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第5話  かわいい鬼嫁に貢ぐ場合 その3




 ショッピングモールでの昼食を終えたハルキチとカンナは、駐車場に集まったゾンビの群れを火炎瓶で一掃し、再びベスパに跨って世界旅行を続けた。


 アメリカの転移ポータルは世界的なハンバーガーチェーン店【ワクドナルド】の黄色いWの看板らしく、店内でシェイクを拝借してから看板に触れたカンナは、起動した転移ポータルに次の行き先を告げる。


《――転移ポータルを起動しました》

《――行き先を選択してください》


「ずぞぞ~……ヴァルハラへ!」


《――ヴァルハラへの転移には50000ENが必要です》

《――転移料金を支払いますか? YES/NO》


 これまでにない高額な転移料金だが、嫁に貢げて嬉しいハルキチはいそいそと二人分の10万ENを支払った。

 そしてフライドポテト型の転移ポータルにバイクを押し入れて、ハルキチはシェイクを啜りながら訊ねる。


「ずぞぞ~……ヴァルハラってどこ?」

「ずぞぞ~……天空大陸です」


 カンナがニヤリと笑って答えるのと同時、転移が完了し、ハルキチの前にファンタジーな天空の大地が姿を現した。


 雲の中に浮かぶ大陸と無数の小島。

 背中に翼を生やした美しい住人たち。

 中世ヨーロッパ的な街並みの中を、剣と魔法のRPGみたいな恰好をした生徒たちが行き来している。


「うおお~っ!」


 最も好きなジャンルの世界観に瞳を輝かせるハルキチに、そしてカンナはアイテムボックスから『とっておきのイラスト』を取り出して見せる。


「やっぱり先輩と私のデートといえば、中世ファンタジーの世界で、この格好でしょう?」

「!」


 それは魔法剣士の装備とアサシンの装備。

 かつてカンナと出会ったVRMMOの世界で愛用していた装備に、ハルキチの目尻に涙が浮かぶ。

 ハルキチの体験してきた時間ではその装備を最後に見てから10日くらいしか経ってないはずなのに、ここ最近バタバタしていたせいか、ずいぶん久しぶりに目にするような気がした。


「お、お前ってやつは……」


 目元を潤ませるハルキチに、カンナはパチッとウインクする。


「どうですか? 惚れました?」


 涙をゴシゴシ拭ったハルキチは、笑顔でサムズアップした。


「……とっくに惚れてる」


 そうして昔の装備に着替えた二人は、バイクを収納して、仲良く腕を組んで歩き出す。

 風光明媚な天空大陸はデートをするのに最適だった。





     ◆◆◆





 それから午後4時くらいまで天空大陸を観光しながらイチャイチャしたあと。

 ハルキチはカンナの勧めで、高天原で生活する上での必需品を買いに行くことになった。


「カンナは欲しい物とかないの?」


 せっかく中身が詰まった都合のいい財布がいるのに、私欲のためにまったく使おうとしない嫁に訊ねると、カンナは頬を掻きながら苦笑した。


「いやー……考えてみたら私、欲しい物は自分でゲットすることに喜びを感じるタイプでして……人様のお金で買い物をしても達成感がないと言いますか、申し訳なさのほうが先行してしまいそうで……」


