4 従属者2
「力を与える?」
俺は眉を寄せた。
「【固定ダメージ】のスキルがなくなったり、弱体化するということか?」
『いえ、あなた自身のスキルに影響はありません。そうですね……一つ一つ説明しましょうか』
と、説明モードに入る【闇】。
『まず、あなたが保持している【闇】のスキルは【殲滅】です。一定の憎悪値と絶望値を超えたことでEXスキル【固定ダメージ】に進化していますが……これはそのまま、あなたが保持する形になります』
「つまり、俺は今まで通りに【固定ダメージ】を使えるわけだな?」
『その通りです。また、以前にも言ったことがありますが、あなたは呪術『闇の鎖』を受けている影響で、他の【闇】のスキルを使うことができません。使用不可になっているスキルの中から任意のものを選び、彼女に与えるのです』
「……なるほど」
俺が持っていても、使用できずに宝の持ち腐れとなっている【闇】のスキル。
それをシアに活用してもらうわけか。
『端的に言えば──戦力的には、あなたは今まで通りで、彼女だけが強化されることになります』
「で、スキルを分け与えると言ったが、そんなことができるのか?」
『あなたが認めた相手ならば可能です』
認めた相手──か。
内心でその言葉を繰り返す俺。
「どうする、シア?」
「あたしはあなたの力になりたいです。そのために強くなれるなら、ぜひ」
シアがまっすぐに俺を見つめる。
「どんな力でも構いません。お与えください、クロム様」
「……分かった。聞いたとおりだ、【闇】。俺の力の一部を彼女に」
『術者の意志を確認。シア・フラムライトを術者の【従属者】として認定します』
『【闇】のスキルを【従属者】に付与します』
『付与可能スキルは【殲滅】、【切断】、【加速】』
『このうち【殲滅】は今まで通りクロム・ウォーカーが保持、残る【切断】と【加速】をシア・フラムライトに付与します』
『なお、効果は術者の意志でこれを解くまで永続します』
次の瞬間、俺の体から黒い光があふれ、シアにその輝きが移った。
「んっ……く……ぅ」
妙に艶めかしい声とともに、彼女の体がビクンと痙攣する。
輝きはすぐにやんだ。
特に変化はないようだが──?
「これは……!?」
シアが驚いた顔で剣を抜いた。
刀身に黒い輝きが宿っている。
その雰囲気は、まるで──魔剣だ。
「感じます、クロム様。あたしの剣に異様な力がみなぎっているのを」
「剣に、力が……?」
さっきの説明だとシアに宿ったスキルは【切断】と【加速】。
そのうち、【切断】が発現しているんだろうか。
「試し切りでもしておきたいところだな」
あいにく周囲には森の樹木しかない。
うかつに斬れば、俺たちの方に倒れてきて下敷きになりかねない。
「──いや、おあつらえ向きの相手が来たか」
俺は目を細めた。
「えっ」
「魔の気配が近づいてくる」
呪術によって魔力を失った俺だが、魔力を感知する力は残っている。
濃密で禍々しいこの魔力は、人間やエルフなどではない。
間違いなく──魔族だ。
すでにユーノたち勇者パーティの手で魔王は討たれたものの、その残党はまだ各国で暴れている。
その一派か、あるいは魔界から人間界に迷いこんだ野良の魔族か。
「人間の……匂い……」
「男と女の匂い……」
「男は殺す……女は犯す……」
物騒なセリフとともに木々の向こうから現れたのは、七つの巨体だった。
いずれも身長三メートルほどで、牛の頭に筋骨隆々とした人間の体をしている。
中級魔族の『ミノタウロス』だ。
しかも、それが七体。
人間の騎士なら、一部隊単位でなければ立ち向かえないレベルの戦力である。
野良魔族なのか、魔王軍の残党なのかは分からない。
「……腕試しにちょうどいいですね」
シアが剣���柄に手をかけた。
その手が震えている。
やはり怖いのだろう。
「無理するな。いくら【闇】の力を得たとはいえ、どの程度強くなったのかは未知数だ。ここは俺が──」
「クロム様、敵の10メートル内には近づかないでくださいね」
シアが振り返った。
凛と輝く瞳に──すでに恐れの色はなく、強い闘志が宿っている。
10メートル以内に近づくな、というのは、【固定ダメージ】で敵を倒さないでくれという意思表示だろう。
「あれを倒せたら、あたしは強くなった自分を証明できる。これからの旅で、クロム様についていく資格を得られる──そう思うんです」
「いきなり強敵相手じゃなくてもいいだろ」
俺は渋い顔で言った。
対するシアは悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「あら、心配してくださるんですか?」
「旅の仲間をわざわざ死地に追いやるほど冷酷じゃないぞ、俺は」
「ふふ、仲間と認めてくださるんですね」
シアの笑みが深くなった。
「いや、それは……」
とっさに口から出た言葉だったのだが。
仲間、か。
──【闇】を得て以来、あなたが他人に心を許すのは初めてですね。
──ふふ、少なくとも仲間としては認め始めているのではありませんか?
さっきの【闇】の言葉を思い出す。
「少しでも危険だと思ったら、すぐに戻ってこい。そのときは俺が【固定ダメージ】で奴らを始末する」
「クロム様のお手はわずらわせません」
シアが言った。
「行きます──」
告げて、地を蹴る少女騎士。
その足首のあたりに、黒いエネルギーの翼が生えた。
同時に、
「【加速】」
シアの声とともに、彼女の体が大きくブレる。
すさまじい速度で残像を生んだのだ。
「なっ……!?」
ミノタウロスたちは驚きの声を上げた。
「は、速すぎ……ぎゃあっ!?」
魔族のつぶやきすら置き去りに、シアが駆け抜ける。
その動きはあまりにも速く、ほとんど赤い閃光のようにしか見えなかった。
「まず、一つ」
声ととともに、ふたたび赤い閃光がミノタウロスたちの間を縫うようにして、駆けていく。
黒くきらめく剣閃。
赤く輝く軌跡。
それが、六度。
たった数秒で、残り六体のミノタウロスもすべて首を刎ねられ、倒れ伏した。
「ふう」
【加速】を解除したシアは俺の元へ戻ってきた。
刀身の血をぬぐい、鞘に納める。
「どうでしょう、クロム様? あたしは、あなたのお役に立てそうですか?」
額や頬に魔族の返り血を浴びた彼女が、凄艶な笑みを浮かべている。
さながら、【闇】の騎士だった。
「……ああ、十分だ」
俺はそんな彼女にかすかな笑みを返した。
一週間後、俺たちはラルヴァ王都でその日を迎えた。
イリーナが新たな最高司祭として就任する記念式典とパレードが行われる日。
そして、俺が復讐を決行する日だ──。