10 問いかけ
「人から情報を得たいなら、まずお前から出したらどうだ、ヴァレリー?」
俺はかつての師を──今は憎むべき仇に成り下がった男を見据えた。
「私の情報?」
「まず一つ。ユリンにかけられた呪法の解除方法だ」
「ユリン……? ああ、逃亡した被験体372号だったな。確か『闇の香気』を施していた」
ヴァレリーの視線がユリンに向けられる。
「そんな小娘どうでもよかろう?」
「答えろ」
促す俺。
「『闇の香気』の研究記録は、372番──その娘と同じ番号を振ったオーブにすべて収めてある。必要なら持っていくがいい」
ヴァレリーが部屋の右側にある棚を指示した。
「お前の【闇】を得られるなら、他の研究など惜しくはない」
その瞳が爛々と輝く。
二年前も魔法の探求に熱心な男だったが、ここまで鋭い眼光はしていなかった。
この二年の間に、さらに情熱が増したということか。
それとも──?
「【闇】──それは魔導の究極に位置するものだ。私が四十年以上探求し、いまだに得られないもの。いまだに届かないもの。私の、最大の目標──」
熱っぽく告げるヴァレリー。
「さあ、教えろクロム。お前はどうやって【闇】を手に入れた?」
「待てよ。俺の質問はもう一つある」
奴の知識は貴重だ。
復讐を終える前に、得られるだけの情報は得ておかないとな。
「【闇】とは──そもそも、なんだ?」
俺は、いまだに自分の力を完全に理解しているわけじゃない。
シアと出会うまで【従属者】関連について、ほとんど知らなかったように。
まだ他にも俺が知らない情報があるのかもしれない。
本来なら、その一番の情報源になるであろう【闇】は、気まぐれなところがあるからな。
俺が質問しても答えてくれるとはかぎらない。
ここはヴァレリーに聞いておくのがいいだろう。
俺の復讐はまだまだ続く。
その中には【光】の力を持つユーノだっているんだ。
もっと俺自身の力を磨いていかなければ──。
「……ふむ」
ヴァレリーは小さくうなる。
「私とて完全に解明しているわけではない。いまだ研究中だ。その前提で話すぞ」
前置きしたうえで、話し始めるヴァレリー。
「かつて──この世界には、今とは異なる文明があった」
レムセリア。
今より数百万年も昔に栄えていたという、超古代の先史文明世界だ。
現在よりもはるかに進んだ魔法技術を持ち、現在よりもはるかに栄えていたらしい。
が、『大災厄』と呼ばれる謎の災害によって、一夜にして滅びてしまう。
俺たちが使っている魔法は、その先史文明が開発した術式を発掘し、アレンジしたもの。
先史文明そのままの魔法というのは高度すぎて使用できないものがほとんどだからな。
出力などを落とし、現代人向けに弱体化調整した状態で使っているわけだ。
ヴァレリーがその文明をずっと研究していたことは、俺も知っていた。
俺は噂話程度しか知らないし、中には先史文明自体が単なる伝説やおとぎ話の類だっていう説も根強い。
ヴァレリーは熱意をもって研究を進めていた。
まあ、当時は魔王軍との激戦が続いていたから、なかなか研究に専念するってわけにはいかなかっただろうけど。
「お前と決別する少し前──私はとある古代遺跡を発見した。そこに記されていたのは『闇の鎖』という禁呪法だ」
「古代遺跡……」
「つまり『闇の鎖』の呪法を開発したのは、古代人というわけだ。彼らは【闇】や【光】について、我々よりもはるかに知識を持っていたからな」
ヴァレリーの説明によると──。
禁呪法『闇の鎖』は、まず生け贄に選んだ人物から【闇】を生み出す。
その【闇】に呼応して【光】が現れる。
対象となる者に現れた【光】を付与することで、その者は絶大な力を得る──。
簡単に言えば、それだけだ。
要は、対象者──聖属性を持つ勇者ユーノ──に【光】の力を与えるため、俺は生け贄に選ばれた。
イリーナが前日にユーノの元を訪れる光景を見せたのも、計算してのこと。
俺の怒りや悲しみを煽るためだった。
そういった『負の感情』が大きくなればなるほど、生け贄はより強い【闇】を生む。
生まれた【闇】が強ければ強いほど、呼応して生まれる【光】もまた強くなる。
「お前を生け贄に選んだ理由は──恋人や親友といった存在が、負の感情を生み出すトリガーとして利用しやすく、適任だと考えたからだ」
ヴァレリーが言った。
「何よりも、お前の精神はパーティ内で一番純粋だったからな。事前に私が魔法で精神測定をした結果だ。純粋で清らかな心を持っているものほど、それが踏みにじられたときに深い【闇】を生み出しやすい──」
「俺が魔力をなくしたり、体が衰えたのはなぜだ?」
「『生け贄』として選ばれた者の魔力はすべて吸い取られ、【闇】のエネルギー源になる。体が衰えたのは一気に全魔力を失ったことの副作用だ」
俺の問いに答えるヴァレリー、
「この部屋の奥には、被験体からすべての魔力を抜き取る装置がある。それを使って、簡易的に『闇の鎖』を再現しようとしたが──まったく駄目だった。そのときにもお前と同様に、被験体の身体能力は著しく衰えた」
と、ヴァレリー。
「まあ、余談だがな。やはり重要なのは魔力の大小ではなく、生け贄の『負の感情』の大きさのようだ」
微笑さえ交え、ヴァレリーは淡々と説明を続けた。
仮にも弟子だった俺に対して、なんの感情も感慨もないのか。
……きっと、ないんだろうな。
こいつにとって俺は実験材料程度の価値しかなかったわけだ。
「『闇の鎖』については理解した。じゃあ、そもそも【闇】とか【光】ってなんなんだ?」
俺の質問は核心へと移った。
正直、聞いているだけで胸の奥に煮えたぎるような怒りや憎悪が湧き上がってくる。
二年前、道具のように利用され、使い捨てられた記憶が鮮やかによみがえる。
それでも──まずは情報収集だ。