第6話 お料理配信
狩りを終えたハルキチは獲物が落としたアイテムで荷物がいっぱいになって、2回ほど学生協会と森を行ったり来たりしていた。
「……これはどうしたらいいんだろう?」
新入生狩りを狩りまくったことで満杯になったインベントリを見て、ハルキチは頭を悩ませる。
【インベントリ】 197/200 お預かり金:3,574,120EN
死体から奪った大容量バックパックのおかげで大量の銃火器や防具の類を持ち帰れたのはいいものの、貧乏性を発揮していたらインベントリが圧迫されてしまったし、なにより350万以上ものお金を手に入れたことにハルキチは戸惑っていた。
「こんな大金はじめて見た……」
もともとゲームの中でお金を稼ぐのは得意なほうだったが、ここではそれが大変な事態を招くのかもしれない。
これ本当に現金に換えられるの?
たったの数時間で現実身のない金額を稼いでしまったことに、ハルキチの庶民なハートが現実逃避する。
……とりあえず放置しておこう。
もしかしたらリアルマネーうんぬんはエイプリルフールの嘘かもしれないし、深く考えると庶民の精神衛生に悪そうだ。
そうして預金残高の数字と心の折り合いをつけたハルキチは、当初の目的どおりお料理配信を行うことにする。
いちおう森の中で美味いん棒を食べはしたが、それでも激しい運動を繰り返したことでハルキチの空腹ゲージは30パーセントを下回っていた。
狩りに夢中になっていたせいで時間が遅くなってしまったが、現在の時刻は14時前なのでギリギリ昼食と言えないこともない。
そして気持ちを切り替えたハルキチは再びギルドを出て、今度は右手に進んで【日溜りの草原】を目指した。
道を歩きながらハルキチは持ち物をチェックする。
【アイテムボックス】 8/105 所持金:10,000EN
・生徒手帳
・45ACP弾×200
・45ACP弾×34
・M1911用マガジン(装填済み)
・M1911用マガジン(装填済み)
・野外調理セット『玄人用』
・デラックス調味料セット『平成の一般家庭』
・食材袋(17/9999)
森での狩りで得た大量の弾薬のおかげで、アイテムボックスに入れる弾丸は1スタック200発までだと判明した。
他にも森にいた動物や採集物を収穫して食材袋の中身も増えている。
新入生狩りから得た銃の類は数こそ多いものの、レアリティで言えば腰に吊るしたコルトよりも低かったので、そのうち売りさばく予定だ。
そして獲得したアイテムで最も気に入ったものは荷物運びで大活躍した大容量バックパックだった。
【軍用バックパック 45L】
分類:バックパック レア度:希少 耐久値:1584/2200
陸軍用に開発された頑丈で大容量の背嚢。
装備者のアイテムボックス容量を45増加させる。
これといった特殊効果はないが着脱しやすい工夫が細部に施されている。
女子生徒が長年愛用していたため、仄かにいい香りがする。
なんとも最後の一文が変態っぽいが、断じて女の子の匂いが気に入ったわけではない。
レアリティが高くて便利だし、お料理配信が終わったらもうひと回り森を回る予定だったので、ハルキチはこれを装備し続けているのだ。
そんなこんなでハルキチが女の子の香りに葛藤しながら城壁をくぐると、穏やかに風が吹く大草原がハルキチの前に広がった。
狩りの途中でわかったことだが【日溜りの草原】と【安寧の森】は地続きになっているらしく、右手の奥に小さく森の梢が見える。
午前中は新入生の殺戮が行われていた草原も、今では噂が広がったのかすっかり静かになり、悪魔と呼ばれるプレイヤーが新入生狩りを駆逐したことで草原は普段の平穏を取り戻していた。
ハルキチは周囲に敵が潜伏していないことを確認し、森のほうに少し近づいたところで軍用バックパックを下ろす。