 ハルキチは自分のほっぺたを強めにつねってみる。


 ……痛い。


 どうやらこの慎ましやかな美少女は実在しているようだ。


「カンナはかわいいな」


 ハルキチは心の底から嫁を褒めた。

 旦那からの称賛に、とりあえず嫁は胸を張る。


「そうでしょうとも!」


 そうしてラブラブしながら二人が向かったのは天空大陸の端にある造船所。

 空飛ぶ帆船とか、プロペラ機とか、SFチックな宇宙船が並ぶその場所で、カンナはそれらを背にしながらハルキチが買うべき必需品を告げた。


「そんなわけで先輩、今からここで飛空艇を買いましょう! お金に余裕があるならまずは飛行手段を買うべきです!」


 ズラリと並ぶ空飛ぶ乗り物の数々に、ハルキチは素直に感動する。


「はぇー……高天原ではこんなものまで売ってるのか……」

「新入生オリエンテーションでは使用禁止だったのでこれまで見なかったと思いますが、広大な高天原を本格的に冒険するなら飛行手段が必須なんですよ」


 確かにこれまで旅行してきた高天原のマップはめちゃくちゃ広かった。

 現実の地球と同じサイズの惑星があって、さらには天空大陸まで存在しているこの世界は、それこそ地球よりも広大なのだろう。


 カンナの言葉にハルキチが頷くと、カンナは造船所を管理する【レイシア准尉】に話しかける。


「すいませーん、カタログ見せてくださいな!」

『……おう』


 作業用の繋ぎを着て腰にガチャガチャ工具を吊るした職人気質の准尉は、汗と油で汚れた顔を気にすることもなく二人に一冊のカタログを渡した。


『聞きたいことがあれば声をかけてくれ、オレはそこらで整備してるから』


 そうして水上プロペラ機の翼に昇ってエンジンを弄り始めるレイシア准尉。

 彼女の仕事を邪魔しないように、カンナとハルキチは造船所の隅にあるベンチまで移動して、肩を並べて座ってカタログを開く。

 するとカタログからは光が投射され、二人の前に飛行機械のホログラム映像が現れた。


「これはどう選べばいいんですかね?」


 無数に浮かぶ商品情報に迷ったハルキチはカンナへとアドバイスを求める。

 カンナは代表例を一つずつ指さしながら、その特徴を解説した。


「まずプロペラ機はコストが安いのが最大の長所です。まあ、そのぶん性能は控えめですので、よほど好きとかでなければ候補から外していいでしょう」


 ハルキチは特に航空機が好きとかいう趣味は持っていないので、カタログを弄ってプロペラ機を表示から外した。


「次に飛行帆船の魅力はその積載量とロマンです。こいつは商売するのに向いている船で他の航空機の数倍から数十倍も荷物を積めますが、スピードはやや遅めです。個人的にこれを買うならガレオン船クラスがいいと思うのですが……普段使いにはまったく向きません」


 流石にガレオン船を管理するのは大変そうなため、ハルキチはこれも候補から外す。

 その後もヘリコプターとか戦闘機の説明を受けたがどれもピンと来ず、あとは最も値段が高い飛空艇についてカンナは説明した。


「最後は宇宙船ですね。値段は高いけどハイスペックで簡易ホームとしても使える優れた船です。まあ、お金があるなら宇宙船を買っておけば間違いないですね。私とあん子さんもこのタイプの船を所有しています」


 宇宙船の値段はだいたい2億~5億EN程度。


 資金に余裕のあるハルキチが買うなら確かにこれが1番かなと様々な宇宙船をハルキチは見ていって……そして最後のページに表示されていたひとつの船が目についた。


「? なんかこれだけおかしくないか……?」


 かっこいいシルエットの宇宙船が並ぶ中、その船はシンプルな球体で、スペック的にも平均よりやや低めといいところがない。

 それなのに値段は20億ENと高額で、その船は明らかにカタログの中で浮いていた。


 おかしな船に首を傾げるハルキチに、カンナはニヤリと笑う。


「それは飛行船のエンドコンテンツですよ」

「……エンドコンテンツ?」


 どういう意味かと疑問を深めるハルキチに、カンナはそう言われる理由を明かした。


「すべての飛空艇は専門のパーツショップで部品を購入してカスタマイズできるのですが、その機体はカスタムの自由度と増設容量が最大値に設定されているのです。良く言えば自分だけの機体が作れて、悪く言えば無限にお金と時間が吸われます。ちなみにリコさんもこれの改造にドハマリしている学生のひとりです」


