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第7話  守銭奴なバニーガールと取り引きした場合



 カンナの自慢話をするはずが、まんまとあん子に10億ENをむしり取られたハルキチは、忙しそうに新設クランの準備をするあん子と別れて不動産屋へと行くことにした。

 残り30億ほどの資金を使うため友人にアドバイスを求めたところ、わりと真っ当な助言をもらえたからだ。


「金の使い道? 飛空艇を買ったなら、それを整備するガレージか倉庫が要るのではないか? 無料アパートではたいした数のアイテムを収納できないから、少なくとも広い収納スペースは必須だぞ?」


 流石はメインタンクである。

 お金の使い道も実にお堅い。


 友人の意見に納得したハルキチは盗聴蟲に気をつけながら元いたアパートの近くまで転移して、街で見かけたことのある不動産屋を目指した。


 5分も歩けばそこは見つかったが、入口前に『新入生応援セール実施中! ローンの相談も承ります!』とノボリを掲げたその不動産屋には数人の新入生が押しかけており、混雑を嫌ったハルキチは踵を返した。


 店内では巨乳のキャリアウーマン【量産型レイシア兵長】が忙しそうに接客をしているし、ここは時間を改めたほうがいいだろう。


「どこで時間を潰そうかな……」


 少し考えたあと、ハルキチは海の方角へと歩き出す。

 ときどきランニングで海まで走っているハルキチは、海の近くに大きな倉庫がたくさんあることを思い出していた。

 あれらが売り物かどうかはわからないが、実物を見学するだけでも勉強になるだろう。

 不動産屋に相談する前にどんな倉庫があるのかだけでも予習しておこうと判断し、ハルキチは散歩がてら海まで歩く。


 そしていつか訪れた漁港のあたりまで辿り着くと、ハルキチは今更ながらここが地球で言うところの静岡県のあたりだと気がついた。

 遠くに見える富士山との位置関係からして、おそらく目の前に広がる海は駿河湾だろう。


 そんな発見をしつつ、海沿いに立つ倉庫を見学していくと、やがてハルキチは漁港から少し離れたところにポツンと建つ大型倉庫を見つけた。

 倉庫から海のほうを見て左手に漁港、右手には砂浜が広がり、陸側には松林と、その向こうに田園地帯が広がっている。

 倉庫の前には船乗りがよく足を乗せる係船柱があり、ハルキチはそのひとつに腰掛けながら、こんな感じの倉庫が欲しいと思った。

 造りもしっかりしているし立地も良い。

 こんな倉庫で夜通し飛空艇を弄り回して、それから海に昇る朝日を眺めたら、実にいい気分になれそうだった。


「…………ん?」


 そんな男のロマンを妄想していると、ハルキチの目に倉庫のシャッターに貼られた一枚の紙が目に留まる。

 近づいて眺めてみると、そこにはこう記されていた。


『売物件 お気軽にDMください ピンクヘッド』


 まさかの知り合いの持ち物だった。


「……運命か?」


 物件とのディスティニーを感じてしまったハルキチは、さっそくお気軽に知り合いのバニーガールへと連絡を入れる。


【ハルキチ:倉庫ください】

【リコリス:どこの?】


 これだから何件も倉庫を持っている大金持ちは……とハルキチは嘆息し、詳しく商談の内容を書き綴った。