帰りは森を通って帰る予定だし、襲撃されるなら森側からだろうから、ハルキチは念のため襲撃にも反撃できる位置を取って配信を始めることにした。
いちおうリアルの姿で配信するに当たってハルキチは身バレのことも考えたが、現実の学校でハルキチはマスクと伊達メガネを愛用する陰キャとして過ごしていたし、ここ半年くらいは不登校だったし、そもそもろくにクラスメイトと話したこともないから大丈夫だろうと判断した。
ハルキチのリアルはまったく充実していないのだ。
野外調理セットや食材袋を周囲にセットして、ハルキチはステータス画面から配信機能を起動する。
【27期の新入生 はじめてのお料理配信】……現在8人の視聴者が待機中です。
学生協会を出る時に適当にタイトルを決めて、調理セットのサムネイルとともに予告を出しておいたおかげか、ハルキチの配信部屋には少しだけリスナーが集まっていた。
14時スタートと予告していたため、ハルキチは時間ちょうどになるまで自己紹介とかを考えながら待機する。
そして時間ちょうどになったところでハルキチは配信をスタートした。
配信開始と同時に羽のついた目玉カメラがハルキチの前に現れる。
「どうも皆さん、はじめまして~。ハルキチで~す」
Vチューバーとか有名配信者を意識して軽い口調で始めたハルキチは、すぐに恥ずかしくなったので口調をもとに戻した。
「きょ、今日はお料理配信の依頼を受けたので、昼ご飯を配信しながら作ってみようと思います」
ハルキチのたどたどしい配信にコメント欄は意外と盛り上がった。
【これはいい美少女!】
【赤面たすかる】
【ハルキチちゃんね、覚えた!】
100パーセント女子だと思っているコメント欄に、ハルキチは真顔になって突っ込む。
「これだけは断言しておくけれど、俺は男だから。男性配信者として扱ってください」
【……そういう設定?】
「設定じゃねえよ」
【ww】
【男の娘なんですねわかりますw】
さっそくリスナーと打ち解けたハルキチは野外調理セットについていた折りたたみの椅子に腰掛けて、食材袋から鶏肉を引っ張り出す。
【おお~っと、ハルキチくん! いきなり鳥の形をした鶏肉を取り出しましたっ!】
【内蔵も入っているが解体スキルがついた調理器具は持っているのか~っ!?】
お料理配信を見るだけあって、リスナーたちは高天原で行われている料理に関して詳しいのか、ハルキチの料理に実況を入れ始めた。
「へー、解体スキルがついた道具なんてあるんだ」
しかし現実の調理方法しか知らないハルキチは、構わずに鶏肉を調理セットのテーブルに乗せて初心のナイフで解体していく。
ハルキチの鮮やかなナイフさばきで鳥の形をした鳥肉は手羽先や手羽元、モモ肉やムネ肉などへと解体されていき、内臓も過食部位がキレイに取り分けられた。
今回はモモ肉だけ使う予定なので、ハルキチは使わない部位を食材袋へと収納する。
【え……なんでこの子、普通に解体できるの?】
【思ってたお料理配信と違う……】
【いきなりプロの技を魅せられて困惑しているのだが……??】
なにやらコメント欄の反応がおかしくなってきたが、ハルキチは料理を優先することにして、続けて調理セットから焚き火台を取り出した。
【ここで登場しました! 玄人用調理セット!】
【サムネで見たときから期待していたぜ!】
【わかります。安いからそっちのほうを買っちゃいますよね?】
【だけど残念! それには自動火起こし機能が付いていないのです!】
ハルキチが火を起こせるのかとコメント欄は盛り上がる。
しかし当の本人は黙々と森の中で拾った乾いた火口をポケットから取り出して、調理セットに付属されているメタルマッチを初心のナイフで擦って火種を作った。
火種を孕んだ火口に息を吹きかければ、たちまち炎が燃え上がる。
