第5話 ギルドと依頼と初戦闘
怪しい店主に教えられたとおり蚤の市から西へ大通りを進むと、やがて大通りはY字路で別れて、その股の部分にハルキチは学生協会らしき建物を発見した。
木造三階建ての立派な建物は西部劇に出てくる酒場のような造りをしており、日本風の街並みの中で酷く浮いている。
入口の上には『GUILD』と書かれた看板が掲げられ、ジャージを着た新入生たちが頻繁に出入りしていた。
ハルキチがスイングドアを押してギルドの中に入ろうとすると、目の前にウィンドウが表示される。
《――入室先を『共通エリア』か『プライベートエリア』から選択できます》
共通エリアは混雑してそうなのでプライベートエリアを選択すると、周囲の喧騒が遠のいて、ハルキチは旅芸人が音楽を奏でる落ち着いた雰囲気の酒場へと足を踏み入れた。
正面には客席とその奥にステージ。
右手には依頼が貼られたクエスト掲示板。
左手には酒場のカウンターがあり、銀髪の巨乳バーテンダー【量産型レイシア少尉】がカウンターの向こうでグラスを磨いている。
ハルキチがカウンターに近づくと、レイシア少尉はグラスを置いて、落ち着いた声音で語りかけてきた。
『ようこそ学生協会へ。本日はどのようなご要件でしょうか?』
初めてこの施設を訪れたハルキチは、学生協会について質問した。
「ここではなにができますか?」
新入生からのよくある質問に、レイシア少尉は耳障りのいい声で解説する。
『学生協会ではお金と荷物のお預かりや、仕事の斡旋、お金を稼ぐことに役立つ講座の受講手続きなどが行えます。あとは見ての通り、お飲み物や軽食の販売もしております』
「お金は預ける必要があるんでしょうか?」
多くのゲームでは大金を問題なく持ち歩けるので、疑問を抱いたハルキチが訊ねると、レイシア少尉はしっかり頷いた。
「はい。高天原の戦闘フィールドでは、死亡時に所有するお金とアイテムを全てロストする仕様となっております。特に高天原で流通する『EN』は、ログアウト時に等価でリアルマネーと交換できますので、不要なお金は学生協会に預けておくことをお勧めします」
「おう……」
シビアな設定にハルキチの口から低い声が出る。
ほとんどリアルマネーみたいな通貨がゲーム内で流通しているとなると、戦闘フィールドは殺伐とした世界になっているだろう。
生徒をキルして現金が手に入るなら、絶対に新入生狩りが横行している。
おこづかいを何万ENも所有している無知な新人とか、どう考えてもカモとしか思えなかった。
「……とりあえずお金と荷物を預けます」
『ご利用ありがとうございます』
お預かり機能を依頼すると、ハルキチの【アイテムボックス】と並んで【インベントリ】が表示され、ハルキチはしばらく指を動かして、預けたい物を学生協会のインベントリへと収めた。
【アイテムボックス】 11/60 所持金:3,410EN
・生徒手帳
・美味いん棒
・45ACP弾×50
・M1911用マガジン(装填済み)
・M1911用マガジン(装填済み)
・野外調理セット『玄人用』
・デラックス調味料セット『平成の一般家庭』
・焼き立てバゲット
・スライスハム
・新鮮レタス
・切り立てチーズ
【インベントリ】 3/200 お預かり金:22,000EN
・招待状
・ワンナイト・ラブドール・くるみちゃん♪(収納状態)
・オシャレで丈夫な紙袋
日が沈むころになったら歓迎会の会場を目指す予定なので、そのころにもう一度ギルドに来ることにして、ハルキチは招待状も預ける。
持ち物整理が済んでウィンドウを閉じると、続けてレイシア少尉がアドバイスしてきた。
『よろしければ生徒手帳の再発行料を自動引き落としにしてはどうでしょう? いちいち学生協会で手続きをする手間が省けますよ?』
戦闘フィールドで死亡すると生徒手帳もロストし、再発行料の3000ENを学生協会に納める義務が発生する。
税金みたいなもんかな、とハルキチは納得して、自動引き落としを了承した。
カウンターでのやり取りを終えたハルキチは、続けてどのような依頼があるのか確認するためクエスト掲示板の前まで移動する。
大きな木の板には薬草採取やモンスターの討伐など見慣れた依頼が並んでいたが、その中でひとつの依頼が目について、ハルキチはその依頼書をじっくり眺めた。
【お料理配信にチャレンジしよう!】
27期から配信機能に『手作り料理の配布販売機能』が追加されました。
品質の高い完全栄養食や全自動調理器の作り出す料理が食卓の主役となりつつある昨今、失われつつある料理文化の再興に高天原は努めてゆきます。
既存の自動調理レシピにとらわれないオリジナルレシピを作成し、お料理配信を盛り上げていきましょう。
クリア条件:お料理配信を行い、オリジナルレシピを作成・販売する。
クリア報酬:3000EN 食材袋(前渡し)
内容を確認したハルキチは木の板から依頼書を剥がし、レイシア少尉の元へと持っていく。
「この依頼をお願いします」
カウンターに依頼書を置くと、レイシア少尉は依頼書を受け取って、代わりにハルキチへと大きな麻袋を渡した。
『依頼の受注を受付けました。こちらが前渡しの【食材袋】です』
【食材袋】
分類:便利グッズ レア度:普通 耐久値:500/500
アイテムボックスの食材をまとめて収納できる大きな麻袋。
9999個まで食材アイテムをスタックすることができる。
これでもう食材アイテムが場所を取るなんて言わせない!
