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5 パレードの日

週間ハイファンタジー1位になりました! 週間総合も2位まで上がっています。読んでくださった方、ブクマや評価を入れてくださった方、本当にありがとうございましたm(_ _)m

 SIDE バーンズ


 イリーナは、彼にとって生まれて初めて恋をした相手だった。


 まさしく理想の女性だった。


 誰にでも分け隔てなく優しい性格。

 清楚で、はかなげな美貌。


 護衛任務で初めて出会ったとき、一目で心を奪われた。

 清らかな聖女は、教団の上位聖騎士だった彼にとって、すぐに崇拝から恋慕の対象へと変わった。


 そして聖女もまた彼の想いに応えてくれた。


 彼は、たちまちイリーナに夢中になった。

 若い二人の関係が進むのは早く、ほどなくして男女の間柄になった。


 世間では、イリーナは勇者の恋人だと言われていたが、それは誤解だと彼女自身が言ってくれた。

 あくまでも勇者は仲間であり、愛しているのはあなただけだ、と。


 彼は舞い上がった。

 イリーナのために身も心も捧げたいと思ったし、なんでもしてあげたいと考えた。


 そして彼は、イリーナに言われるがままに行動した。

 彼女が最高司祭に上り詰めるために、邪魔になりそうな者を陥れる工作を行った。

 一度や二度ではなく、ときには暗殺などの汚れ仕事にも手を染めた。


 聖女である彼女こそ、最高司祭にふさわしい。

 ならば、障壁になるものは排除しなくてはならない。


(なのに、イリーナは俺を切り捨てた)


 幾度となく重ねた唇は、肌は、なんだったのか。

 寝所で睦みあい、ささやき合った愛の言葉の数々は嘘だったのか。


 彼のことを用済みとばかりに、イリーナは見捨てた。

 彼の目の前で最高司祭にしなだれかかる姿を思い出す。


(結局、あの女は最初から俺を利用していただけだった)


 自分が教団で上り詰めるための、扱いやすい道具として。


 許せない。

 自分の心を踏みにじった、あの女を。

 のうのうと最高司祭の座に収まろうとしている、あの女が。


 目の前では華やかなパレードが行われていた。


 豪奢な神輿に乗っているのは、最高司祭のローブに身を包んだイリーナだ。

 集まった群衆は、若く美しい聖女を見て歓声を上げた。


 確かに、外面だけはいい。

 こうして見ていると、つい胸をときめかせてしまう自分にいら立つほどに。


(くそっ、地獄を見せてやる! 報いを受けさせてやるぞ、イリーナ!)


 彼は群衆をかき分け、聖女のもとへと歩み寄る──。


    ※


 ラルヴァ王国、王都。

 イリーナの最高司祭就任式典が終わり、今はパレードが行われていた。


 群衆でごった返す中、俺とシアもそのパレードを見守っている。


 さて、いつ仕掛けるか──。

 思案していた俺は、群衆の一点に視線を向けた。


「様子が変だな、あいつ」


 秀麗な面立ちの青年だった。

 すらりとした全身に、黒いモヤのようなものがまとわりついている。


『かなり高い憎悪値と絶望値が見えますね』


 胸の中から【闇】の声が聞こえた。

 普段はこういう解説じみたことはあまり言わないくせに珍しい。


『ちょうど、かつてのあなたと同じように……いえ、あなたほど数値は大きくありませんが』


 微笑むような声を返す【闇】。


『あなたと同じく、誰かに裏切られ、その心を踏みにじられたのかもしれませんね』

「俺と同じ……か」

「えっ?」


 俺のつぶやきが聞こえたらしく、シアが振り返った。

 いや、【従属者】になった今は、【闇】の声も聞こえるんだったな。


「群衆の中を進んでいる男だ。様子がおかしい」


 黒いモヤが、さらに濃くなった。


【闇】の影響で、俺は他人の悪意や怨念といった『負の感情』がぼんやりと見える。

 ある程度強烈な『負の感情』でなければ可視化はできないが。


 黒いモヤのような見た目なのが、���うだ。


「イリーナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 青年がいきなり絶叫した。

 同時に地を蹴り突進する。


 速い──。

 かつてのパーティメンバーであるライオットやファラ、マルゴほどではないが、男の動きは一流の戦士や騎士のそれだ。

 まさしく風のような速さで、イリーナたちに向かって突っこんでいく。


「な、なんだ、貴様!?」

「聖女様をお守りしろ!」


 神輿を護衛しているラルヴァ教団の聖騎士たちが、いっせいに剣を抜いた。


「……!? バーンズ隊長、どうして──」


 と、聖騎士の一人が愕然とした声を上げる。


「邪魔だ!」


 バーンズと呼ばれた男は、隠し持った剣を一閃した。


 血が、しぶいた。

 まとめて三人の聖騎士を斬り伏せるバーンズ。

 さらに返す刀で一人、二人。


 強い……!


 たった一人で聖騎士たちを圧倒している。

 あっという間に五人を倒したバーンズは、さらに加速した。


「愛していたのに! お前だけを想っていたのに! なぜ裏切った、イリーナぁぁぁぁっ!」


 バーンズが悲痛な叫びを上げながら、聖女の神輿に迫る。


「ちっ、先を越される──」


 俺はさすがに焦った。


 二年の間ずっと追い求めていた復讐相手を、他の奴にかっさらわれてたまるか──。

 だが、俺の身体能力では割って入ることはできない。


 そもそもスキルの有効範囲内まで移動したら、イリーナを即死させてしまう。

 それでは、俺の目的は果たせない。


 俺の望みは、彼女の単純な死じゃない。

 苦痛や悔恨、絶望の果ての復讐の裁きなのだから──。


「シア、奴を止めろ!」


 俺は【従属者】の少女騎士に命じた。


「お任せください、クロム様──【加速】」


 シアは恭しくうなずき、まさしく矢のような勢いで駆け出した。

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