8 突入3
「ひ、ひいいいい、殺さないで! 殺さないでぇぇぇぇぇぇっ!」
少年はその場にへたり込んだ。
ガタガタと震えながら、俺を見上げている。
「なら、奴の居場所を教えろ。それと──」
俺はユリンを指し示した。
「こいつに施された呪術の解除方法もな」
「被験体372号……!?」
つぶやく少年。
「『闇の香気』の呪術を施されているようだ。解く方法はないか?」
先にこっちから聞くことにした。
「ぼ、僕は知らない……知りません」
少年が震えたまま、首を左右に振った。
「言う気はない、か」
俺は軽い脅し代わりにため息をついた。
「ほ、本当に知らないんです! 信じてください! お願いです、殺さないでくださいぃぃぃぃっ!」
少年は目に涙をためて訴えかけた。
この様子だと、どうやら本当に知らないらしい。
「ただ……呪術の研究成果に関してはヴァレリー様がすべて管理しておられるので、それを見ればあるいは……」
「その記録オーブはどこにある?」
通常、魔法研究の成果は高密度の情報を記録できるオーブに保存する。
たぶんヴァレリーもそうしているだろう。
「っ……!」
少年の顔が蒼白になった。
魔法の研究成果というのは、魔法使いにとって最高機密に等しい。
まして世界一の魔法使いであるヴァレリーのそれは、計り知れない価値を持つ。
おいそれと保管場所を話せるはずもない。
「言え」
俺は半歩踏み出した。
もう少し近づくだけで、こいつは消滅する。
「は、はい……」
少年はごくりと喉を鳴らし、うなずいた。
「研究所の最下層です。中央階段を下りて、奥に向かって二つ目の部屋──僕らが『賢者区画』と呼んでいる場所にあります」
じゃあ、ユリンの呪術を解除する方法はそこへ行って探すとするか。
「よし、最初の質問に戻るぞ」
俺は顎をしゃくった。
「奴の居場所を吐け」
「ヴァレリー様は儀式魔法の最中です……新たな術式の研究で……」
と、少年。
「相変わらず、生け贄を必要とするような趣味の悪い呪術でも研究しているのか?」
「は、はい、近隣の処女七人の心臓と、童貞十人の生殖器を供物に……」
……ちっ、聞く必要もない情報だったな。
「儀式魔法を行っているのはどこだ?」
「地下最下層……先ほど申し上げた『賢者区画』の二つ向こうにある部屋です……儀式専用の……」
「分かった」
そこまで聞けば、後は探し出せるだろう。
「じゃあ、死ね」
俺は一歩踏み出した。
奴との距離は11メートル。
射程まで1メートルだ。
「えっ、約束が違──」
少年が愕然とした顔になった。
俺は冷然とこいつを見据えた。
「今まで数多くの被験者の命を奪ってきたんだろう? 今さら許されると思ったのか」
同情の余地はない。
許す理由もない。
「だ、だって、そいつらはどこにでもいるような平凡な村人たちですよ!? 僕らは数万人、数十万人に一人の魔法の天才──選ばれた人間なのに!」
叫ぶ少年。
「お願い、殺さないで! 僕は特別な人間なんだ! こんなところで死んでいいはずがない!」
どこまでも自分本位な奴だ。
骨の髄まで──師匠そっくりだな。
俺は、さらに一歩踏み出した。
「う、うわぁぁぁぁ、死にたくない! 死にたくな……ぎゃぁぁぁぁぁぁっ……」
断末魔とともに、少年は血しぶきを上げて倒れ、やがて消滅した。
「き、消えてしまいました……あんなに恐ろしかったヴァレリーの弟子たちが……」
ユリンが呆然とした顔でつぶやく。
「誰が出てこようと関係ない」
俺はユリンに言った。
「すべて消し飛ばすだけだ」
俺たちはさらに進んだ。
地下の階段を下りていき、やがて最下層に到着する。
その間にも罠がいくつもあったが、すべて俺の【固定ダメージ】とシアの【切断】や【加速】で蹴散らした。
と、前方から数人の魔法使いが現れた。
「ここから先は通さんぞ、侵入者!」
「ここがヴァレリー様の研究所と知ってのことか!」
