第4話 装備調達
体育館のホールからハルキチが出ると、エントランスでカンナが待っていた。
「どうでしたか、先輩?」
説明会のイベントを見た感想を尋ねられ、ハルキチは素直に答える。
「少しお掃除が必要らしい」
殺気を漲らせる夫の姿を見てカンナは苦笑した。
「……そうなると思ってたっす。そんな先輩に私たちクランからプレゼントをあげましょう」
そう言ってカンナがステータス画面を操作すると、ハルキチのアイテムボックスにプレゼントが送られてくる。
《――ハルキチは【招待状】を手に入れた!》
ログに表示されたアイテム名を確認して、ハルキチは訊ねた。
「これは?」
「ハルキチ歓迎パーティーの招待状です! 今夜の20時からクランホームで開催しますので時間厳守でお願いします! 新入生オリエンテーションの作戦会議もその時に」
「了解……って、いっしょに行動しないの?」
戸惑うハルキチに、カンナは肩をすくめた。
「チュートリアルが終わって、これから冒険が始まるんですよ?」
そしてカンナはハルキチに背中を向けて、顔だけ振り向いてサムズアップする。
「せっかく初見のオープンワールドなのに、ガイドがいたら興ざめじゃないですか!」
あまりにもかっこいい嫁の姿にハルキチは惚れ直した。
「……確かに」
その呟きを聞いたカンナは外へと向けて歩き出し、入口の扉を開いて半身を外に出したところでハルキチに向かって封筒を投げる。
「こっちは私からの入学祝いっす!」
飛来した封筒をキャッチすると、それは手元で溶けるようにハルキチのアバターに吸収された。
《――ハルキチは【10万EN】を手に入れた!》
チャリーンと軽快な音が鳴る。
封筒が消えた手から顔を上げると、カンナの姿もなくなっており、入口の扉に手書きの文字で『GOOD LUCK!』とメッセージが残されていた。
「イケメンすぎるだろ……」
思わず呟いたハルキチは、ハッとなって、近くにあった靴箱へと頭を叩きつける。
「嫁の中身は美少女! 嫁の中身は美少女っ! 嫁の中身は美少女ぉっ!」
青春っぽい雰囲気が台無しだった。
◆◆◆
正気を取り戻したハルキチが体育館から出ると、そこでは相変わらず部活動の勧誘合戦が行われていた。
ハルキチは勧誘に巻き込まれないよう気配を消して移動を開始し、途中で白髪の男たちがいないか確認したが、彼らは既に姿を消していた。
装備を購入するため蚤の市へと足を向けながら、ハルキチはアイテムボックスの中身を確認する。
【アイテムボックス】 4/30 所持金:100,000EN
・生徒手帳
・初心のナイフ
・ワンナイト・ラブドール・くるみちゃん♪(収納状態)
・招待状
高天原のアイテムボックスに重量制限はないらしい。
30個という収納数の最大値はかなり少ないので、早めに収納数を増やすアイテムを探したほうがいいだろう。
ゲームに慣れたハルキチは素早くアイテムボックスの特性を把握すると、続けて所持しているアイテムの詳細情報を確認した。
【生徒手帳】
分類:だいじなもの
高天原の学生が常に所有している身分証。
手帳の中には生徒のプロフィールが記載されている。
学生を倒すと生徒手帳をドロップするが、自動で再発行されるため届ける必要はない。
※再発行時は【学生協会】に対し3000ENの支払い義務が発生します。
【初心のナイフ】
分類:装備品 レア度:普通 耐久値:100/100
新入生に支給されるサバイバルナイフ。耐久値は有限。
これ一本あれば火起こしから罠づくりまでなんでもできる。
死亡してリスポーンした生徒には必ず初心シリーズが与えられる。
初心忘れるべからず。
【ワンナイト・ラブドール・くるみちゃん♪(収納状態)】
分類:ジョークグッズ レア度:普通 耐久値:2754/2800
保健体育の教材として作成されたラブドール。
非常に高い耐久値を持ち、学生に人生の教訓を教えてくれる。
野外での使用がレイシア先生に見つかると問答無用で攻撃される。
【招待状】
分類:だいじなもの 状態:祝福(4月1日 20時まで)
ハルキチの歓迎パーティーのために用意された招待状。
中にはパーティー会場への地図が描かれている。
神社で祝福を受けているため失ってもハルキチの手元に戻ってくる。
ひと通りアイテムの詳細を確認したハルキチは、【初心のナイフ】をステータス画面から腰に装備させ、今後の行動方針を固めた。
「とりあえず装備を集めて……【学生協会】とやらを覗いてみるか」