そしてハルキチは細い枝を組んだ中央に炎を入れて、慣れた手つきで徐々に太い薪を追加していった。
【……つきましたね】
【うむ……ゴウゴウと燃えておるわ……】
【……火起こしってそうやってやるんだ…………】
薪に燃え移った炎が落ち着くのを待つ間、ハルキチは鶏肉の下処理を始める。
「今日は照り焼きチキンサンドを作るから、モモ肉の厚さを均等にします」
ナイフで肉の厚い部分を切って広げるとバケットの形に合わせて細長く形を整え、ついでに調理セットに付属されていたフォークでプスプス肉を差して味が染みやすくする。
【え? え? なにやってんの??】
【宗教的な儀式かなんか?】
完全栄養食や全自動調理器が家庭に普及した未来世界において、現代っ子は料理がまったくできないのが当たり前なのだ。
料理に夢中でコメントに気づかないハルキチは、そのまま調理を続けた。
「肉を焚き火で焼きたいから、タレは塗る感じにしてみます」
いちおう配信しているので解説を入れ、調理器具の小鍋を取り出して、ハルキチは醤油と砂糖と酒とみりんを小鍋の中で混ぜ合わせる。
【ぽかーん……】
【ぽかーん……】
【ぽかーん…………あ、同接数100人超えた!】
視聴者を置き去りにしているにも関わらず、未来の世界では見慣れぬ映像を垂れ流しているせいか、ライブ配信への同時接続者はグングン増えていった。
そして下準備を終えたハルキチは、炎が落ち着いて炭が赤く光る『熾火』の状態になっていることを確認してから、焚き火台に網を置いてモモ肉を皮側から焼き始める。
パチパチ……ジュワッ、と心地良い音がして、次第に脂が焼ける芳ばしい香りが配信の向こう側まで流れていった。
【なんだっ……この、美味そうな匂いは!?】
【昼飯食ったばかりなのに涎が止まらねえ!!?】
高天原の配信では仮想現実のシステムを活かして、配信で生じた『匂い』が視聴者にも伝わるようになっている。
これまで料理経験ゼロの生徒たちが作る兵器みたいな悪臭しか嗅いだことがなかったリスナーたちは、生まれて初めて経験する炭火でじっくり焼かれた肉の芳香に、空腹中枢を激しく刺激された。
画面の向こうが阿鼻叫喚の飢餓地獄になっていることも知らず、ハルキチは付属のハケで醤油ベースのタレを焼けた肉の表面に塗りたくっていく。
ジュッ……ジュワァ……。
肉の脂と炭の香りに加えて醤油が焦げる芳ばしい香りまで蒸散され、コメント欄は加速した。
【食べたい食べたい食べたい食べたいっ!!!】
【もうやめてっ! 胃袋が悲鳴を上げてるのっ!!】
【アバババババッ!? 空腹度がががががが……減ってないだと!??】
【それ売ってくれるんですよね!? 販売されるんですよねぇ!!?】
【汚料理配信だと思ってたリスナーたち、唐突な飯テロに苦しむww】
そして何度も何度も丹念に醤油ダレを鶏肉に塗りつけたハルキチは、仕上げに照り焼きチキンの上にチーズを乗せて溶かし、焼き立てバゲットを半分にしてマヨネーズとマスタードとレタスを加えて肉を挟む。
最後にパンの真ん中でザクッと切れば、粗野な野外料理がお店で売られるような見た目になった。
「――よし、完成!」
【香りの暴力・炭火照り焼きチキンサンド】
分類:料理 レア度:希少 効果:脚力強化・中(4時間)
ワイルドチキンのモモ肉を炭火で丁寧に焼いてバケットに挟んだ野外料理。
照り焼きの甘辛さとマヨネーズの酸味が見事に調和している。
大口開けてかぶりつくのがキャンプ飯のジャスティス。
※美味しい料理ができたときはアマテラスに奉納しよう。
そして料理が完成したことで配信を思い出したハルキチは目玉カメラの横に表示されるコメント欄へと視線を向けて、
「…………なんでこんなにリスナー増えてるの?」
同時接続者数が300人を超えていることに唖然とした。