「愛するヴァレリー様のため、貴様を討つ!」
やれやれ、こいつらもヴァレリーの愛人のようだ。
そろいもそろって線が細そうな美少年ときている。
……ヴァレリーの趣味全開だな。
といっても、己の趣味だけで弟子を取るような男でもないはずだ。
おそらく彼ら全員がさっきの二人と同レベルの実力者だろう。
俺自身に危害を加えることはできなくても、シアやユリンは【固定ダメージ】のスキル範囲外から出れば危ない。
「離れるな、二人とも」
あらためて彼女たちに指示を送った。
「僕はヴァレリー様の弟子の一人、マイカ。あ、あなたは何者なのですか……?」
最後尾にいる、ひときわ美しい少年がたずねた。
薄桃色の髪を肩のところで切りそろえた、可憐な少女と見まがうような容姿だ。
「少なくともヴァレリーのお友だちではないな」
俺は『
「お前たちの師匠に用があって来た」
名乗り返すことはせず、俺は用件だけを伝える。
「……その様子だと、平和な用事ではなさそうですね」
「俺はすでにお前の仲間を二人消し飛ばしているんだ。平和な用事のはずがないだろう」
言いながら敵意と憎悪が煮えたぎっていくものを感じる。
別に、マイカに個人的な恨みはない。
まあ、さっきの弟子二人と同様に、非道な実験を繰り返しているだろうから、生かしておく理由もないが。
「あ、あの方は素晴らしい魔法使いです。多くの術式を開発し、きっと世界の魔法文明の進歩に大きく貢献するはず!」
「人体実験を繰り返してか?」
「そ、それは……世界のための、尊い犠牲だと……」
「勝手な理屈だ」
「それ以上の数の人間が救われるのです。これは世界のために必要な痛みです!」
力説するマイカ。
「僕は、あの方を心の底から尊敬しています! あの方を信じ、どこまでも付いていきます! そしていつかは、あの方の後継者に──」
まさに盲信といった感じだった。
「お前がヴァレリーの愛人だからだろう。尊敬じゃなく愛情か? 欲望か? あるいは打算か?」
「っ……! あ、あなたという人は──」
マイカの顔が紅潮した。
痛いところを突かれたのか、触れられたくない部分に触れてしまったのか。
「もういいです! あなたはヴァレリー様に害を為しに来た邪悪な侵入者! それがよく分かりました!」
「へっ、そろそろ片付けるか」
「気をつけろ。そいつには魔法を消去する不思議な術があるぞ」
弟子たちは警戒した様子で杖を構える。
「……なるほど、さっきの戦いを魔導映像中継か何かで見ていたか」
まあ、見られたところで関係ない。
全部、消し飛ばすだけだ。
攻撃も、こいつらも──まとめて。
──戦いは、あっけないものだった。
降り注ぐ火炎の剣が、雷撃の槍が、氷の矢が、風の斧が──。
俺の10メートル圏内に達した瞬間、消滅する。
どんな属性でも、どれほどの威力でも関係ない。
俺は間断なく迫る攻撃魔法群を前に、悠然と進み続けた。
その左右にはシアとユリンが並ぶ。
やがて射程内に入った弟子たちは、彼らが放った魔法同様に消滅していく。
一人、また一人……。
「ひ、ひいっ……無理だ……!」
最後の一人──マイカは悲鳴を上げて、逃げていった。
「追いますか、クロム様?」
シアがたずねた。
彼女の【加速】なら追いつけるだろう。
「──いや、放っておけ」
あえて追うことはしない。
先に片付けたい用事がある。
ヴァレリーへの復讐はもちろんだが、ユリンの解呪方法も突き止めたいところだ。
俺たちはまっすぐに進んだ。
最初に会った弟子から教わった通り、中央階段から奥に向かって二つ目の部屋に行く。
『賢者区画』。
ヴァレリーの魔法研究成果の数々が保管されているという場所。
扉は厳重に閉じられていた。
「シア」
「はい、クロム様」
シアの剣が黒い輝きを発し、幾重にも魔法防御された扉をやすやすと切り裂く。
「開けるぞ」
俺たちは室内に足を踏み入れた──。