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10 出発

日間ハイファンタジー2位、日間総合4位に上がりました。ありがとうございます!

 俺はシアとともに小高い丘の上にいた。


 そこには石でできた墓がある。

 墓標に刻まれた名は『リーア・フラムライト』。

 シアの、姉の墓だ。


 墓前には花が一輪供えられていた。


「姉さん、ここにいるクロム様が仇を討ってくれたよ」


 墓の前でシアが微笑んだ。


「どうか安らかに……」


 彼女の頬を透明な涙が流れていった。

 風が、彼女の赤い髪をなびかせる。


 俺も黙祷を捧げた。


「ありがとうございました、クロム様」


 振り返ったシアが丁寧に頭を下げた。


「これで姉の霊も安らげます」

「……だといいな」


 俺はわずかに口元を緩める。

 微笑を浮かべようと思ったが、上手くいかなかった。


「あの、何かお礼をさせていただけませんか」


 と、シア。


「礼と言われてもな」


 困惑する。


「俺は、俺の復讐を遂げただけだ。それに、もう行かなきゃならない」

「行く……?」

「俺を裏切った勇者パーティの面々はまだ残っている。残り五人──奴ら全員に復讐を遂げるまで、俺の旅は終わらない」


 そう、ライオットは手始めに過ぎない。

 俺の復讐の旅は始まったばかりだ。


「全員って……まさか、勇者様にも立ち向かうおつもりなのですか!?」


 シアが驚いたような顔で言った。


「当たり前だ」


 俺は口の端を吊り上げる。

 今度は、上手く笑うことができた。


 勇者ユーノ。

 聖女イリーナ。

 賢者ヴァレリー。

 剣士ファラ。

 騎士マルゴ。


 残った五人にも恐怖と絶望の極致を、味わわせてやる……!

 そう考えただけで、暗い愉悦が湧き上がった。


「……では、あたしはクロム様についていくことにします」


 シアが身を乗り出した。


「旅の途中で手伝えることがあるかもしれません。それをもって、今回のお礼とさせていただきたく」

「……自分の言っている意味が分かっているのか? 俺は世界最強の勇者パーティに挑むつもりなんだぞ」

「ライオットへの復讐を決意したときに、命は捨てたつもりです」


 凛と告げるシア。


「ですが、あなたのおかげで生き長らえました。ならば──残りの命はあなたのために使いたく思います」

「お前はまだ若い。これからは自分の幸せのために生きたらどうだ?」

「あら、クロム様だって十分に若いじゃないですか」

「そういうことを言ってるんじゃない」


 苦い顔をした俺に、なぜかシアは微笑んだ。


「一緒にいたいんです。もう少し」

「……俺と、か?」


 眉を寄せる俺。

 一体、何を考えているんだ。


「変わった女だ」

「ふふ、言っては悪いですが、あなたも変わり者だと思いますよ」


 悪戯っぽい口調でシアが言った。


「そうか?」

「です」


 シアは笑顔のままだ。

 だが、その瞳には頑として退かない強い意志の光が宿っている。


「それにあたしはこう見えても、騎士団長だった姉から剣の手ほどきを受けてましたからね。体も鍛えてますし、クロム様の脚力では振り切れませんよ? どこまでだって──勝手に追いかけていきますから」

「まったく……」


 俺はため息をついた。


 この分だと、駄目だと言ってもついてくるだろう。


「やっぱり無理だと思ったら同行をやめろ。それが条件だ」

「ありがとうございます」


 シアがにっこりとうなずいた。


「では、良き旅をしましょう。クロム様」

「良き旅じゃなくてもいい」


 俺がこれから進む道は、血塗られた(みち)


 復讐の、旅路なのだから──。


    ※


 SIDE ユーノ


 ルーファス帝国、帝都。


 その中心部に救国の勇者ユーノの屋敷がある。

 帝城に引けを取らないほど豪奢な館である。


「ライオットくんが……死んだ?」


 報告を受けたユーノは呆然とうめいた。


 あの屈強なライオットが殺されるなど、信じられない。

 パーティではその剛剣と頑強な体力で、常に切りこみ役を務めてくれていた。


 プライベートでは、多少乱暴なところもあるが面倒見がよく、まさに好漢といった感じの男だった。


「ああ、なんてことだ……」


 仲間であり、友人でもあった男の死に、ユーノは唇をかんだ。


 その後、現状で分かっているかぎりの報告を受けた。

 どうやら相手は勇者パーティに恨みを持っているようだ。

 まだ情報が錯綜しているらしく、正確なことはつかめないが……。


「ああ、ライオットさんが殺されるなんて……」


 かたわらでイリーナが涙をこぼす。


「あんないい人が、どうして」

「どうか気を落とさず……僕も悲しいよ、イリーナ」


 と、婚約者を抱き寄せるユーノ。


「もしかしたら私たちも狙われるかもしれませんね」


 イリーナが青ざめた顔で言った。


「ユーノ……私を守ってくださいね」

「もちろんだとも。もしライオットくんを殺した者が襲ってきたら、僕が返り討ちにしてあげる」


 ユーノはさわやかに微笑んだ。

 イリーナの花のような唇にそっと口づけする。


「僕は世界最強の勇者ユーノ。魔王をも倒したこの聖剣があるんだ。安心して」

「頼もしいです」


 イリーナが嬉しそうに彼を見上げた。

 美しい婚約者をもう一度抱き寄せる。


(僕やイリーナを狙ってくるなら、絶対に守ってみせる)


 ユーノは胸の奥で闘志の炎を燃やした。


 魔王を倒した彼は、英雄として全世界の人々に称えらている。

 名誉も富も手に入れ、かたわらには美しい婚約者がいる。

 幸せの絶頂にいることを実感する毎日だ。


(この生活は、絶対に誰にも壊させはしない)


 もしも向かってくるなら、誰であろうと容赦はしない──。

次回から第2章「闇と聖女」になります。

明日更新予定です。

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