ギルドなんて当て字が使われているあたり、今後の学生生活でお世話になりそうな施設を最初の目的地に定めて、ハルキチは蚤の市へと入る。
カンナと回った時に欲しい物の目ぼしを付けていたため、ハルキチは迷わず目的の店に向かって突き進んだ。
人混みの中を歩いて行くと、やがて進行方向にひとつの屋台が見えてくる。
屋台の看板にはこう記されていた。
【ルナティック・ヘル・ナイトメア射的! 1プレイ 500EN】
やたらと難易度が高い射的のようだが、ハルキチは目当ての景品が取られていないことを確認して、暇そうに店番している兄さんへと声を掛ける。
「すみません、1プレイいいですか?」
来客に気付いた店主はニカっと笑って威勢のいい声を上げた。
「いらっしゃい、嬢ちゃん!」
「兄ちゃんです」
「?」
すかさず訂正を入れると店主は首を傾げたが、いつものことなのでそれ以上は追求せずにハルキチは『手の平に500EN出ろ』と念じて、現れた硬貨を店主へと渡す。
他のゲームでも似たような仕様が多いので、スムーズに金銭のやり取りができた。
「あいよっ! うちの屋台は欲しい景品で射的をするんだけど、どの景品を狙ってるんだい?」
店主が身体を斜めにして店の奥に展示された景品を見えやすくすると、ハルキチは迷わず一番上の目立つところに展示されたハンドガンを指差す。
「そこのコルトで」
ハルキチの答えを聞いた店主はニヤリと笑い、
「最高難易度入りやしたーーーっ!」
と、威勢良く言いながら景品のハンドガンをハルキチの前に置いた。
【コルト M1911 ロットNo.108】
分類:装備品 レア度:秘宝 耐久値:1650/1650
アメリカマップ・エリア51ダンジョンで発見された軍用拳銃の最初期ロット。
頑丈で動作不良を起こしにくく、全ての45口径弾を使用することができる。
産出エリアの影響で非実体系モンスターにも物理ダメージを与える特殊能力を持つ。
装填弾数は7+1発。
表示されたアイテムの説明を眺めていると、店主が追加で銃の解説をしてくれる。
「どうだい? いい銃だろ? こいつは反動がでかくて使いこなすのが難しいが、慣れればあらゆる環境下でジャムることなく仕事をしてくれるツンデレ様だ。なんてったって六千回の耐用試験で一度も動作不良を起こさなかった名器だからな!」
ハルキチは店主の解説を半分くらい聞き流しつつ、慣れた手つきでチャンバーチェックして銃の状態を確認した。
特に問題なかったので店主に頷くと、それを準備完了と判断した店主はパチリと指を鳴らす。
店主の合図に連動して屋台の奥にあった景品棚が二つに割れ、その奥に25メートルほどの奥行きがある射撃場が現れた。
屋台の大きさは変わっていないが、仮想現実ならではの仕様になっているらしい。
「最高難易度だから、的の数は10個、弾の数は7発でスタートだ! 重なった的を上手く撃ち抜いてパーフェクトが取れたら景品ゲット!」
店主の説明が終わると店の奥に設置された10個の的が移動を開始して、それはやがて目にも止まらぬ高速移動となり、ハルキチの動体視力を持ってしても捉えられなくなった。
「……いや、ちょっと」
あまりの仕様にハルキチはジト目を店主に向けるが、店主はそっぽを向いて下手くそな口笛を吹いた。
なるほど確かにルナティック・ヘル・ナイトメア射的だ。
ひとつ嘆息したハルキチはコルトを両手で構えると、特に的を狙わずゆっくり弾を撃っていく。
タン……タン……タン……。
と、弾の飛び方や反動を確認し、全ての弾を撃ち尽くしたところでハルキチはおおよそ銃のクセを掴んだ。
「はいっ! 残念賞~っ! 頑張ったお嬢ちゃんには【美味いん棒】をプレゼント!」
結果はひとつの的の外側に玉がかすっただけだったが、ハルキチは気にせず追加プレイ代の500EN硬貨をカウンターへと叩きつける。
「……兄ちゃんです」
もちろん訂正も忘れない。
ヤケになった新入生に店主は苦笑し、追加のマガジンをカウンターに置いた。
「はい! 毎度あり~っ! そんじゃ再プレイスタートゥーッ!」
ノリノリの店主を無視してハルキチは目を閉じ、そのまま静かに銃を構える。
「おいおい、いくらなんでも目をつむってちゃ当たらないぜ?」
見かねた店主が忠告してくるが、ハルキチは肩をすくめて適当に返した。
「運試しだよ。どうせ目で見ても、早すぎて見えないし」
「もの好きだね~」
店主とのやり取りを終えたハルキチは、周囲の警戒をしていた神経を全て射的の的へと注いでいく。
空気の流れ、的と的が擦れる音、第六感が教えてくれるタイミング。
