間が、これほどの【闇】を……!」
驚き、後ずさる天使騎士たち。
シアの剣が、変化する。
黒と赤の混じりあった光を放つ刀身が、倍ほどに長くなった。
さらに幅と厚みは三倍ほどに増加する。
最後に、剣先が二股に分かれた。
「あたしの剣が──」
シアは呆然と己の得物を見つめる。
まさしく、魔剣だ。
「【切断】の、新たな形態……!?」