 なるほど、飛空艇カスタムのエンドコンテンツか。


 タイプ【ゾディアック】と記されたその機体にハルキチは強く心惹かれた。


 自由にカスタムできるとか男心をくすぐられるし、自分だけの飛行艇は是非とも手に入れたい。

身近に先達がいるならば困った時に相談することもできるし、なによりお金を持て余してるハルキチにはピッタリの宇宙船だろう。


「これにする」


 20億の宇宙船を即決で購入することにしたハルキチに、カンナは苦笑した。


「そう言うだろうと思ってました」


 機体を決めたハルキチはさっそくレイシア准尉に話しかけて購入手続きをする。

 学生協会からの料金引き落としに合意する書類にサインすると、レイシア准尉はハルキチにソフトボールくらいの大きさの宇宙船を渡した。


『宇宙船には機体の縮小機能が標準装備されているんだ。ここのボタンを押して空に投げると本来の大きさまで巨大化する』


 簡単なレクチャーを受けて造船所を後にしたハルキチとカンナは、さっそく天空大陸の端で宇宙船に乗ってみることにする。

 眼下に雲が見える崖っぷちまで歩くと、ハルキチはさっそくソフトボールに付いたボタンを押して、目の前の空へと放り投げた。

 ボフンッと音がして、全長5メートルくらいの宇宙船が現れる。


「……これが俺の飛空艇か!」


 現在はまだ球体で迫力の無い宇宙船だが、この宇宙船には無限の可能性があるのだ。

 これからどう改造してやろうかとニマニマするハルキチに、カンナが二つのアイテムを手渡してくる。


「とりあえず私の余ったパーツをあげますので、これを取り付けてみてください」


 渡されたのは航行速度を上げる二対一組のブースターと、コックピットに取り付けられる追加の座席だった。

 カンナに教わりながらカスタム用の画面を開くと、目の前に現れたウィンドウに宇宙船の3Dアバターが現れて、模型サイズの部品をこれに取り付けるだけで改造ができるらしい。

 ハルキチは球体の左右にブースターを取り付けて、コックピットの座席を一つ増やした。


「いちおうやろうと思えばパーツ毎に中身をいじったり、一からパーツを組み立てたりもできるらしいのですが……そこらへんに興味があるならリコさんに聞くのがいいでしょう」