【ハルキチ:駿河湾の漁港の近くにある倉庫です。売物件の紙が貼られてるやつ】

【リコリス:あー……そんな物件もあったような……?】

【ハルキチ:30億までなら即金で払いましょう】

【リコリス:よしわかった! 書類を探しておくから家まで来て!】


 流石はお金様の力だとハルキチは満足し、桃兎堂へと進もうとしたところ、続けて送られてきたチャットに足を止められる。


【リコリス:ちなみにボクが今いるのはスイスの家だから】


 どうやらリコリスは家もたくさん所有しているらしい。


「このブルジョワめぇ……」


 そして自分のことを棚上げにしてツッコんだハルキチは、送られてきた住所へと向かうため再び神社を探した。





     ◆◆◆





 スイスへと転移し、そこから飛空艇で飛ぶこと十五分。

 アルプスの麓に広がる長閑な草原の中にリコリスの家はあった。

 雄大な自然の中に建てられたオレンジの屋根と白い壁の一軒家。

 どうやらそこにブルジョワな先輩は住んでいるらしい。

 ハルキチの飛空艇が草原に着陸すると、家の扉を開いてバニーガールが現れる。


「おーい!」


 アルプスを背景に手を振る破廉恥娘に、ハルキチは飛空艇をアイテムボックスに収納してから近づいて、素直な感想を口にした。


「リコさんは大自然が似合いませんね」

「失礼なっ!?」


 大自然とバニーガールはミスマッチである。

 そしてリコリスに案内されて家の中へと入ったハルキチは、そこに先客がいること気が付いた。

 アンティークっぽい木の椅子に座っていたのは黒ずくめの忍者。

 これまた西洋の家とはミスマッチな忍者は、ハルキチの姿を見ると椅子から立ち上がって挨拶をした。


「こここ、こんにちは!」


 ガチガチに緊張して自己紹介してくる女忍者に、リアル忍者の末裔も挨拶を返す。


「? こんにちは」

「――はうっ!?」


 挨拶を返された女忍者は胸を抑えてその場に膝を突き、ビクンビクンと痙攣を始めた。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄ろうとしたハルキチをリコリスが手で制し、幸せそうに痙攣を続ける女忍者を引き起こす。


「ごめんねー、この子はハルハルの大ファンなんだ……ほら! しっかりしなよ限界ヲタク!」

「は、はあ……?」


 親しい仲なのか、女忍者の頬をぺチペチ叩くバニーガール。

 再起動した女忍者は油の足りない機械みたいな動きで立ち上がって、今度はハルキチに自己紹介をした。


「し、失礼しました! せ、拙者は【農耕忍者】のカスミ! このたびは同期のリコリスに無理を言って、姉さんとの面会をお願いしたでござる!」

「ハルキチです……面会、ですか?」


 軽く自己紹介を返したハルキチは謎の要件に首を傾げる。


「ひゃいっ! まずはこちらを受け取っていただきたくっ!」


 そうして渡された包みを開けると、そこには300万ENが入っていた。

 唐突な大金に硬直するハルキチに、女忍者は正座してお金の理由を伝える。


「先日は拙者のホームにお越しいただき誠にありがとうございます! しかし拙者の不徳の致すところで、出迎えできないどころか姉さんにお金を使わせてしまったこと、心苦しく思っていたでござる! だからどうかそのお金を受け取っていただきたい!」


