7 突入2
火炎と雷撃の上級魔法は、俺の【固定ダメージ】の前にあっけなく消滅した。
「なっ!?」
二人の少年魔法使いは、同時に驚愕の声を上げた。
俺はシア、ユリンとともに歩みを進める。
「く、くそ、こいつっ……!」
「どうして、俺たちの魔法が──」
彼らは次々に攻撃魔法を撃ってくるが、【固定ダメージ】による迎撃を突破することはできない。
残り15メートル。
「一つ問いたい」
俺はいったん歩みを止めた。
「研究所の被験者に何をしてきた? その人たちに何を思う?」
「は?」
二人は同時に眉を寄せた。
「ただの実験材料に思い入れなどあるわけがなかろう」
「むしろ我らの魔法研究の礎となれるのだ。彼らも誇りに思っているはず」
「我らに感謝してほしいくらいだ!」
二人は笑いながら、さらに魔法を撃つ。
「……なるほど」
理解した。
性根まで師匠のヴァレリーによく似ている。
俺はふたたび進み始めた。
今度は歩みを止めることなく──その必要性も感じず、進み続けた。
13メートル……12メートル……11メートル……。
「な、なぜだ……なぜ、俺たちの魔法が……ぎゃあっ!?」
二人のうち、前に出ていた一人がまず血しぶきを上げる。
苦鳴とともに、無数の粒子と化して消滅した。
「ヴァレリーはどこだ」
俺は残った一人を見据える。
そいつとの距離は12メートルほど。
あと少し近づけば、こいつは死ぬ。
「答えろ」
「う、うう……」
彼は蒼白な顔で立ち尽くしていた。
まるで蛇ににらまれたカエルだ。
己の魔法に絶対の自信を持っていたんだろう。
それをあっさり封殺され、仲間を殺され、戦意喪失したか。
このまま彼がヴァレリーの居場所を吐いてくれれば、楽なんだが──。
※
SIDE マイカ
「そ、そんな馬鹿な……あっけなさすぎる……」
魔導映像装置に映し出された戦いを見て、マイカたちは呆然としていた。
「マシュー……」
侵入者の迎撃に向かった二人のうち、一人があっさりと消されたのだ。
フードとマント姿の、謎の男によって。
あれは──魔法だろうか?
だが、魔力の発動は記録されていない。
そもそも上級魔法を──それも属性の違う二つの魔法攻撃を、瞬時に消滅させる呪文など聞いたこともない。
あの男が何をしたのか。
攻撃魔法や、マシューが消滅したのは、いかなる術をもってしてのことなのか。
理解不能の出来事に、マイカはただ青ざめていた。
他の四人もそれは同じだ。
「どうした? なんの騒ぎだ」
室内に一人の男が入ってきた。
年齢は四十絡み。
青みがかった黒髪を長く伸ばした、秀麗な男だ。
賢者ヴァレリー。
世界一と称される魔法使いにして、マイカたちが敬愛する師匠だった。
「師匠……!」
マイカは頬を熱くする。
昨晩、彼の寝所に呼ばれ、朝まで抱かれた記憶が鮮やかによみがえった。
可憐な少女さながらに、はにかんだ笑みをヴァレリーに向けるマイカ。
そんな彼にヴァレリーは軽くうなずき、
「侵入者か? 弟子たちが殺された、と言っていたが……」
「は、はい。マシューとミゲルが迎撃に向かいましたが、マシューは謎の攻撃によって消滅。ミゲルも追いつめられているようです」
マイカが答える。
「……ふむ。マシューは火炎系、ミゲルは雷撃系の優れた使い手だ。二人とも宮廷魔術師クラスの実力はあるはずなのだが」
ヴァレリーはうなり、映像に視線を向ける。
「この気配は……!」
その瞳が大きく見開かれた。
「【闇】の力か? だが人が【闇】を行使するなど、この私でさえたどり着いていない領域だぞ……!」
ヴァレリーの瞳が見開かれる。
初めて目にする姿だった。
常に泰然としている師匠が、これほど驚きをあらわにするのは。
「ただ【闇】を呼び出すのと、その力を使いこなすのは、まったく次元が異なる領域──何者だ、こいつは」
うなるヴァレリー。
やがて、ハッとしたような顔で、
「まさか、あいつか……!? いや、しかしあいつが生きているはずが……」
と、
「師匠、ここはぜひ私に!」
「いえ、私にやらせてください!」
他の弟子たちが名乗りを上げた。
ここでヴァレリーにいいところを見せようという算段か。
目下、もっとも師匠の寵愛を受けているマイカに対抗する意図もあるのかもしれない。
「……ふむ。ならば、お前たち全員で行け」
ヴァレリーが顎をしゃくった。
「この侵入者はただ者ではない。だが、お前たちはいずれもマシューやミゲルと同じく宮廷魔術師級の力を身に着けている。全員で連携すれば、勝てぬ相手ではあるまい」
言いながら、彼の瞳に浮かぶ光は異様に冷たい。
──まさか。
マイカはふと思った。
直感だった。
ヴァレリーは自分たち弟子を謎の侵入者にぶつけ、その能力を見定めるつもりなのではないだろうか。
手ごわしと見て、自分たちを捨て駒にするつもりではないのだろうか。
(いや、そんなはずはない。昨日だって、僕のことをあんなに愛してくださったもの。ヴァレリー様が、僕らを見捨てるはずがない……)
自分自身に必死で言い聞かせながら、マイカはヴァレリーの瞳の冷たさがどうしても気になっていた──。