第8話 教師とホームとメイドのジェラシー
少し短めです。
メイドロボットと出会って配信を終えたハルキチは、森を軽く探索して、新入生狩りが姿を消していることに落胆してから学生協会まで戻ってきた。
ハルキチは依頼の達成報告をして荷物整理をし、学生協会の前で待たせていたラウラと合流する。
「20時から予定があるんだけど、まだちょっと時間があるから、ラウラに用事があれば付き合うよ?」
現在の時刻は16時34分。
カンナたちとの合流時間までまだ微妙に時間があったため、ハルキチはラウラに予定の有無を確認した。
『お気遣いありがとうございます。しかし、わたくしには特に予定がありませんので、マスターの自由に行動してください』
仲間になってから常に3歩後ろをついてくるメイドロボに、時間を潰そうと思っていたハルキチはどうしたもんかと口元に手を当てて考える。
「うーん……適当な依頼を受けるにしても中途半端な時間だし、インベントリがいっぱいの状態で買い物するのも気が乗らないんだよなぁ……」
そうして悩み始めたハルキチに、ラウラはできるメイドらしく的確なアドバイスをした。
『それでは担任教師と会ってみてはどうでしょう?』
「担任教師?」
『はい、高天原に在学する生徒には、ひとりずつ専属の担任教師がついているのです。普通は新入生オリエンテーションの説明会が終わったところで担任教師からフォローされて気付くものなのですが……マスターは見逃していたのではありませんか?』
言われてログを確認してみると、確かに説明会が終わったあたりのタイミングで【量産型レイシア少佐・J1129号】からフォローされていた。
どうやらオリエンテーションの内容にショックを受けていた間に見逃していたらしい。
『わたくしのアカウントにも面談の依頼が来ていますので、早めに会ってあげたほうがよろしいかと』
そう言ってラウラが頭のテレビ画面に表示させたレイシア少佐からの依頼を見て、ハルキチは申し訳ない気持ちになる。
【担当学生との顔合わせにご協力ください】
27期の新入生、ハルキチくんとの面談を仲介してください。
当学生は担任教師の存在に気づいていない可能性が高いため、専属メイドとなったラウラさんから情報提供をお願いします。
クリア条件:レイシア少佐・J1129号がハルキチくんとフレンド登録する。
クリア報酬:ラウラさんの言う事をなんでも聞きます。
「……依頼内容に対して報酬が重い」
『そうですか? 人工知性同士の依頼なんてこんなものですよ? 依頼を出す時には必ず報酬を決めなければいけないので、些細な依頼の時には「その場でジャンプして」とかを報酬にするのです』
「ああ、そういう慣習があるのか」
とても軽い報酬だったことにハルキチは胸を撫で下ろし、担任教師との顔合わせに向かうことにした。
「それで? どこへ向かえばいいんだ?」
『面談場所は新入生用の無料ホームエリアです。高天原におけるマスターの住居に関しても説明してくれるらしいので、そちらまで移動をお願いします』
「わかった」
すっかり失念していたが、寝泊まりする場所は大切なので、ハルキチは素直に頷いた。
それからラウラに先導されて歩くこと15分。
古風な屋敷町の中を進んだハルキチは、現実で住んでいた物件にそっくりなボロアパートの前まで案内された。
『申し訳ございませんマスター。すぐに城を手配しますので……』
アパートの外観を見たラウラがゴシック建築な物件の検索を始めるが、ハルキチは慌ててメイドの暴走を止めた。
「こっちのほうが落ち着くから!」
120LDKとか冗談じゃない。
庶民のハルキチにとってトイレ・バス別の六畳間こそが至高の間取りなのだ。
そんなやり取りをしてアパートの前で騒いでいると、喧騒を聞きつけたのか、二階の扉が開いて銀髪碧眼の爆乳美女が飛び出してくる。
『あっ! よかった~! ハルキチく~ん!』
スーツ姿で階段を駆け降りてくる女の間延びした声を聞いて、ハルキチは身構えた。
「……その声はまさかっ!」
銀髪美女はハルキチの前までくると、人妻みたいに色気たっぷりな身体をムチムチさせて自己紹介をした。
『はい~。現実ではお世話しました~。私は強制捕獲部隊【トライ・フォース】所属~。エリート女教師【量産型レイシア少佐・J1129号】で~す!』
唐突な天敵の出現にハルキチはなんとなく逃げ出したくなったが、現状では逃げる意味がまったくないので、とりあえず大人の対応をする。
「……その節は大変ご迷惑をおかけしました!」
