3 従属者1
日間総合1位に続き週間ランキングでもハイファンタジー3位、総合4位に入ることができました! 読んでくださった方、ブクマ評価入れてくださった方、本当にありがとうございましたm(_ _)m
SIDE バーンズ
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
バーンズは絶叫とともに拳を壁に叩きつけた。
手の皮が破れ、血が噴き出す。
痛みは、感じなかった。
感じるのは怒りと悔しさだけだった。
「ちくしょう、イリーナ……!」
バーンズは唇をかみしめてうめいた。
彼はラルヴァ教団に仕える上位の聖騎士である。
先ほどの狼藉で、おそらく解任されるだろう。
それも覚悟の上で乗りこんだのだが──。
まさかイリーナに、ああも冷たく切り捨てられるとは思わなかった。
もしかしたら、最高司祭に無理やり迫られ、彼女は自らの意志に反して体を許しているのではないか、と淡い希望を持っていたのだが……。
その希望は、脆くも打ち砕かれた。
先ほど追い出された大神殿を振り返る。
寝所にいたイリーナと最高司祭の様子を見れば、二人が情を交わしていたのは明らかだ。
一体、何度抱かれたのだろうか。
考えただけで、頭をかきむしりたくなる。
自分だけがこの手に抱くことのできる、この世でもっとも美しく清らかな聖女が──。
「あんな男と……!」
最高司祭の勝ち誇ったような顔を思い出し、悔しさが募る。
──いや、それよりも何よりも。
「イリーナが、あんな女だったなんて」
胸の奥にどす黒い想いが湧き出し、渦巻いた。
「俺を愛していると言ったのは嘘だったのか……? 利用価値がなくなったら、あっさり捨てるのか……? くそ、あの淫乱女め……!」
裏切られた絶望と、最高司祭への嫉妬心で吐きそうだ。
絶対に許せない。
「一週間後に思い知らせてやるぞ、イリーナ……!」
その日、大神殿で式典が、王都の大通りでパレードが行われる。
先ほど、現在の最高司祭が退任することが発表されたのだ。
新たな最高司祭に就任するのは、先の戦いで魔王討伐を成し遂げた勇者パーティの一員──聖女イリーナである。
その就任を祝う式典とパレードだ。
汚らわしい聖女には、罰を下さねばならない。
(待ってろよ、イリーナ……! 報いを受けさせてやる)
バーンズは暗い情念を燃やしていた。
※
俺が勇者パーティでどんな目に遭ったのかを聞かせてほしい、とシアが言い出した。
「もしも、話すことで少しでもクロム様のお気持ちが軽くなるのでしたら……」
こちらをまっすぐ見つめる青い瞳には、俺を思いやるような温かな光があった。
人の温かさなんて、最後に感じたのはいつだろうか。
ユーノやイリーナたちに裏切られ、パーティから追放されて──俺の中の何かが壊れてしまった。
俺の心の中に、明確な壁のようなものが生まれた気がした。
他者をはねのけ、拒絶する壁。
それをシアがわずかながらも乗り越えてくるのは、『復讐』という共通項があったからかもしれない。
親近感とも連帯感ともつかない気持ちを、彼女に抱いたからかもしれない。
「──聞いていて気持ちがいい話じゃないぞ」
「クロム様さえ、よければ」
シアが微笑む。
優しく、微笑む。
「どうぞ、お話ください」
──俺はシアに、勇者パーティの所業を話した。
勇者を強化する呪術の生け贄にされたこと。
魔力をすべて奪われ、パーティから追放されたこと。
恋人だと思っていた女と、親友だと信じていた男に裏切られたこと。
そして、復讐の心が俺の中に宿った【闇】を育み、【固定ダメージ】というスキルとして発現したこと──。
「勇者様たちが、クロム様にそんなひどいことを……!?」
具体的な内容を初めて知り、さすがにシアも驚いたようだ。
天下の英雄である勇者ユーノたちの力が、俺を生け贄に捧げ、犠牲にしたうえで生み出されたものだ、なんてな。
「そんな……」
シアの顔は蒼白だった。
実際に暴虐ぶりを見てきたライオットはともかく、『勇者ユーノ』はやはり彼女にとって──そして世界中の人々にとって、絶対的な英雄だろうから。
その英雄の陰の姿を知って、ショックなんだろう。
「ただし、証拠はない」
俺はシアを見つめる。
動揺したように泳ぐ、その瞳をまっすぐに。
「強いて言うなら、俺の衰弱具合か。元は黒髪だった俺が今は白髪になってしまったことや、手足が弱ってすっかり細ってしまったことだが──そんな程度じゃ証拠とは言えないな」
小さく鼻を鳴らす俺。
「まあ、信じるも信じないもお前の自由だ」
「クロム様……」
「俺の元から去りたければ、いつでも去れ。咎めはしない。もともと、これは俺一人の復讐だ。お前が付き合う義理はない」
沈黙が流れる。
別にシアが去るなら構わない。
もともと、この復讐の旅は一人で行くつもりだった。
彼女がいることこそ予定外なのだ。
だから──、
「あたしはあなたに救われました。その恩は身命を賭して返します」
シアは俺の足元に跪いた。
主君に忠誠を誓う騎士さながらに。
俺の手の甲に口づけし、告げる。
「あなたを信じます、クロム様」
俺を信じる、か。
信頼──二年前に置き去りにしてきた感情だ。
俺が信頼を寄せていた恋人や仲間たちは、全員俺を裏切った。
以来、俺は人を信じることができなくなった。
もちろん、この世のすべての人間が信頼に値しないわけじゃないだろう。
世界には悪人なんて腐るほどいるが、善人だっている。
信頼に値する人だって、いるんだろう。
探せば、きっと存在するんだろう。
だけど、それはただの理屈だ。
人を信じることが、苦痛になった。
人を信じることが、あの日の痛みを呼び覚ます。
あの日の絶望を、思い起こさせる。
だから今、自分でも驚くほどに心が揺らいでいた。
二年ぶりに、他人から『信じる』という言葉をもらって。
シアの唇が俺の手の甲に触れている。
そこから、ばちっ、という感じで小さな火花が散った。
「っ……!?」
俺とシアは同時に驚きの息を飲む。
『【闇】を得て以来、あなたが他人に心を許すのは初めてですね』
俺の中から【闇】の声が響く。
心を……許す?
俺が、シアに?
『ふふ、少なくとも仲間としては認め始めているのではありませんか?』
「こいつが勝手について来ているだけだ」
俺は【闇】に言い放った。
「クロム様、この声は……?」
シアが戸惑ったような声をもらす。
どうやら、通常は俺にしか聞こえないはずの【闇】の声が、彼女にも聞こえているらしい。
「俺の中に宿る『力』の声だ。シンプルに【闇】と呼んでいる」
「【闇】……ですか」
『クロム、【固定ダメージ】は強力無比なスキルですが、あなた自身は呪いによって身体能力が衰えています。剣の心得があるシアならば、それを補えるでしょう。ただし──』
【闇】が告げる。
『あなたが相手にしようとしているのは、世界最強のパーティメンバーたち。彼女は若く、剣の才能もあるようですが、今のままでは力不足なのは目に見えています』
「……随分な言われようね」
シアが唇を引き結んだ。
とはいえ、反論はしない。
事実だ、と彼女も思っているのだろう。
『ですから──そのために力を分け与えたほうがよいでしょう』
「力を……分け与える?」
『【闇】の力の中から、いくつか付与可能なものがあります。それを彼女に与えるのです』
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