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11 続く旅路

 彼女の所業を記録した音声魔法のオーブは俺が保管した。


 しかるべきタイミングで各国に広めていくことにしよう。


 そのとき『聖女様』の大衆人気は地に落ちるだろう。

 中には彼女を信じ、これは謀略だと考える者もいるかもしれない。


 だが『彼女自身の声で語った事実』は重い。


「まずは一つ決着、か」


 魔獣と化したイリーナは、魔王軍の残党が多く集まっているというルーファス帝国辺境に向かわせた。


 勇者ユーノの住居もその国にある。

 このラルヴァからは遠いから、長い旅路になりそうだが──。

 いずれは、ユーノにもしかるべき報いを受けさせないと、な。


「クロム様──」


 シアが俺の元に歩み寄った。


「……どうした?」

「いえ、その」


 シアは遠慮がちな様子で俺に近づいてくる。

 そっと俺の手に触れた。


 やせ細り、枯れ木のような俺の腕を、シアが優しく撫でる。


「俺を気遣っているのか?」

「あの方は、かつての恋人だったのでしょう?」

「もう、全部終わったことだ」


 俺は首を左右に振った。


 あのころは、イリーナがずっと側にいてくれると思っていた。

 楽しいことも、悲しいことも、すべて二人で分かち合い、ともに人生を歩んでいこう、と──。

 そんな生活を夢見ていた。


 魔王軍との戦いが終わったら、俺にも人並みの平凡な幸せというやつが訪れるのだと──夢を、見ていた。


「俺の中に、あいつへの想いはもう残っていない」


 ──簡単に割り切れるのかどうかは分からない。


 少なくとも忘れることはないし、できないだろう。


 これから彼女のことを思い返したときに、心の傷となって残るのか。

 憎しみや怨念となって、俺の心を燃やし続けるのか。

 あるいは──。


「あたしは、あなたのおかげで救われました」


 シアが俺をまっすぐに見つめた。

 青い瞳が潤んでいる。


「あたし自身の命も。姉の魂の尊厳も。救っていただきました。だから──」


 柔らかくて温かな手が、俺の手をそっと握った。


「あたしも──できることなら、あなたを救いたいです。おこがましいとお笑いかもしれませんが、あなたの心が少しでも軽くなるなら、お側にいたいです」

「……気持ちだけ、もらっておく」


 俺は少しだけ口元を歪めた。


 シアの心遣いはありがたい。

 せめて笑みを返そうとしたが、上手く表情を作れなかったのだ。


「あと四人──俺の旅は、まだ続く。お前はどうする?」

「あら、さっき言ったじゃないですか」


 シアが微笑む。


「あたしはあなたの【従属者】。あなたが行くところにどこまでもついていき、あなたの力になりたいと願います」

「なら──行くか」


 出発だ。

 いつまでも感傷に浸ってはいられない。


 復讐すべき相手は、まだ残っているのだから。


「次はどこへ行くのですか、クロム様?」

「最終目的は勇者ユーノだ」


 俺はシアに言った。


「他のメンバーと違って、あいつには【光】の力がある。いくら俺に【闇】があるとはいえ、一筋縄ではいかないだろう」

「【闇】と【光】──」

「この二年で俺の力ははるかに増した。だが、ユーノも強くなっているかもしれない。だからこそ、まずは情報を集めたい」


 と、俺。


「復讐を遂げつつ、ユーノの力について調べ、最後にはすべてのメンバーに報いを受けさせる」

「あたしはクロム様に従います」


 恭しくうなずくシア。


「旅を続けるぞ。次の標的は──」


 俺は虚空を見据えた。


『奴』の顔を、幻視する。


「賢者ヴァレリーだ」


 三番目の復讐相手、その名を。


    ※


 SIDE イリーナ


 ルーファス帝国辺境に向かう道──。


 眼前には、数十の魔族がいた。

 いずれも魔王軍の残党である。


 ──殺せ。


 自分の奥から、そんな衝動が湧き上がる。


「ぐるるぉぉぉぉおおおおおおおおぁぁぁぁぎいぃぃぃぃっ!」


 野太い咆哮を上げる。


 主から命じられた命令のままに、魔獣は進んだ。

 魔族たちに戦いを挑むべく。


(嫌、こんな……私は聖女イリーナ……! どうして、醜い魔獣なんかに……嫌よ、こんなのぉぉぉ……っ!)


 魔獣の体になったイリーナは、もはや人の声を発することさえできない。

 心の中で絶望の叫びを上げることしか、できない。


(私の美しい顔が、体が……元に戻して……お願い、クロム……!)


 眼前の魔族に昆虫のような節足を叩きつける。


 ぐちゃり、と敵の頭部がつぶれた。

 が、イリーナの節足もそれほどの強度はなく、簡単にちぎれてしまう。


「がぁぁぁぁぁるるうぉぉぉぁぁぁぁぁっ……!」


 激痛にうめき声を上げる魔獣イリーナ。


(痛い……痛いぃぃぃぃぃ……! もう、嫌……逃げたい……逃げたいぃぃぃぃっ!)


 だが、『魔王軍の残党と戦え』というクロムの命令から逃れることはできない。


 ちぎれた節足はすぐに再生し、次の魔族に叩きつける。

 そいつも倒したが、また節足もちぎれた。


 激痛。

 再生。


 激痛、再生。


 激痛再生激痛再生激痛再生激痛再生激痛再生激痛再生激痛再生激痛再生……。


 そして、また激痛と再生──そんな行為が延々と続く。


(私は……私は、聖女なのよぉぉぉぉっ……! 世界中から崇められ、世界中の男どもが私の前に跪く……輝かしい未来が待っていたはずなのに……なのに、どうしてこんな……あぁぁぁぁぁぁっ……!)


 心の中で慟哭しながら、魔獣イリーナは戦い続ける──。

次回、第2章エピローグというか断章というか、そんな感じのエピソードが1話入ります。そのあと第3章になります。

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