9 復讐者と聖女3
2万ポイント突破しました。「絶対にダメージを受けないスキル」「愛弟子に裏切られて死んだおっさん勇者」に続いて3作目の2万超え……とてもうれしいですヾ(*´∀`*)ノ
ありがとうございました!
「シア、イリーナの両足を前に出させろ」
俺は話を聞く前に、【従属者】の少女騎士に命じた。
「はい、クロム様」
うなずいたシアがイリーナを座らせ、両足を前に投げ出すような格好を取らせた。
まずは、最初の制裁の準備だ。
「話せ」
俺はイリーナに促した。
「……禁呪法『闇の鎖』。その力は対象の憎悪や絶望を吸い上げ、【闇】を生み出すこと。そして生み出された【闇】によって生じる【光】を指定した人間に与えること」
「つまり俺からは【闇】が生まれ、そのおかげでユーノが【光】を得た……ということでいいんだな?」
「はい。ヴァレリーさんはそう説明していました」
と、イリーナ。
「あなたに絶望を与えるために、その、私はあなたに求婚しました……それによって、あなたの【闇】がより深くなるように……」
なまじ言い訳をすれば俺の怒りを余分に買うと踏んだのか、意外なほどストレートに告げるイリーナ。
「あなたが選ばれた理由は、ヴァレリーさんとユーノが特に推したからです。その理由までは、私は聞かされていません」
つまり、ヴァレリーやユーノに聞けば、理由は分かるわけだ。
もちろん、本当はイリーナも理由を知っていて、ただ隠しているだけかもしれないが。
まあ、いい。
「次の質問だ」
俺にとって、より知りたかった問いを──イリーナに投げかける。
「お前は最初から俺を裏切るつもりだったのか?」
「っ……! ち、違います! 私は本当にあなたを愛していました」
「俺に求婚した夜に、ユーノに抱かれたよな?」
「本当に、恋をしていたんです。あなたに」
イリーナは悲しげなため息をついた。
「ただ、野心もありました。私は一介の僧侶では終わりたくない──もっと大きな存在になりたい、と。後世まで伝えられるような聖女になりたい、と」
「……ふん」
「最初は小さな願いでした。ですが、それは野心となり、いつの間にか大きくなっていました。自分でも抑えきれないほどに」
イリーナが続ける。
「他の勇者パーティと競い合ううちに、野心は際限なく強まりました。それを満たしてくれるのは、【光】を得た勇者ユーノだけだと考えました」
「だから──あいつに乗り換えたわけか」
「ただ、その……あのときはどうかしていたんです!」
イリーナが叫ぶ。
「俺を捨ててユーノの元についたのは気の迷いだった、と?」
「そ、そうです! 私が本当に愛しているのはあなただけです! いくら野心があったとはいえ、他の男に肌を許したのは間違いでした。今も、後悔しています。私は、心の底ではずっとあなたを……」
俺は皆まで言わせず、わずかに踏みこんだ。
「ぎゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
イリーナの口から漏れる、動物的な苦鳴。
彼女の足が【固定ダメージ】の効果範囲に触れ、鮮血が噴き出した。
殺さないように慎重に距離を調節し、足だけを傷つけるようにしたのだ。
──俺は、この二年間でスキルの扱いをずっと訓練してきた。
スキルのダメージ数値や効果範囲は不変だが、微妙な距離の調節でダメージを与える部位を限定する技術を身に着けた。
すべては、このときのためだった。
おそらく、彼女の足は二度と使い物にならないほどのダメージを負っただろう。
「次は腕だ。シア」
「はい、クロム様」
俺の命令に従い、シアがイリーナの腕を突き出させる。
「や、やめて……お願いです、やめてぇぇぇ……」
悲鳴を上げるイリーナだが、俺もシアも無視した。
「さっきの男はどうだ? あいつのことも気の迷いか?」
「そ、それは、そのっ……ち、力ずくで犯されたんです! 私に薬を盛って、卑劣にも体を汚して──あぐぅぅ���っ、あああああああああああぎゃぁぁぁっ!」
今度は、腕だ。
これでイリーナの四肢は、死んだ。
「ああ……ぐぅぅぅ……クロム……ぅぅぅ……っ」
「見え透いた嘘は見苦しいぞ、イリーナ」
俺は冷ややかに聖女を見下ろした。
「結局のところ、お前の中にあるのは打算だけだ。自分が欲しいもののために、利用できる男は誰でも利用する──」
なぜ俺は、彼女に恋をしたんだろう。
いや、恋人になったばかりのころは、こんな女じゃなかった。
そう思いたかった。
最初に俺に恋をしたのは嘘じゃない、と。
彼女の言葉を信じたい気持ちも、片隅にはある。
未練がましくても、やはり俺にとっても大切な想いだったから──。
だけど、それすらも嘘なのか。
どこまでが真実で、どこからが嘘なのか、もはや分からない。
きっと永遠に分からない。
──分かりたいとも、思わない。
ずっとくすぶっていた未練が、少しずつ、確実に晴れていく気がした。
血まみれで苦しむイリーナを、俺は自分でも驚くほど醒めた気持ちで見下ろしていた。
「い、いや、殺さないで! 殺さないでぇぇぇぇぇぇぇっ!」
イリーナが絶叫した。
さすがに聖女らしく取り繕う余裕はないんだろう。
本性をむき出しに、命乞いの叫びを上げる。
涙でぐしゃぐしゃに歪んだ顔は、醜かった。
「また、昔みたいに恋人に戻りましょう? あなたが望むだけ、いつでもこの体を抱かせてあげます! それにお金だって……私、最高司祭になりますから、いくらでもあなたに与えられます! ね? あなただって、まだ私に未練があるんでしょう? そ、そこの女なんかより、私の方がずっといいですよね? 顔も、体も──」
「安心しろ、イリーナ。殺すつもりはない」
俺は微笑んだ。
怒りも、憎悪も、消えることはない。
今だって胸の芯には激情の炎が宿っている。
だけど、そんな自分の状態を冷静に知覚できる余裕が生まれていた。
「一度は恋人だった仲じゃないか、イリーナ」
我ながら白々しいと思いながら告げる。
「クロム……ありがとうございます」
イリーナは表情をほころばせた。
といっても、俺の言葉をストレートに信じたわけじゃあるまい。
ただ、今の彼女は四肢を潰され、抵抗を封じられ、俺の言葉に乗るしかない状況だ。
俺の機嫌を損ねないよう振る舞おうとしているんだろう。
だが──残念だな、イリーナ。
お前がどんな態度を取ろうが、俺はもう決めているんだ。
お前への復讐──その最後の段階を。
今から、執行する。