 そこまで聞いて、ようやくハルキチは300万ENの意味を悟った。


「もしかして無人販売の……?」

「! それでござる!」


 まさかの返金にハルキチは困惑した。

 しかもかなり金額が増えてる。


「いや、流石にこれは受け取れませんよ。あそこで買った野菜はとても美味しかったですし、カスミさんには新入生オリエンテーションでもお世話になりましたから」


 そう言って、女忍者の手にお金を返すハルキチ。

 常識的な対応に女忍者は感動した。


「推しが良い子すぎて辛いでござる~……」


 正座したまま泣き出した女忍者の頭をリコリスはペチッと叩く。


「ごめんねー、カスミは悪い子じゃないんだけど……気に入った配信者に貢ぎまくるのが趣味なんだ。ぜったい愛が重いとか言われるタイプ」

「今日から姉さんのことは『主君』と呼ばせてもらうでござる!」

「こうなったら手遅れだから、あとは放置でいいよ? ハルハルの不利益にはならないはずだから」

「推しに迷惑をかけないのは当然でござる」


 そして屋根裏へと消えていく女忍者。

 推しを陰から見守るのが彼女の忍道である。

 ちゃっかり忍者が落としていった500万ENをリコリスは我が物顔で回収し、気を取り直してハルキチに席を勧めた。


「さあ、おバカな忍者のことは忘れて、本題の商談に入ろう」

「……濃ゆい友人をお持ちですね?」

「彼女の別名は濃厚忍者だから」


 勝手に主君認定されたハルキチは嘆息してから席に座り、リコリスの友人なら問題ないだろうと忍者のことは忘れて商談に移る。


「これがハルハルの希望する物件だよね?」


 リコリスから差し出された書類に目を通し、ハルキチは頷いた。


「はい、間違いありません」


 肯定しながら書類に添付されていた倉庫内部の写真や間取りを確認する。

 物件の間取りは大型倉庫と、その裏手に併設された中型ガレージ。

 さらには巨大な地下室まで作られていて、大型倉庫側しか見ていなかったハルキチは、その構造に首を傾げた。


「海の真横なのに地下室があるんですか?」


 現実ではありえない構造に疑問を持つハルキチに、リコリスはハーブティーを淹れながら解説する。


「仮想現実だからね。やろうと思えば海の中まで物件を増築できるよ? 宇宙船タイプの飛空艇なら潜水もできるし、地下室を宇宙船のガレージにして、海中から発進できるようにしても面白いんじゃない?」

「なにそれかっこいい……」


 自分の宇宙船が海の中から飛び立つ姿をイメージして、ハルキチは瞳を輝かせた。


「書類を見てたら思い出したんだけどさ、もともとボクはその倉庫を乗り物用の保管場所にしようと思ってたんだ……まあ、ちょうど商売を拡大している時期で、世界中に桃兔堂の店舗を買ったせいで計画止まりになっちゃったけど……建物を増設するための下準備までは済ませてあるからオススメの物件だよ?」


 よく見ると渡された資料の中には倉庫手前の海の所有権や、ガレージと隣接している松林の所有権まで含まれていた。


「買います!」


 見れば見るほど魅力的な内容の物件に、ハルキチは即決した。

 景気の良い後輩にリコリスはハーブティーを差し出して微笑む。


「オーケー、商談成立だね。それで物件の値段なんだけど……」

「30億でいいですよ?」


 お金を使いたいハルキチが提案すると、しかしリコリスは首を横に振った。


「いや、物件の値段はタダでいいから、ハルハルには他に買って欲しい物があるんだ」

「?」


 疑問符を浮かべるハルキチに、リコリスは一枚のチラシを差し出す。

 高天原の不動産屋が発行した物件情報が記載されたそのチラシには、こんな文字が印刷されていた。



『新入生応援セール実施中! ローンの相談も承ります!』





     ◆◆◆





 そうしてハルキチが連れてこられたのは空に浮かぶ巨大な浮遊島だった。


 全長2キロメートル。

 中央に水が湧き出す湖あり。

 浮遊島の内部には希少魔法鉱石の鉱脈あり。


 その不動産屋が取り扱っている最高級商品の上で、リコリスはとてもいい笑顔で青褪める【レイシア兵長】へと語り掛ける。


「いや~、こんな素敵な島が今なら新入生応援セールで7%OFFだなんて……とってもお買い得ですね!」

『……い、いえ、この島は新入生が購入できるようなものではないと申しますか……流石にそれは想定していなかったと申しますか……』


 島の値段は29億8千万EN。

 もともとクランハウス用にホームエリアの購入を検討していたリコリスは、ハルキチの提案を受けて特大の買い物に来ていた。

 ブルジョワ二人の商談は、ハルキチが島を買って、新入生割引きで値引きされた分をクランホームの建設費用に充てるということで話が纏まったのだ。

 ハルキチは2千万ENも得をして、リコリスたちは割引分のお金でクランハウスを豪華にできるというWINWINな商談である。


 女忍者がリコリスの家にいたのも、彼女に浮遊島の購入について相談していたからだった。


 そんなブルジョワどもの商談の余波を受けて、レイシア兵長は涙目になる。


『……いちおう確認なのですが……今回のセールの規定では、ハルキチ様がローンを組むか、自分で稼いだお金で全ての金額を支払っていただかなければ、新入生割引を適応できないのですが……』