仮想現実でも食べ物を粗末にするな!
※食材袋は学生協会のカウンターでお安く購入できます。
よほど食材アイテムの人気が低かったのか、食材袋からは管理者の執念を感じた。
しかし便利なのは変わりないので、ハルキチはさっそくアイテムボックスの容量を圧迫する食材アイテムを麻袋へと詰め込んでいく。
【アイテムボックス】 8/60 所持金:3,410EN
・生徒手帳
・美味いん棒
・45ACP弾×50
・M1911用マガジン(装填済み)
・M1911用マガジン(装填済み)
・野外調理セット『玄人用』
・デラックス調味料セット『平成の一般家庭』
・食材袋(4/9999)
だいぶアイテムボックスがスッキリしたことに満足し、ハルキチは学生協会を出る前にレイシア少尉へと戦闘フィールドの場所を訊いた。
『学生協会を出て右手に進めば初心者用の【日溜りの草原】が、左手に進めば少しだけ難易度の高い【安寧の森】がありますよ。食材アイテムを集めるなら【森】がオススメです』
「ありがとうございます」
お礼を言って学生協会から出たハルキチは、レイシア少尉のアドバイス通り左手へと足を進める。
しばらく歩くと道の先に城門が見えてきて、レイシア二等兵たちが守る門をくぐると、ハルキチの前に黄色のウィンドウが表示された。
《――これより先は戦闘フィールドとなります。戦闘フィールドで死亡すると所有している資金とアイテムを失いますのでご注意ください!》
確認ボタンを押してウィンドウを消し、ハルキチは外の景色を見渡す。
城壁の外には鬱蒼と茂る森が広がっており、森の中からは銃声や悲鳴、獣の叫び声などが絶え間なく響いていた。
風が運んでくる血と硝煙の香りにハルキチは期待を高めて、装備を確認してから森の中へと足を踏み入れる。
「うっし! 殺るぞーっ!」
そして軽く気合を入れた暗殺者による、白昼の殺戮劇が始まった。
◆◆◆
毎年4月1日に行われる新入生狩りはプレイヤーキラーたちにとって最高の稼ぎ時である。
初心者用フィールドには小金を抱えた新入生が溢れかえるため、彼らを狩っておこづかいを巻き上げるのは心無い先輩たちの恒例行事だった。
限られた情報から危険を予想できるゲーム慣れした新入生は初心者フィールドに来ないし、たとえ物見遊山で来たとしても大した装備は持っていない。
さらにプレイヤーキラーを取り締まるような連中も4月になると新入生オリエンテーションの準備を優先するため、特に視界の悪い【安寧の森】は高天原で最も危険なエリアとなっていた。
それこそ性質の悪いエイプリルフールのように……。
そんな最高のボーナスタイムが開催される中、プレイヤーキラークラン【万愚の狩人】の面々は、未曾有の混乱に包まれていた。
「クソッ! どうなってやがる!? また部隊がひとつ潰されたぞ!!?」
薄暗い森の中。
彼らの仲間がひとり、またひとりと姿を消していく。
チャットで死亡時の状況を確認しても、気づいたら首が180度回っていたとか、肝臓をナイフで抉られたとか、敵は美味いん棒を食っていたとか、役に立たない情報しか集まらず、ただひとつ集まった襲撃者のヒントは『金眼の悪魔が森の中にいる』とかいう眉唾な情報だけだった。
『――こちらサーモン部隊、西側エリアで悪魔と交戦中! とにかく人員を送れっ!』
よほど慌てているのか、あやふやな情報しかよこさない仲間からの無線通信にイラつきながら、銃を構えた5人の男たちが森の中を進む。
