11 高ぶり
SIDE マイカ
「ヴァレリー様は奴らと何を話しているの……? 声が小さくて、よく聞き取れない……」
マイカは物陰からそっと様子をうかがっていた。
一度は侵入者の恐るべき力を前に恐怖し、逃げ出した。
だが、このまま愛しいヴァレリーを見捨てて逃げっぱなしになるわけにはいかない。
もしも、あの方が侵入者と戦っているなら、加勢しなければ──。
その思いで戻ってきたのだ。
別の入り口から賢者区画に入り、室内の右側にある無数の棚に身を隠しながら……。
(ああ、ヴァレリー様……)
マイカは頬を熱く染め、敬愛する師を見つめる。
さすがにマイカや他の弟子たちと違い、ヴァレリーは侵入者を前にしても泰然としていた。
恐怖に震えることもなく、気圧されることもなく、堂々としたものだ。
(敵は恐るべき能力を持っている……だけどヴァレリー様なら、きっとなんとかしてくれる……)
世界一の魔法使いであり、魔王を討った勇者パーティの一員。
勇者ユーノの持つ『
憧れた。
強烈に。
鮮烈に。
その強さに。
その知識に。
自分もいつかヴァレリー様のような魔法使いになりたい──。
憧憬は、師事しているうちに恋心にも似た思慕となった。
だからヴァレリーから寝所に誘われ、抱かれたときも嫌悪や屈辱はまったくなかった。
憧れの存在に求められた喜びだけがあった。
髪を以前よりも伸ばし、彼好みの容姿により近づこうとした。
今では、他の弟子たちよりも自分がもっとも彼の寵愛を受けているという自信がある。
容姿も、内面も、そして
マイカはヴァレリーを想い、磨き続けた。
「ああ、ヴァレリー様……見せてくださいませ。不遜な侵入者をそのお力で打ち倒すところを」
自分は恐怖に負けて逃げてしまったが、ヴァレリーなら大丈夫だ。
きっと、あの敵を成敗してくれるだろう。
※
【闇】とは、一体なんなのか──。
俺の問いかけに、ヴァレリーはしばし沈黙し、
「私もいまだ研究中だ。確たる答えは出ていない。我々よりも【闇】や【光】についてはるかに精通していた
「じゃあ、分かってる範囲でいい」
「簡単に言えば、この世界とは異なる空間に眠る膨大なエネルギーを秘めた何か、だ」
答えるヴァレリー。
「単なるエネルギーに過ぎないのか。なんらかの意志を持った超存在なのか。その辺りはまだ突き止められていないが……」
異なる空間?
そこに眠る膨大なエネルギー?
いずれも初めて聞く話だった。
「当然だ。私が独自に突き止めたことだからな」
俺の内心を読み取ったように、ヴァレリーが得意げな笑みを浮かべる。
「魔法の力も、結局は【闇】や【光】の力の一部を引き出しているにすぎん。あるいは神や魔といった存在もその具現化なのかもしれん……私にも確かなことは言えん」
随分と壮大な話だった。
「私は【闇】の研究を続けてきた。【光】を操ることができるのは、勇者のような『聖なる属性』を持った者のみ。だが【闇】ならば──魔法使いである私にも手にすることができる。理論上は、な」
ヴァレリーが芝居がかった仕草で両手を広げた。
「現れよ、『レムセリアの戒め』──」
その背後の壁が左右に割れる。
現れたのは、黒と金の二色に彩られた魔法陣だ。
「さあ、今こそもらうぞ。お前の【闇】を──」
次の瞬間、魔法陣から黒い稲妻が放たれた。
「くっ……!?」
稲妻が俺の全身に絡みつく。
「これは──」
全身が重い……!
ただでさえ弱っている体が、バラバラになりそうなほどの衝撃だった。
「きゃあっ……!?」
隣でシアが悲鳴を上げている。
『俺に対する攻撃』であれば、物理であろうと魔法であろうと、すべてに9999ダメージが与えられる。
呪い、毒、麻痺……その他、俺に害するものすべて。
だが、これは──?
【固定ダメージ】が作用しないということは、『攻撃』の類じゃないのか?
四肢に痛みが走った。
【固定ダメージ】が効かない……?
9999ダメージを与えてなお効果が消滅しないほど強力な呪法なのか?
そんなものがあり得るのか?
「いや、あるいは──」
「『レムセリアの戒め』──【闇】そのものに干渉する魔導装置だ。古代遺跡から発掘した」
ヴァレリーが背後の魔法陣を指し示した。
そういえば、ユリンだけは様子が変わらない。
【闇】の力を持つ俺と、その力を付与されたシアにのみ影響がある、ということか、
「弟子たちの戦いを見て、お前のスキルは把握させてもらった。【殲滅】系統か、その進化系といったところだろう。射程距離はおそらく10メートルほど。そっちの娘は【切断】を使っていたな。いずれも一定の距離を保てば怖くはない。安全な位置からこの装置を使えば、私の勝ちだ」
「なんなんだ、その装置は……」
「【闇】に干渉する、といっただろう? お前たちの力の源は【闇】だ。それを封じてしまえば、スキルが発動することもない。お前はただの人間──いや、『闇の鎖』によって魔力も体力も失った、残りカスだ!」
勝ち誇ったように哄笑するヴァレリー。
「このっ……!」
シアが駆け出そうとした。
「【加速】」
彼女の動きが亜音速に達する。
その、一瞬前に、
「『ウィンド』『プリズン』」
「きゃあっ!?」
ヴァレリーが唱えた風魔法によって跳ね飛ばされ、さらに不可視のエネルギーによって空中で四肢を固定され、拘束される。
さすがに世界一の魔法使いと称されるだけあって、すさまじいまでの魔法発動速度だ。
シアがスキルを使う暇さえ与えないとは。
「【闇】の力の一部を得た娘──お前はいい実験材料になる。そこでおとなしくしていろ」
言って、ヴァレリーは今度は俺に手を伸ばした。
「『プリズン』」
「っ……!」
シアと同じく不可視のエネルギーが俺の四肢を縛る。
枯れ木のように細い手足が、悲鳴を上げるように軋んだ。
ちっ、動けない──。
「今はまだ【闇】に干渉することはできても、その力を私自身が取り入れることはできん。だが、いずれは──そういった術式を開発し、お前の【闇】を奪ってみせよう」
「ヴァレリー……!」
「ははははは、二年前はお前の才を見限り、追放したが──こうなってみると、お前こそが私にとってもっとも役に立った弟子だったな! あっさりと殺された役立たずの弟子どもよりも!」
「なんだ、あいつらは大切な弟子じゃなかったのか?」
拘束されたまま、俺は奴に向かって鼻を鳴らした。
「ふん、その状況で私を毒づくか?」
ヴァレリーの瞳が輝きを増す。
「ぐっ……!」
四肢の拘束が強まり、さらに手足に圧力がかかった。
今にも折れそうなほど、痛む。
──だが、こんな痛みは大して気にならない。
「二年前、俺がお前たちから受けた絶望という痛みに比べれば、な……!」
これで勝ったつもりなら大間違いだ、ヴァレリー。
俺の、最終的な勝利は揺るがない。
確信を持って、俺はヴァレリーを見据えた。