 キャリアウーマンなレイシア兵長からの質問に、リコリスはにこやかに答えた。


「ハルハルは即金で29億8千万ENを出してくれるから大丈夫だよ! もちろん自分で稼いだお金で!」

『……はい……確かにハルキチ様ならローンを組まなくても払えますよね…………』


 新学期から1カ月しか行われない新入生割引期間で、まさかそんな大金を出してくる新入生がいるとは誰が予想できるだろう。

 顔面蒼白となったレイシア兵長に、ハルキチは内心で謝った。


 すいません……うちのリコさん、商売上手なんです……。


 彼らの部長はそこらの人工知性よりも優秀なのだから恐ろしい。


 29億8千万ENの7%OFFともなると、2億とんで860万ENの値引き。


 新入生割引の企画を担当したレイシア兵長はブルブル震えた。

 本来であれば新入生にローンを組ませて回収できる割引価格も、ブルジョワな新入生に一括で支払われては大赤字である。


 そして震える手で書類を用意したレイシア兵長の前で、リコリスはとてもいい笑顔で手続きを完了させる。


「さあ! これでこの島は今日からボクたちの物だっ! 島主おめでとう、ハルハル!」

「お、お~……」


 とても気まずそうに喜ぶハルキチ。

 守銭奴なバニーガールの辞書に『慈悲』という文字はないのだ。

 蒼白を通り越して顔色が土気色になったレイシア兵長は、ハルキチに向かって懇願した。


『あ、あの……本来であれば私のような教員が、生徒にこのようなお願いをするなど論外なのですが……もしも私が仕事をクビになったら……どうかハルキチ様のところで雇っていただけませんでしょうか……』


 うなだれる兵長の背中にハルキチは優しく手を添える。


「……うちの部長がすみません」


 不運としか言いようのないキャリアウーマンに、ハルキチは担任教師の連絡先を教えてあげた。

 お通夜みたいな雰囲気の二人を気にもとめず、リコリスは呑気に深呼吸する。


「う~ん……やっぱり自然の中は空気が美味しいね~……そうだ! このあとみんなでバーベキューでもしようか? さっきちょうど500万も拾ったことだし、新入生オリエンテーションでお世話になった人たちを集めて、配信でリスナーさんたちも交えながら、みんなで楽しくパーティーしよう!」


 レイシア兵長を励ますためにハルキチもその提案に乗った。


「いいですね! せっかくなら残った俺の2千万円も使ってくださいよ! ほら、兵長も仕事のことなんて忘れて、いっしょにバーベキューを楽しみましょう!」


 そうしてハルキチは善は急げとカンナやあん子に連絡を入れる。

 そんな新入生の様子を見て、賢明なレイシア兵長は忠告をしようとする。


『えっと……ハルキチ様がバーベキューをすると大変なことになると――むぐっ!?』


 しかし彼女の忠告はニマニマ笑うバニーガールによって阻止された。


「しーっ、だよ? レイシア兵長。ハルハルが稼げば稼ぐほどキミがハルキチカンパニーに採用される確率は高くなるんだから、黙っておいたほうが賢明だろう?」


 耳元で囁くリコリスに、口を塞がれた兵長はジト目を向けた。


 普通の料理と違ってバーベキューでは複数回に分けて料理を配信する。

 食材が焼けるたびに焼きたてを配信するバーベキュー配信は、お料理系配信者たちの中でも特に稼ぎやすいコンテンツとして注目されていた。


『……あなたはハルキチ様のご友人ではないのですか?』


 レイシア兵長の呆れた視線に、バニーガールは肩を竦めて微笑んだ。


「友人だからこそ悪戯するんだよ……だって面白そうだろう?」


 貧乏性な友人が大金持ちになって困り果てる姿を想像するだけで、リコリスはニマニマが止まらない。


 このバニーガールとどこぞの暗黒騎士は、根が似た者同士だった。





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