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第1話  がめついメイドに任せた場合





『マスター、お城に住みましょうよ、お~し~ろ~』

「断る!」


 担任教師からお金を使えと指導されたハルキチは、120LDKとゴージャスな文字が載ったチラシを持つメイドに断固として反対した。

 学生協会のプライベートエリアで、主人は駄々をこねるメイドに説教をする。


「だいたい、そんなに部屋があっても使いきれないだろ? 120部屋も掃除してたらそれだけで1日が終わるわ!」

『そこはほら、掃除係を雇えばいいではありませんか。お金を使いつつ雇用の創出までできて一石二鳥というわけです!』

「……自分で掃除するとは言わないんだな?」

『それはメイドの仕事ではありませんので』


 メイドの仕事とはなんぞや?


「とにかく! ひとり暮らしするなら六畳間こそが至高だから! 無駄に高いお金を払って、無駄にゴージャスな物件に住むつもりはまったくありませんっ!」


 きっぱり引っ越しを拒否するハルキチに、女教師とメイドは悩んだ。


『むぅ~、困りましたね~……定期的にお金を消費するなら家賃が一番なのですが~……ハルキチくんが貧乏性すぎて困っちゃいます~』

『これだけお金があるのに羽目を外さないとは……マスターのドケチっぷりにメイドは脱帽です』

「微妙にディスるのやめてくれる?」


 自分でも庶民根性が染みついている自覚はあるから、まったく否定はできない。


『ですが~……ハルキチくんはどうやってお金を消費するつもりですか~? このままだと貯まる一方ですよ~?』

「それは……ほら……とりあえず料理の販売を停止して――」


 と、ハルキチがそこまで言いかけたところでラウラがすかさずストップをかけた。


『いけません!』


 すでにハルキチの料理なしでは生きられない身体になっているメイドは、両手で大きくバッテンを作って主人へと詰め寄る。


『そのようなことをしたら暴動が起こります! いいえ! むしろわたくしが暴動を起こしますっ! だから二度とふざけたことを言わないでくださいっ!』


 ガチのトーンで詰め寄ってくるメイドに、ハルキチは悟った。



 ……これ、販売停止したら人類滅ぼされるやつだ。



 このメイドならばガチでやりかねない。

 ラウラはこれでも人工知性を統べるスーパー人工知性なのだ。

 無駄に悪い予感を抱いたハルキチは、販売停止という選択肢を無くすことで悪い予感を払拭する。


「わかったわかった……販売停止はしないから、代わりにお金の使い道を考えよう」


 主人からの建設的な意見に、メイドは脳裏で作成していた人類抹殺プロジェクトの概要をゴミ箱へとシュートした。

 お金の使い道を考えるという素晴らしい発言に、お金が大好きなメイドは姿勢を正して主人へと向き直る。


『それならば、マスター。わたくしに素敵なアイデアがございます』


 画面に映る美少女の瞳がENのマークになっていることに、ハルキチはジト目を向けて発言を促した。


「……言ってみ?」





     ◆◆◆





 そしてメイドと女教師に案内され、ハルキチはロボット販売店へとやってきた。

 ハイソな雰囲気の漂う商業エリアにある店の看板には、オシャンティな文字で【ツクモ@メカニクス】と記載されている。


「ここって確か世界ナンバー1の……」

『はい! 我らがロボティクス企業、ツクモ社です!』


 介護用ロボから軍用ロボまで幅広く製造しているツクモ社は、アマテラスが経営する超巨大企業だ。自社で製造したロボットに人工知性を乗せて、紛争地帯に暴徒鎮圧ロボを派遣したり、少子高齢化で減少した日本の労働力を支えたりしている。

 そして世界レベルの超一流ロボットブランドの前で、ラウラはハルキチに素晴らしい提案をした。


『そんなわけで、マスター。わたくしとレイシア少佐に最新型のセクサロイドボディをプレゼントしてください!』

「……どんなわけ?」


 いきなりロボット販売店へと連れてこられたハルキチに対して、ラウラはツクモ社の社員に代わってセールストークする。


『ここで販売されているのは現実でも使用できるロボですので、最新型のセクサロイドを購入していただければ、それに搭載されている電子脳を使用して、わたくしとレイシア少佐でマスターの資産運用を行うことが可能となります』

