13 師弟の絆は遠い日の幻だと
「さっき【闇】の説明を聞いたときに面白いことを言っていたよな、ヴァレリー。確か──」
『この部屋の奥には、被験体からすべての魔力を抜き取る装置がある』
俺はヴァレリーの説明を思い出す。
「『闇の鎖』を簡易的に再現するための装置──だったか?」
ニヤリと笑ってみせた。
対するヴァレリーの顔から血の気が引く。
「き、貴様、まさか──」
悟ったんだろう。
俺が何を企んでいるのか。
最初は、こいつをただ殺すつもりだった。
俺に直接呪法を施したのはヴァレリーだ。
憎くて、憎くて、仕方がなかった。
この二年間、恨み続けた。
だけど──ただ殺すだけでは、やはり飽き足らない。
もっと苦しませて、もっと絶望させてやりたい。
そのために、奴がもっとも大切にしているものを奪い去ってやる──。
「シア、ヴァレリーの手足の腱を切れ。動けなくさせてから、装置に運ぶんだ」
俺が奴に10メートルまで近づくと問答無用で殺してしまうからな。
ギリギリまではシアに実行させるとしよう。
ただし、最後の仕上げは俺がやる。
「承知しました、クロム様」
うなずき、剣を抜くシア。
その眼光はゾッとするほど鋭い。
ここに来るまでの奴らの実験を見て、怒りにかられているせいなのか。
非道な相手への容赦のなさは、以前よりも研ぎ澄まされているのかもしれない。
「よ、よせ──」
後ずさるヴァレリー。
「『サンダーストーム』!」
雷撃の上級魔法が放たれた。
「──シア、まだ動くな」
「はい」
俺の指示通り、シアはその場で足を止める。
直後、稲妻が彼女に迫り──消滅した。
それがシアを狙った攻撃であろうと、俺を巻きこむような攻撃ならスキル効果でダメージを与え、消し飛ばせる。
「くっ……!」
ヴァレリーは焦ったように、さらに攻撃魔法を連打する。
炎が、氷が、風が、不可視のエネルギーが──。
ことごとくが俺のスキルに吹き散らされた。
「行け、シア」
タイミングを見計らい、俺は【従属者】の少女に命じた。
「【加速】」
シアが赤い閃光と化す。
魔法を連続して放ち、次の攻撃までに魔力チャージが必要になる瞬間──その一瞬のタイミングを狙って。
「がっ……!?」
超速でヴァレリーの背後に回りこんだシアが、ヴァレリーの両足の腱を切り裂いた。
さらに、両腕も。
「ぐ、ああああああああああ……っ」
苦鳴を上げるヴァレリー。
これで、動けまい。
のたうち回る奴を、俺は冷ややかに見下ろした。
「この距離ならお前が魔法を使うより、シアの剣の方が速い。妙な気配を感じたら、彼女が即座にお前を斬る──いいな?」
ヴァレリーに釘を刺しておく。
「ユリン、お前も復讐に参加するか?」
背後の少女にいちおう確認しておく。
「……い、いえ、私は」
ふるふると首を左右に振るユリン。
どこか憐憫を交えた表情でヴァレリーを見ている。
自分に呪術を施した相手にさえ、憐れみを持つのか。
彼女は『復讐』には向いていない性格なのかもしれない。
いや、そっちのほうが正常な人間で、俺のほうがおかしいのか?
分からない。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
俺は、俺の望みを果たすだけだ。
「じゃあ、シア。部屋の奥まで運んでくれ」
「承知しました、クロム様」
一方のシアは躊躇なくうなずいた。
まるで荷物でも運ぶようにヴァレリーの両腕を持ち、カプセルの前まで引きずっていく──。
部屋の奥に、その装置はあった。
円筒形の魔導機器と、チューブでつながったヘルメット──といった外観だ。
側にマニュアルが置いてあったので目を通す。
「……なるほど、な」
魔力を失ったとはいえ、俺は元魔法使いだ。
こういった魔導装置については、初見のものでもおおよその見当はついた。
マニュアルによれば、これを頭にかぶせて装置を作動させると、対象の魔力を根こそぎ奪い取れるらしい。
二年前、禁呪法をかけられた俺がすべての魔力を失ったように。
といっても、あくまでもこれは『対象の魔力を奪う』ための装置。
俺がかけられた『闇の鎖』のように、【闇】の力を身に着けられるわけじゃないようだ。
「シア、そいつを装置につなげ」
「……っ! や、やめろ、クロム!」
ヴァレリーが絶叫した。
が、手足の腱を切られているせいで、体を揺すり、ひねる程度のことしかできない。
シアが労せずしてそれを押さえ、奴の頭にヘルメットをかぶせた。
俺は装置をいじり、設定を終えた。
後は起動スイッチを押すだけだ。
「ヴァレリー、覚悟はいいか」
「うう……やめろ……やめてくれぇぇ……」
俺はヴァレリーを見下ろした。
「この私の頭脳を、魔法能力を、こんなところで終わらせていいはずがないんだ! 私の力があれば、人類の魔法文明はもっと発展する! だから、頼む……我が弟子よ!」
絶叫するヴァレリー。
魔法に対する執着はさすがに強烈だ。
「何が人類の魔法文明だ。白々しい。お前はただ自分の知識欲を満たしたいだけだろう。そのために数えきれない人間を地獄に落としてきたんだろう。それを今、俺が終わらせてやる。お前が人生を懸けて探究した魔導と永遠に決別させてやろう」
「い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
奴は顔面蒼白になって絶叫した。
常に泰然としていたヴァレリーのこんな顔を拝めるとは。
魔法の力を失う──というのは、やはり奴にとっては死ぬよりも辛いことなんだろう。
「ゆ、許してくれ……クロム、魔力を奪うことだけは……他のことならなんでもするから! ゆ、許してくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
ヴァレリーが必死の形相で嘆願する。
「なんでも……か?」
「は、はい、あなたの命じるとおりに!」
言いながら、ヴァレリーは顔を突っ伏し、床を舐め始めた。
おそらく、可能なら俺の靴を舐めていたんだろうが、あいにくそこまで近づいたら、奴は死んでしまう。
その代わりに床を舐めているようだ。
世界一の魔法使いであり、俺の師匠だった男が──みじめなものだ。
「いちおう言っておくが、俺はすでにイリーナからとある音声記録オーブを手に入れている。内容は、二年前の勇者パーティの所業を告白したものだ。これが広まれば、お前たちの勇名は地に堕ちる」
「っ……!」
ヴァレリーの顔が引きつった。
「魔力を失っても、弟子を取って研究を代行させることは可能だろう。だが、勇者パーティの罪が明るみに出れば、お前は罪人として追われる。もはや弟子になりたいという酔狂な者は現れまい」
「お、おのれ……」
「これで終幕だ。お前が生涯を懸けて探究した魔導の道は、今絶たれる──俺の手によって」
奴に見せつけるように、ゆっくりとスイッチに手をかける。
「よせ……よしてくれ……ぇぇ……」
ヴァレリーの表情が怒りや悲しみから絶望へ、さらにすべてを諦めたような虚無へと変わっていく。
もはや何をやっても、何を言っても無駄だと悟ったのか。
そして俺は──。
スイッチを、押した。
同時に、まばゆい閃光がヴァレリーを包みこむ。
「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
肉体的な苦痛か、それとも精神的なそれか。
あるいは両方か──ヴァレリーは絶叫を響かせた。
己の魔力を奪われ、生涯を懸けて探究してきた己のすべてを奪われる、絶望の叫び声だった。