的の動きを把握するために必要な全ての情報が揃ったとき、ハルキチはためらいなく引き金を連続して引いた。
タンタンタンタンタンタンタン。
ハルキチが目を開けると、真ん中に穴を開けられた的が停止して、屋台の中に紙吹雪と小さな花火が発生する。
『――パーフェクトだよっ! おめでとうっ!!!』
そしてあらかじめ設定されていた電子音声が流れると、店主は用意していた【美味いん棒】を取り落とした。
「――うそぉっ!!?」
「あ、当たった! ラッキー!」
ハルキチは出禁をくらわないように偶然を装うことも忘れなかった。
◆◆◆
右腰に吊るしたホルスターの重みに、ハルキチは頬がニヤけるのを自覚する。
あれから店主は素直に景品の【M1911】を渡してくれたが、同時にハルキチが起こした奇跡のパーフェクトを動画として配信していいかと交渉が始まった。
まったく商魂たくましい店主である。
最終的にはベルトとホルスターも付けるから、と合掌する店主に、ハルキチは【45ACP弾】と予備のマガジンも追加することを条件に動画の配信を許可した。
「ふひひっ、これからよろしくね、コルトちゃん」
銃をスリスリ撫でながら話しかける姿は完全に怪しい人だが、見た目美少女なハルキチが笑っているせいで、すれ違った男子生徒が魅了の状態異常にかかる。
「あの、よかったら、このあといっしょに狩りでも――」
「――お断りします」
即座にハルキチは笑顔を引っ込めて、早足で男から離れた。
危ない、危ない。
少し油断していたぜ……。
ひとりでいる時にご機嫌な顔をしていると、ハルキチはナンパされてしまうのだ。
グニグニと表情筋を揉みほぐし、ハルキチは顔が笑顔になっていないことを確認して、蚤の市で買い物の続きを行う。
野外調理セット『玄人用』……1500EN
デラックス調味料セット『平成の一般家庭』……2000EN
焼き立てバゲット……20EN
スライスハム……25EN
新鮮レタス……15EN
切り立てチーズ……30EN
買い物中に軽い空腹感を抱き、ステータス画面で空腹度ゲージを見つけたハルキチは冒険のついでに昼食を自作することにしていた。
サンドイッチ用の食材を購入したハルキチは、最後に布と革製品を扱うプレイヤーメイドショップで目的の物を発見する。
【竜皮製のマジックポーチ】
分類:バックパック レア度:希少 耐久値:1200/1200
空間拡張の魔法が掛けられたおしゃれなベルトポーチ。
装備者のアイテムボックス容量を15増加させる。
火竜の皮が使用されているため装備者の火耐性が3%上昇する。
制作者:超進化マゴット
35000ENとお値段は高めだが、デザインが気に入ったハルキチは、ゴスロリファッションで日傘を差して座っている店主へと声を掛けた。
「このベルトポーチを二つください」
眼の前に浮かべた不気味なオーラが漂う魔導書から顔を上げた店主は、ハルキチの言葉に怪しい笑みを浮かべて口を開く。
「ほう……我が作品に目を付けるとは、見どころのある新入生ではないか」
店主はとても濃ゆい女の子だったが、接客は丁寧に行ってくれるらしく、テキパキとオリジナルの紙袋にウエストポーチを二つ入れてくれた。
「くっくっく……こいつが欲しくば70000ENを我に捧げるがいい……」
「はい」
ハルキチが素直にお金を渡すと、店主は「ありあとあっしたー」と、そこだけコンビニの店員風に言って、紙袋をハルキチへと差し出す。
商品を受け取ったハルキチは意外と親しみやすい店主へと質問をした。
「それと道を教えてほしいのですが、学生協会へはどう行けばいいですか?」
店主は蚤の市から続く大通りを指差し、占い師みたいなオーラを放つ。
「西へ向かうといい……さすれば探しものが見つかるだろう…………」
丁寧な対応にハルキチは軽く下げ、店主に礼を言った。
「ありがとうございます」
「ん、またこい」
最後に頬を赤く染めた店主が個人商店の情報が書かれたカードを差し出してきたので、内容を確認して受け取ったハルキチは再び頭を下げ、カードを生徒手帳の中へと仕舞ってから、蚤の市を後にする。
カードにはこんな情報が記されていた。
【屍蝿魔王の免罪符】
分類:だいじなもの 状態:呪い(永久)
罪深きマゴット魔法商店に入店するためのメンバーズカード。
屍蝿魔王・超進化マゴットが気に入った者にだけ配布しているお気に入りの証。
強力な呪いが掛けられているため紛失してもメンバーの生徒手帳の中に帰ってくる。
なお、呪いによる悪影響はまったくない。
※メンバーズカードは生徒手帳のカードホルダーに収納しよう!