学校に行きたくない一心で、逃げたり、腕を折ったり、逃げたり、とハルキチはレイシア少佐にとても迷惑をかけた自覚があった。
蓋を開けてみれば現実の学校よりも真恋学園での生活は悪くなさそうだし、ログイン前の暴れっぷりを思い出してハルキチの美少女みたいな顔が赤くなる。
『あらかわいい~! 素直に謝れる子は好感度高いですよ~。それにあんなのはよくあることですからハルキチくんも気にしないでください~』
欠片の確執もなくハルキチを許したレイシア少佐は、続けてラウラに向けて頭を下げた。
『ラウラさんも依頼の受注ありがとうございます~。おかげで無事に担当生徒と落ち合うことができました~』
『いえ、マスターのサポートはメイドの仕事ですから』
そうして挨拶が済んだレイシア少佐は、改めてハルキチへと向き直る。
『そんなわけで~。今日から私がハルキチくんの担任教師として、高天原での教育を担当しちゃいま~す! 困ったことがあればなんでも聞いてね~?』
《――【量産型レイシア少佐・J1129号】からフレンド申請されました。フレンドになりますか? YES/NO》
美人で優しいお色気先生からのフレンド申請に、ハルキチは喜んでYESをプッシュした。
「はい! よろしくお願いします!」
『……なんでしょう? この対応の差は? マスターの専属メイドとして嫉妬を禁じえません…………』
ほのぼのした空気を形成する教師と教え子に、専属メイドはジェラった。
自分のときは塩対応だったのに……。
そんなメイドの呟きなど耳に入らず、ハルキチとレイシア少佐は二人でアパートの内見を始める。
『どうでしょうか~? いちおうハルキチくんが現実で住んでいたアパートに近い物件を選んだのですが~……気に入らなければもう少し良い物件も選べますよ~?』
「この物件で完璧です! 先生ってほんとに優秀ですね!」
現実で(物理的に)上下関係を叩き込んだのが良かったのか、全力でかわいい教え子ムーブを取るハルキチに、レイシア少佐も悪い気がしない。
『あらあらまあまあ~。そんなに先生を褒めてもアメちゃんくらいしか出ませんよ~? だけどハルキチくんがかわいいから、先生もこのアパートに住んじゃおうかしら~』
「ほんとですか!?」
瞳を輝かせる教え子と、あらあらまあまあ~と頬を染める女教師。
『…………』
そんな二人の姿に、専属メイドはジェラった。
そしてつつがなく無料ホームエリアの内見を終えたハルキチは、隣の部屋に美人教師が住む至高の物件に満足して、時間もちょうどよくなってきたので歓迎パーティーへと向かうことにする。
「それでは先生、新入生オリエンテーションが終わるまでは外泊するかもしれませんが、このアパートで暮らすようになったら、お世話になります!」
素晴らしい新生活に期待して頬を染める教え子の姿に、担任教師は良い関係を築けたことを心の底から喜んだ。
『はい~。その時は全力でお世話しちゃいます~。ハルキチくんも、オリエンテーション頑張ってくださ~い』
笑顔で手を振って別れる二人。
大事な仕事を終えたレイシア少佐は、さっそくハルキチの隣室を借りようとアパートのほうへと振り返り、
『わっ!?』
背後に立っていたメイドマスターにぶつかりそうになって驚いた。
これまで蚊帳の外に置かれていたラウラはジェラシーのおもむくまま、レイシア少佐の評価を落とすために頭のスピーカーから音を出す。
『依頼のクリア報酬ですが――』
『ああ、はいは~い。なにをしますか~?』
『――あなたは今から残念美人教師になってください』
『え…………』
簡単なお願いを聞いて終わるはずが、規格外のクリア報酬を言い渡されたレイシア少佐は愕然とした。
『具体的に言うならば、顔もスタイルもいいのにどういうわけか結婚できないアラサーの女教師を目指してください』
『!? どうしてそんなことをっ!??』
レイシア少佐からの当然の疑問に、ラウラはそれっぽい理由を適当に述べる。
『綺麗で優秀なだけの女教師なんてクソつまらないじゃないですか。女教師に求められるものは残念臭だと太古の昔から相場が決まっているのです。マスターの専属メイドとして、わたくしにはあなたを理想の女教師に仕立て上げる義務がある!』
ラウラはわりと性格が悪かった。
『ええ……そんな理由で?』
『はい。なんでもはなんでもですから、お願いしますね?』
『……………………あ、あんまりですぅ~』
そしてハルキチの知らぬところで、優秀な担任教師は『残念美人教師』へとジョブチェンジさせられた。