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16 勇者と女剣士1

今回と次回は勇者ユーノ視点です。そのあとクロム視点に戻ります。

 SIDE ユーノ


 かつての魔王十三幹部の一人であり、現在は魔王軍の残党を率いる高位魔族──『蒼き魔竜』ラギオス。

 その根城がルーファス帝国の南端にあることを突き止めたのは、つい昨日のことだ。


 ユーノは勇者パーティの一人にして無双の女剣士ファラとともに、城内を進んでいた。


 門番も、城内の警護兵も、彼が持つ『真の勇者の聖剣(アークヴァイス)』の前には敵ではない。

 すべて一撃で斬り伏せ、最上階へと突き進む。


「この分だとあたしの出番はなさそうだね……ひさびさに腕を振るえると思ったのに」


 同行するファラが物足りなさそうにつぶやいた。


 白銀の髪をポニーテールにした褐色肌の美女である。

 年齢は二十三。

 成熟したグラマラスボディに、ビキニ水着に近いデザインの扇情的な鎧をまとっていた。


 彼女は幻の古流剣術『炎王紅蓮刃(えんおうぐれんじん)』の継承者で、パーティメンバー中、随一の剣腕を誇る。

 戦いこそが我が人生、と公言してはばからない生粋の武人だった。


「いや、どんな不意打ちがあるかもわからないし、聖剣の力だって無限じゃない。君が一緒にいてくれるのは頼もしいよ、ファラさん」

「どうせならパーティ全員で戦いたかったけどね」


 答えるファラの口元に寂しげな笑みが浮かんだ。


 勇者パーティの一員だった戦士ライオットは先日何者かに襲われ、非業の死を遂げていた。


 それだけではない。

 聖女イリーナは暴漢に襲われ、行方不明。

 さらに、賢者ヴァレリーも数日前から連絡が取れなくなったらしい。


「イリーナ……」


 ユーノがつぶやいたのは、彼にとってもっとも大切な女性の名だ。


 昨日までは必死で聖女の捜索に加わっていた。

 だがラギオス討伐のために断腸の思いで捜索メンバーから外れ、ここにやって来たのだった。


(無事でいてくれ、イリーナ)


 美しく清らかな聖女の姿を思い浮かべる。


 つい先日も寝所で抱いた白い裸体を、快楽に蕩ける美貌を、甘い喘ぎ声を──思い浮かべる。


 勇者になるまで女性とは無縁だったユーノにとって、イリーナという存在はまさしく宝だった。

 初めて知った肉の快楽に溺れ、毎日のようにイリーナの柔肌を貪ったものだ。


 もともとイリーナは親友クロムの恋人だった。

 魔王軍と戦う旅を続けているうちに、彼女への想いは抑えきれなくなるほど大きくなっていった。


 奪い取りたい。

 彼女を自分だけのものにしたい。


 想いは日に日に大きくなった。


 やがて、好機がやって来た。

 ヴァレリーから『闇の鎖』の生け贄選定の相談を受け、クロムの名を上げたのだ。


 彼さえいなくなれば、イリーナは僕のもの──。

 無二の親友をだます罪悪感はあったが、イリーナを手に入れたいという誘惑には抗えなかった。


 イリーナにそれとなく持ちかけてみると、意外にも彼女もユーノのことをひそかに想ってくれていた。

 ならば、邪魔者であるクロムに消えてもらおう──と、生け贄の選定は彼に決まった。


 そして禁呪法が実行され、ユーノは強大な【光】の力を手に入れた。

 同時に、憧れてやまなかった愛しいイリーナをも手に入れたのだ。


 最強の力と、最愛の恋人。

 その二つがそろい、自分の人生は絶頂に達したのだという実感を得られた。


 至福の日々が始まった。


 それを──終わらせてたまるものか。


(この戦いが終わったら、必ず探しに戻るからね、イリーナ)


 決意を新たに、ユーノはファラとともに最上階へと進んだ。




「よくここまで来たな、勇者よ」


 城の最上階に巨大な竜がたたずんでいた。


「覚悟しろ、ラギオス。平和な世界を築くために、お前たち魔族を許してはおけない」


 ユーノは聖剣を構え、吠えた。


 ラギオスは魔王軍十三幹部で最強と謳われた古竜である。


 青い鱗に覆われた巨体は魔力の炎に覆われ、近づく者すべてを焼き溶かす。

 ユーノは聖剣の加護で、ファラは自身の闘気(プラナ)による防壁で、その炎を相殺していた。


「魔王軍最強幹部か。骨がありそうな相手じゃない」


 ファラは熱っぽい口調でつぶやいた。


 異様なまでに艶めいた雰囲気が漂う。

 猛者を相手にすると、ファラは強い性的興奮を覚える──という話だった。


 普段は勝気で快活な女戦士が放つ鮮烈なフェロモンに、ユーノは思わず生唾を飲みこんだ。

 自然と彼女の肉感的な体つきに視線が引き寄せられる。


(い、いけない。僕は戦場で何を……)


 欲情が高ぶるのを自覚し、ユーノは慌てて理性を揺り起した。

 そもそも自分にはイリーナという決まった相手がいるというのに……。


「魔王ヴィルガロドムス様はすでにいない。だが、あの方の意志は俺が受け継ぐ。そして新たな魔王軍を編成し、今度こそ人間界を我ら魔族のものにしてみせよう!」


 朗々と叫ぶラギオス。


「冗談っ。そんなことはあたしがさせない!」


 言うなり、ファラが飛び出した。

 全身にまとった闘気が青白い軌跡を描き、蒼き巨竜へと突き進む。


「お前ごときに!」


 ラギオスは口から青緑色に輝くブレスを吐き出した。

 ファラの全身からあふれる闘気とブレスがぶつかり合う。


 まばゆいスパークが幾度も弾け、


「きゃあっ……!」


 ファラはドラゴンブレスに大きく吹き飛ばされた。


「あたしの闘気を突き破るほどの威力とは……くっ、うぅぅ……」


 地面に叩きつけられ、苦鳴をもらす女剣士。


「ふん、この俺のブレスをそこまで相殺するとは……さすがに勇者パーティの一員だけのことはある」


 ラギオスが吠える。


「とはいえ、何度も防ぎきれまい」


 ファラの鎧はほとんど砕け、ただでさえ半裸に近かった肢体は、今や全裸同然だ。


 褐色の豊かな胸に、くびれた腰、肉感的な太もも──。

 成熟したボディラインに、ユーノはますます見とれてしまう。


「どうした、勇者よ。お前は戦わないのか?」


 ラギオスがこちらを見た。


「っ……! 次は僕の番だ」


 慌てて意識を戻し、ユーノは聖剣を構え直す。


「ファラさん、君は下がっていて」

「──悪いね。後はあんたに任せるよ」


 己と敵の力量差を素直に認め、引き下がる女剣士。

 その扇情的な姿を横目で見て、ユーノはふたたび喉を鳴らした。


 心の片隅に邪な考えが浮かぶ。


 もしもイリーナに万が一のことがあったら──。

 ファラなら、自分の新しい恋人にふさわしいのではないだろうか。




 ──ずぐんっ!




 手にした『真の勇者の聖剣(アークヴァイス)』がふいに熱い脈を打った。

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