そして彼らがサーモン部隊と適当な呼び名をつけた仲間の受け持ちエリアに到着したとき、そこにはまったく戦闘の痕跡が見られなかった。
「おいっ! ふざけんな! また誤情報じゃねえかっ!」
リーダー格の眼帯男が使い物にならない無線機を耳から外して地面に叩きつける。
そしてちょうどそのタイミングで、
「――ひぎゅっ!?」
背後から変な声が響き、振り返った眼帯男は木の杭を連ねたブービートラップで腹部を貫かれた仲間の姿を見た。
「周辺警戒っ!」
即座に指示に反応し、4人の男は背中合わせとなって死角を潰す。
しかし無慈悲にも固まった彼らの中央に手榴弾が投げ込まれ、激しい爆発音とともに眼帯男は藪の中へと吹き飛ばされた。
運良く即死は免れたが、部位欠損のバッドステータスを受けた眼帯男は、どうにか動く首だけを動かして仲間たちの状況を確認する。
「う……ぐっ…………」
二人の仲間は即死してリスポーンしたが、ひとりは森の中で自分と似たような状態にあり、衝撃によるスタン状態に陥った仲間へと、ひとつの影が歩み寄るのが見えた。
170センチの身長。
目出し帽から覗く黄金の瞳。
細身の身体と新品同様の黒ジャージ。
瞬時に目的を情報収集に切り替えた眼帯男は、そいつが『金眼の悪魔』と呼ばれるプレイヤーであることを確信し、地面にうずくまる仲間の頚椎に初心のナイフが突き立てられて死に戻る光景を見守った。
幸い眼帯男が倒れる位置は草木に覆われて潜伏ボーナスを得ることができる。
眼帯男が息を潜めて見守る中で、金眼のプレイヤーは地面に落ちた無線機を拾うと、続けて奇妙な行動を開始した。
「周辺警戒っ……周辺警戒っ……周辺警戒っ……」
オウムのように繰り返される声音に眼帯男はゾッとする。
声真似を繰り返すたびに悪魔の声は変質していき、最終的には眼帯男の声に酷似した低い響きへと変貌していた。
無線機を付けた悪魔は眼帯男の仲間へと向けて連絡を入れる。
「――こちらオルカ部隊、西南エリアへ撤退中! 至急応援を――」
と、そこまで言ったところで悪魔は眼帯男へと振り返った。
「――バレたか」
奇術の種が割れたというのに悪魔は毛ほどの焦燥も見せず、軽い足取りで眼帯男に近づいてくる。
眼帯男はその足取りに恐怖した。
草木が茂る森の中、初心の運動靴と呼ばれる特殊効果のない装備品。
新入生丸出しの姿はしているが、それでもバグみたいに足音を立てない悪魔の技術に恐怖した。
高天原における戦闘はアイテムの特殊効果を利用して行われており、レアリティの高い装備品を持つプレイヤーほど脅威度は高くなっていく。
しかし中には当然、その法則に当てはまらないプレイヤーもいて……眼帯男の前に立った新入生は、まさしくその典型例と言えた。
リアルチート。
プレイヤースキルの化け物。
装備の質を純粋な技術で覆す理不尽の権化。
眼帯男の傍に立った悪魔はホルスターに入れた銃を抜き、その銃口を男の眉間に合わせながら軽口を叩く。
「仲間の人たちに伝えてくれない?『リベンジマッチならいつでも歓迎する』って」
その無機質な黄金の瞳を見て、眼帯男は引きつる喉を気合で動かして叫んだ。
「だ、誰がてめえなんかと戦うか! このキ○ガイ野郎がっ!」
暴言を吐き捨てられた悪魔は、目元を細めて悲しそうな声を出す。
「……それ、よく言われるよ」
そして森の中に一発の銃声が轟いた。