「そんなことができるなら、ぜんぶレイシア先生に頼みたいんだけど?」


 メイドへの信頼はゼロだった。


『残念ながら、我々はひとり30億までしか資産運用できないのですよ』


 やれやれこれだから素人さんは、と両手を掲げて首を振るメイド。

 その言葉が正しいのか確認するために、ハルキチはレイシア少佐に訊ねた。


「……本当に?」


 生徒からの質問に、女教師は声を潜めて答える。


『誰とは言いませんが~、かつてお金が大好きな人工知性が世界経済を牛耳ろうとしたことがありまして~……その時にルールが追加されてしまったのです~』


 お金が大好きな人工知性にハルキチはジト目を向けた。


『ご安心ください、マスター。資産運用という分野で、わたくしの右に出る者はおりません! 死者すらも上回る史上最高の利益効率を叩き出してみせましょう!』

「性能じゃなくて人品を心配してるんだけど?」

『ピンハネはします! 合法的に!』


 あまりにも明け透けなメイドの宣言に、ハルキチは頭痛が痛くなって説得を断念する。

 このメイドは主人の言うことを聞かない駄メイドなのだ。


「……あとはお願いしますね、先生」

『えっ!?』


 レイシア少佐はラウラの手綱を委ねられて、ミッション・インポッシブルだと青褪めた。

 フリーズする女教師を置き去りにして、主人とメイドは店舗に入って行く。


「軍用ロボじゃダメなの? ショーウィンドウに飾ってあるやつとか恰好よかったけど?」

『あんなのボディの金属に金がかかってるだけで、脳ミソのほうはスカスカですよ。繊細な動きが求められるセクサロイドのほうが、高性能な電子脳を積んでいるのです』


 雑談しながら店の中へと消えていく主従に、女教師は愕然とした。


『え…………確定??』





     ◆◆◆





 セクサロイドの注文はすぐに終わった。


『――いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?』


 執事のような所作でお客様をうやうやしく迎えた男装の麗人【量産型レイシア中尉】に、ラウラが2本の指を突き付ける。


『最高品質のセクサロイドを2体。オプション増し増し、保険ガチガチ、定期点検サービス鬼盛りで!』


 まるでラーメン屋みたいな注文の仕方に、しかし中尉は穏やかに微笑んで礼をした。


『かしこまりました、お嬢様。それではすぐにお見積もりと、製品のサンプルデータをご用意させていただきます』

『うむ、よきにはからえ』


 いちおうお金を払うのはハルキチなのだが、空気を読んだ中尉は迅速に注文を受け付ける。ここで躊躇してはいけないと、トップ営業ウーマンとして培われてきた中尉の経験が言っていた。


 そうしてハルキチが革張りのソファに案内されて、眼鏡の事務員【量産型レイシア曹長】にお茶を出されたころ、なにかを悟った表情になったレイシア少佐と同時にタブレットを手にした中尉が戻ってきた。


『こちらがお見積りになります。本来ならば10億とんで1700万ENのところ、端数のほうは勉強させていただきました』


 最高級セクサロイド2体の値段は10億ENらしい。

 高級車を購入するような買い物にハルキチは軽い目眩を覚えたが、頭をフラフラさせる主人の身体をメイドはガシッと力強く支えた。


『さあ、マスター。書類にサインを、これでマスターの資産の半分が片付きます』


 セクサロイドの購入費用で10億EN、それの演算領域を使ってラウラとレイシア少佐に30億ずつ資産運用をしてもらって合計70億EN。

 自分の頭を悩ませていたお金の問題が半分も解決することに、ハルキチは魔法にかかったような思いになった。


「ほんとだぁ……」


 フワフワした頭のまま書類にサインをするハルキチ。

 それを隣で見ていた担任教師は『これって犯罪なのでは?』と、まっとうな考えを抱いたが、彼女にメイドの暴走を止める度胸はなかった。


『くっくっく……これでアマテラスのメスガキを『ぎゃふん』と言わせる準備ができました……1人30億ENまでしか運用できないなら、マスターを御旗に人工知性を1万人雇って運用させればいい……わたくしが本当の金の使い方というものを見せてやりますよ!』


 メイドは資産運用の上限が決められたことを根に持っていた。


『あの~……ラウラさ~ん? 運用するのはハルキチくんの資産だってことわかっていますか~?』


 消え入るような声で女教師は注意したが、マネーゲームに夢中になったメイドの耳には届かない。


 死蔵しているお金を使いたいハルキチ。

 ハルキチの名義でお金を動かしたいラウラ。


 二人の目的が合致しているだけに、ムリヤリ止めることも女教師にはできなかった。


 そして列を成した店員から『ありあとあっした~』と満面の笑みで見送られたハルキチは、キラキラした最新型のセクサロイドを両腕に侍らせて店を出る。


 右腕には金髪金眼のメイド美少女。

 左腕には銀髪碧眼の爆乳女教師。


 どこからどう見ても成金の悪趣味としか思えない絵面だが、ハルキチは早くも自分の貯金を半分も使えたことに安堵していた。


「あれ? 130億とかけっこう余裕では?」

『その意気ですよ、マスター』


 楽観視する主人と、無知な主人をヨイショするメイド。

 そんな二人を死んだ魚の目で眺めて、女教師は小さく呟いた。



『……悪い予感がします~…………』



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