6 突入1
数百メートル前方に、黒塗りの巨大な館がそびえている。
ラルヴァ王国とリジュ公国の国境地帯にある、ヴァレリーの魔導研究所──。
深い森の奥まで進み、俺たちはようやくたどり着いた。
ここに来るの初めてだが、奴の弟子だったころ、研究所の話だけは聞いたことがあった。
ヴァレリーの魔法研究の成果を狙い、他の魔法使いたちの侵入が後を絶たないのだという。
そのため、扉や壁、さらに所内にも防護魔法が何重にもかけられているそうだ。
「行くぞ」
俺はシアとユリンに呼びかけた。
まっすぐに進む。
確か、あの正門は侵入者が30メートル内に近づくと雷撃魔法を放つんだったな。
……などと記憶を探っていると、眼前が青白い輝きに覆われた。
おそらくは、上級魔法の『サンダーブラスト』並の威力だろう。
周囲の地面が爆発し、焼け焦げる。
さらに二発、三発──。
容赦なく降り注ぐ稲妻の雨の中、俺たちは平然と進んだ。
俺の周囲10メートル内に触れた稲妻は、すべて消滅している。
【固定ダメージ】は俺への攻撃自体にも9999ダメージを与えるからな。
『サンダーブラスト』といえども、消滅を免れない。
10メートル以上離れた場所に着弾した稲妻が爆光をまき散らすが、無視して前進する。
やがて鉄扉の前までたどり着いた。
この扉を【固定ダメージ】で破壊することはできない。
あくまでも俺に敵対する生物か、俺に対する攻撃でなければ、ダメージ対象にならないからだ。
こういった単なる扉や壁などには【固定ダメージ】を与えられない──。
「シア、頼めるか」
「はい、クロム様」
恭しくうなずいたシアが剣を抜く。
その刀身が黒い輝きに覆われた。
俺が彼女に付与した【闇】のスキル【切断】の輝きだ。
シアが振り下ろした剣は、厚さ一メートルはある鉄扉をバターのように切り裂いた。
俺たちは労せずして進んだ。
門を抜けると、入り口まで50メートルほどの通路が伸びている。
その左右には、魔獣の像が並んでいた。
「いかにも、って感じだな」
むおおおおおん。
響く、咆哮。
石像群がいっせいに身を揺らし、本物の魔獣となって俺たちに向かってきた。
警備兵代わりの
ぎいいいおおおああああっ。
次の瞬間、奴らは絶叫を上げた。
俺のスキル効果範囲内に入った魔獣はすべて9999ダメージを受け、砕け散った。
後に残されたのは、無数の瓦礫のみ。
「中に入るぞ」
俺はまっすぐに進みながら、向かってくるガーゴイルをすべて瓦礫に変えた。
入口の所にも、侵入者撃退用の魔法が仕込まれた扉があったが、これも正門と同じ要領でクリア。
俺たちは建物の中に入った。
研究所内は、あちこちに魔法の罠が仕掛けられていた。
特定の場所を通った瞬間に攻撃魔法が降り注ぐ。
あるいは、壁の一部が割れて、そこから警備兵代わりのモンスターが現れる。
だが、どれだけ強力な魔法を受けようと、モンスターが立ちはだかろうと、俺には関係ない。
魔法の類は全部消し飛ばせる。
モンスターも、魔王や側近クラスでもない限り、射程内に入れば瞬殺だ。
俺は【固定ダメージ】ですべての攻撃魔法とモンスターを出会い頭に消滅させつつ、シアやユリンとともに進んだ。
目指す先は、研究所の最奥。
そこにヴァレリーの専用研究室があるという。
現在、奴には七人の弟子がおり、彼らとともにこの研究所でさまざまな魔法の研究や実験を行っているそうだ。
……非道な人体実験の数々を。
実験の犠牲になった者、体や精神に重大な後遺症を負った者、化け物に改造された者、それらによる激痛、悲嘆、怨念、絶望──。
聞いただけで胸が悪くなるような話の数々だ。
俺に『闇の鎖』の呪術を施したのも、別にヴァレリーにとっ���はどうということはないのだろう。
さして感慨もないのだろう。
そう確信できるだけの、非道の数々。
「──待ってろよ、ヴァレリー」
俺は奥歯を噛みしめながら、歩み続ける。
奴の呪術によって衰えた足に鞭打つように、前へ、また前へ。
「お前に報いを受けさせてやる……!」
警護兵代わりのモンスターを【固定ダメージ】で消し飛ばし、壁をシアの【切断】で切り裂き、最短距離で進む。
「やっぱり、すごいですね……!」
ユリンは俺とシアを頼もしげに見ていた。
「引き続き、道案内を頼む。俺の目的はヴァレリーへの復讐だが、お前は自分にかけられた呪法を解除したいはずだ。まず解除方法から探ろう」
と、俺。
「おのれ、侵入者め!」
「ここが賢者ヴァレリーの研究所と知ってのことか!」
通路の前方から、二人の魔法使いが現れた。
距離は20メートルほどだ。
「あいつらは?」
「ヴァレリーの……弟子たちです。私たち被験体を主に管理していました……」
ユリンの声が震えている。
「被験体を人間扱いせず、まるで道具のように壊して、殺して……恐ろしい人たちです」
青ざめた顔だ。
「大丈夫だよ、ユリンちゃん」
シアが彼女を抱きしめた。
「あたしたちがあなたを守る」
「さては師匠の研究成果を奪いに来たな!」
ヴァレリーの弟子たちが叫んだ。
「そうはさせるか! 愛しい師匠のために──今ここでお前を討つ」
「当然だ! ヴァレリー師匠への愛の証として!」
うっとりと頬を染めつつ、二人の美少年魔法使いが俺に杖を向ける。
……そういえば、ヴァレリーには男色趣味があると噂で聞いたな。
勇者パーティにいたころ、俺に対して食指を伸ばしてこなかったのは、単に俺が奴の好みではなかったんだろうか。
「『ファイアブラスト』!」
「『ウィンドブラスト』!」
二人は炎と風の上級魔法をそれぞれ撃ってきた。
しかも、無詠唱だ。
──やるな。
魔法使いとしての実力は、勇者パーティにいたころの俺より上だろう。
おそらくは大国の宮廷魔術師クラス。
さすがはヴァレリーの弟子だけのことはある。
「だが──」
猛々しい炎も、渦巻く風も。
俺から10メートルの距離に到達した瞬間、無数の光の粒子となって消滅した。