「レクチャーありがとう」


 簡単に宇宙船の改造方法を教わったハルキチは、さっそく内部へと乗り込んでみる。

 カシュッと横にスライドした扉をくぐるとそこはすぐコックピットになっており、現状では本当にただ飛べるだけといった様子だった。

 操縦桿の前の座席にハルキチが座ると、カンナが横に増設した座席に座り、背後から自動で扉の閉まる音がする。


「ついでに試験飛行までやっちゃいましょう。操縦はなんとなくできると思うので、身体で覚えながらこのマークまで飛んでみてください」


 そう言ったカンナは宇宙船のコンソールを操作して、ひとつの座標を打ち込んだ。

 するとコックピットのガラスに赤いマークが記されて、宇宙船の操作方法の簡単なチュートリアルが発生する。


「それじゃあ……発進!」


 そしてワクワクしながらハルキチがレバーを倒すと、宇宙船は静かに天空大陸から発進した。

 いくつかの浮島を避けて大空へと飛び出したところで最大航行速度までレバーを倒すと、カンナからもらったブースターが火を噴いて、グンッと身体に負荷がかかる。


 操縦桿をわずかに動かして、赤いマークが進路の中央にくるように微調整したところで、ハルキチはようやく景色を楽しむ余裕が出てきた。


 地平に消えようとしている太陽が眼下に広がる雲海を黄金色に染めている。

 美しい世界に見惚れたハルキチが横へと目を向けると、そこにいたカンナと目が合って、彼女は静かに親指を立てた。

 飛行艇のパーツまで用意していたあたり、彼女は最初からこれをデートプランに入れていたのだろう。


 本当に素敵な嫁である。

 この感動を誰かと共有できる喜びを噛みしめて、ハルキチは操縦を続ける。

 そうして太陽が完全に地平の向こうに沈んで空が茜色に染まり始めたころ、ハルキチは雲の中に小さな浮島を見つけてそこへと船を向けた。


 どうやらカンナに提示されたマークはこの浮遊島を目指していたらしい。


 浮島の上には和風の古民家と、その周りに畑が作られている。

 カンナの指示でハルキチが浮島の端に船を留めると、船から降りたその場所には小屋が立っており、そこにはズラリと野菜や加工食品が並んでいた。


 おそらく無人販売所なのだろう。

『1つ1万EN』という強気の価格設定以外、おかしなところはない。

 新鮮で美味しそうな野菜にハルキチが目を向ける中、カンナはこの島について説明をした。


「ここは農業系トッププレイヤーの隠れ家なのですが……ちょうど留守にしているみたいですね。まあ、今回は野菜が目的ですので、勝手にもらっていきましょう」


 どうやらここには夕飯の食材を買いに来たらしい。


「夕食のリクエストは?」


 美しいリンゴを手に取りながらハルキチが訊ねると、カンナは元気良く食べたいメニューを発表する。


「チーズフォンデュが食べたいです!」


 その料理ならなんでも使えるだろうと、生鮮野菜にハムにチーズにおのようなものまで並ぶ無人販売所で、二人はすべての商品をひとつずつ購入した。

 ハルキチは合計182万ENの料金を支払い、豪華な夕食の食材を手に入れて飛空艇へと戻る。


「せっかくですから寒いところで食べましょう」


 そんなカンナの希望が追加されたため、飛空艇の進路は北極圏へ。

 星空の下を気ままに飛行して、途中で立ち寄った北欧の街で焼き立てのバゲットだけ購入し、そして進行先の夜空にオーロラが輝き出したところで、ハルキチは雪が降り積もる湖のほとりに飛空艇を降ろした。


 ファンタジーな装備の上からモコモコのコートを着込んだカンナが飛空艇の外へと飛び出していく。


「うわーっ! 寒っ! 現実でこんなところに来たら凍死しますねっ!」


 オーロラが輝く銀世界にテンションを上げる嫁。

 白い息を吐きながら夜空を眺めるカンナに並んで、ハルキチも大自然が作り出す芸術を眺めた。


「うん……だけど綺麗だ」


 燦然と瞬く夜空の星。

 暗闇の中に浮かび上がる雪山。

 空から舞い落ちてくる粉雪は月明かりを反射して、二人が見つめる世界をキラキラ輝かせる。


 ふいに伸びてきたカンナの手がハルキチの手を掴んで、そちらに顔を向けると瞳を潤ませた美少女と目が合った。


 寒さのせいか、頬を赤く染める彼女の姿があまりにも幻想的で、二人の距離は少しずつ近づいていく。


 そして互いの顔に吐息がかかるくらいの距離まで近づいたとき……カンナはハッと我に返って、唇のあいだに手の平を差し込んだ。


「先輩……このままキスすると、たぶんログアウトしちゃうっす……」


 嫁からのストップに、ハルキチは赤く染まった頬を掻いた。


「あー……それは…………もったいないな……」


 この学園のコンセプトを思い出したハルキチは、心の中で激しく葛藤した。

 カンナと真実のキスを交わしてログアウトするというのは幸せだろうが、彼女ともっとこの世界を楽しみたいという思いもあるのだ。


 大自然の中でいっしょにチーズフォンデュも食べたいし、かっこよく改造した飛空艇に彼女を乗せて遊覧飛行を楽しみたいし、他にもダンジョンとか、ドラゴンハントとか、まだ知らない高天原のイベントとか……楽しいことは山ほどあるだろう。


 ぐぬぬ……と唸って葛藤するハルキチに、カンナはクスリと笑みをこぼして、ほっぺたにキスをする。


 温かく柔らかい感触にハルキチが顔を上げると、そこではカンナが美しく微笑んでいた。


「今日という日の最後に……とびっきりの我がままを言ってもいいですか?」


 手を後ろに組んで上目遣いで訊ねてくる嫁に、ハルキチはどんな願いでも叶えようと決意してから頷く。


「なんでも言ってほしい」


 覚悟が決まったハルキチにカンナも頷いて、そして理想の嫁は旦那へとお願いを告げた。




「私は先輩とぜんぶ楽しみたいです。この世界のあらゆるできごとを、先輩といっしょに楽しんで、ぜんぶ楽しみ尽くしてから――先輩とログアウトしたいです」




 あまりにも贅沢な嫁からの望みに、ハルキチは心の底から感想を零す。


「……カンナはかわいいな」


 今日という1日だけで、どれだけそう思ったかわからないほど、ハルキチの嫁はかわいかった。


「そうでしょうとも」


 ムフンッ、と胸を張る美少女の姿に、ハルキチは惚れまくる。


 現実の顔も、名前も、性別すらも知らないけれど、彼女こそが最高の嫁なのだ。

 彼女といっしょなら、きっとリアルでも仮想現実でも、人生を楽しめるのだから。


 そんな真理を悟ったハルキチは、彼女を喜ばせるために焚き火と食材を準備する。



「それじゃあ、まずは今日の夕食から、いっしょに楽しみ尽くそうか!」

「――賛成ですっ!」



 それから二人で食べたチーズフォンデュは、心が蕩けるくらい美味しかった。




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