15 結末と転機
この部屋──『賢者区画』の左側には黒いクリスタルの柱が林立している。
ヴァレリーの被験体が捕らえられ、苦痛を与えられ続けていた魔道具だ。
そのほとんどは囚われていた被験体を解放する際、シアの【切断】で破壊してしまった。
が、空いていたいくつかのクリスタルはそのままである。
「元師弟のよしみだ。お前には素晴らしい余生を用意してやろう」
「な、何……?」
訝しげなヴァレリーを、俺は笑顔で見下ろした。
「魔力を失った絶望感を抱えたまま、このクリスタルの中で永劫の苦痛を味わい、生きろ」
「っ……!」
ヴァレリーが愕然とした顔で声にならない声を上げた。
魔力を失っただけでも、奴にとっては耐え難い苦痛だろう。
だが、魔法能力を持つ誰かを使役し、魔導の探求を続けることならできなくはない。
俺がイリーナの音声オーブを世界中に公開すれば、奴の名声も地に落ちるだろうが、だからといって奴に従う者がいないとはかぎらない。
だから、それさえも封じさせてもらう。
クリスタルのマニュアルを読むと、こいつは生命維持装置も兼ねているようだ。
補給なしでも五年は持つらしい。
さすがにヴァレリーが作ったものだけあって高性能だった。
奴が簡単に死んでしまうという懸念もなく、安心して閉じこめておける。
「喜べ。五年ごとに俺はここを訪れ、クリスタルに生命維持用のエネルギーを補給してやる。この中で寿命が尽きるまで生きられるぞ、ヴァレリー」
「貴様……貴様ぁ……!」
ヴァレリーの顔は怒りで赤くなり、さらに血の気が引いて蒼白になった。
コロコロと顔色を変えて、忙しい奴だ。
まあ、奴の今後の人生を思えば当然の反応か。
「シア、もう一度手伝ってくれ。今言ったとおり、ヴァレリーをクリスタル内に閉じこめる」
「承知いたしました、クロム様」
恭しくうなずくシア。
実際、俺がヴァレリーに10メートルより近づくと殺してしまうからな。
彼女がいてくれて助かる。
「クロム様……その、一つお聞きしたいのですが」
シアが遠慮がちにたずねた、
「……本当によろしいのですね?」
「奴がかつての師匠だからか? 気遣いは無用だ。俺は為すべきことを為す。果たすべきことを果たす。それだけだ」
「……余計なことを聞いてしまいましたね。失礼いたしました」
シアが深々と頭を下げた。
「やめろ! もう気は済んだだろう! これ以上、私に何をする気だ……やめろぉぉぉぉっ!」
恐怖の表情で絶叫するヴァレリー。
「な、なあ、お前は私の可愛い弟子だ。二年前に、その、ちょっとした不幸な出来事があったが……私は、お前のことを今でも大切な弟子だと思っているんだ。お前だって、私に恩義はあるだろう? お前に魔法を一から教えたのは、この私だ。な? 考え直してくれ、我が弟子よ。頼む……そ、そうだ、お前が失った魔力を元に戻す方法を研究しよう。私とお前の二人でならきっと──」
「やれ、シア」
この期に及んでの見苦しい言い訳など聞く気もなかった。
俺は奴に背を向け、部屋の端にあるクリスタルの制御装置まで歩いていく。
その間にシアがヴァレリーの体を運んだ。
「嫌だ! 嫌だぁぁぁぁぁっ! 許してくれ! 助けてくれぇぇぇぇぇぇっ! お願いしますぅぅぅぅぅぅぅっ!」
手足の腱を切られている奴は、体をよじり、泣きわめくことしかできない。
俺は制御装置のところまで行き、振り返った。
ちょうどシアがヴァレリーをクリスタルの中に入れたところだ。
「じゃあな、
奴に対して『師匠』と呼びかけるのは、これが最後だ。
奴との師弟関係も、これで完全に決別だ。
俺は躊躇なくクリスタルの起動スイッチを押した。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………………………っ!」
怒りと悲哀、苦痛と絶望が混じりあった絶叫が響き渡った。
「待たせたな、ユリン。次はお前の用事を果たそう」
俺はクリスタルに背を向け、ユリンに言った。
背後から間断なく苦鳴と悲鳴が聞こえてくるが、もはやどうでもいい。
「『闇の香気』の解呪方法を探すぞ」
奴の研究成果を収めたオーブの中には、彼女に施された呪法──『闇の香気』に関するものもある。
確かヴァレリーは372番のオーブだと言っていたな。
まずそれを持ち帰り、研究すれば、ユリンの呪法を解除する方法が分かるかもしれない。
俺たちは室内の右側の棚に進んだ。
そこにずらりとオーブが並んでいる。
「クロム様、これは──」
シアが棚の一番右端を指さした。
「ユリンのオーブか?」
「いえ、違うんです。その……」
棚には『00──禁呪法・闇の鎖』と書かれていた。
俺にかけられた禁呪法の研究結果を収めた記録オーブか。
こいつを解析すれば、【闇】についてもっと色々と知ることができるかもしれない。
来たるべきユーノとの戦いに向けて、知識を得られるかもしれない。
「でも、オーブがないみたいですよ……?」
ユリンが言った。
確かに、肝心のオーブがどこにもない。
01番から順番にすべてのオーブがそろっているのに、00番だけが見当たらない。
「どういうことだ──」
「もしかして、誰かが盗んでいったのでは……?」
と、つぶやくシア。
「盗む……?」
一体誰が──。
眉を寄せた俺は、ハッと気づいた。
床に、特徴的な赤い髪の毛が数本落ちている。
もしかしたら、あいつかもしれない。
ここに来る前に戦った、ヴァレリーの七人の弟子たち。
その中で一人だけ逃げていった少年。
ヴァレリーへの復讐が先だったから、あえて追わなかったが。
確か、マイカといったか。
『闇の鎖』の研究成果を盗んで、一体何をするつもりなのか──。