1 追跡
「『闇の鎖』の呪法を記録した
俺はそこだけ空になっている棚を見てうめいた。
床に落ちている髪の毛を見ると、さっきのマイカという奴の仕業である可能性が高い。
「どうしますか、クロム様」
「追いかける」
俺は即断した。
それからユリンを見て、
「悪い。お前の呪法解除についても必ず調べる。その前に少し時間をくれないか」
状況から見て、マイカが逃げたのは少し前だろう。
今からなら追いつけるかもしれない。
これから先に控えている【光】の勇者ユーノとの戦いに備えるためにも、『闇の鎖』の記録オーブは入手しておきたいところだ。
「もちろんです。あなたはあのヴァレリーを封じ、多くの被験体を救ったんですから!」
と、ユリン。
「私のことは後回しで結構です。まずクロムさんがなすべきことを、どうぞ」
「ユリンちゃんのこともきっとなんとかしてくれるよ。大丈夫、クロム様は約束を守ってくださる方だから」
「はい」
微笑みあう二人の少女たち。
シアは俺を見て、表情を引き締めた。
「あたしが先行しましょうか?」
「頼めるか」
俺はシアに言った。
「ただし深入りはするな。あいつもヴァレリーの高弟──宮廷魔術師クラスの能力を持っている。見つけたら、いったん戻って俺に知らせるんだ」
「承知いたしました、クロム様」
跪いて一礼すると、シアは立ち上がった。
「スキル【加速】」
その動きがたちまち赤い閃光と化す──。
超速で駆けだしたシアは、あっという間に戻ってきた。
さすがに、すさまじい速さだ。
で、その報告は──、
「奴が村にいる……?」
「はい。ここから2キロほど離れた村で発見しました。村人たちと和やかに談笑してましたね……」
俺の言葉にうなずくシア。
「2キロほど離れた──じゃあ、きっと私の村ですね」
ユリンが言った。
「そうなの?」
「はい」
ユリンの顔は嬉しそうだ。
「様子はどうでしたか?」
「女の子たちにすごく騒がれてたよ」
「奴は顔がいいからな」
苦笑する俺。
「確かに美形でしたね。あ、いえ、すみません」
シアがつぶやき、すぐに頭を下げた。
「謝る必要はないだろう」
「ふふ、シアさんにとってはクロムさんの方が美形ですよね?」
「も、もう、ユリンちゃんったら、何言いだすのよ」
「うふふ、シアさんって好意がダダもれですもの」
「嘘、そんなに分かりやすい? あたしって」
「それはもう」
「そうなんだ……」
微笑むユリンと、少し顔をひきつらせているシア。
「たぶんクロムさん以外は誰でも気づくレベルです」
「あはは、そっか……」
シアが顔を赤らめる。
「シアさん、乙女ですね。可愛いです」
「やだなー、もう。えへへ」
なぜか二人は和気あいあいとしていた。
微笑ましい光景だ。
だが、今は和むのは後回しにしよう。
「奴の元へ行くぞ」
俺は二人を促し、村へ向かった。
2キロといっても、俺の衰えた足ではそれなりに距離である。
息を切らせながら進んでいる最中、
「私はこれ以上近づけません……」
ふいにユリンが足を止めた。
──彼女に施された呪法『闇の香気』は魔物を引き寄せる作用がある。
しかも、もっとも誘引しやすい夜の時間帯が近づいていた。
「クロム様、ここはもう一度あたしが単独で。彼を捕らえてきます」
「……だが」
「ユリンちゃんは近づけませんし、魔物をおびき寄せた場合は、クロム様のスキルのほうが確実に撃退できます」
と、シア。
「第一、あなたがマイカに近づいたら、殺してしまいますし」
「まあ、そうなんだが……」
分かっては、いるんだけど──な。
不安はやはり残る。
「大丈夫です。クロム様はユリンちゃんを守っていてくださいね」
微笑むシア。
彼女の戦闘能力は、スキル込みで英雄クラスに達している。
まあ、滅多なことはないだろう。
「無理だけは絶対にするな。これは命令だ」
「承知いたしました、我が主」
シアは俺の手の甲に強く唇を押し当てると、【加速】スキルで駆け出した。
無理はするなよ、シア──。
俺は心の中でもう一度つぶやいた。