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第30話  乱戦の果て



 ――ウオオオオオオオオオオオオォンッ!


 ギルガメシュの咆哮がグラウンドに轟き、誰もが振り返る中、ハルキチだけは嫁の言葉を信じて前へと進み続けた。爆風のように背中を押してくれる咆哮の衝撃波を受けて、ハルキチの心はカンナの愛情パワーで満たされる。


 全長30メートルを超える巨大なイラスト。

 あれを完成させるためにはどれほどの時間がかかったのだろう。

 1週間や2周間では足りないはずだ。

 きっとカンナは何ヶ月もかけてイラストを制作してくれたのだ。

 ハルキチの新入生オリエンテーションを盛り上げるために。


 なんて愛おしい嫁だろうか。


 きっと今カンナとキスすればログアウトできるだろう。

 たとえカンナの中の人がおっさんだったとしても、ハルキチは心の底から嫁を愛することができると思った。


 そして正面でトロフィーへと迫る怪獣に向けて、脊椎にある入口からギルガメシュに乗り込んだカンナが発進する。

 綺麗なフォームで全力疾走した巨人はあっという間に2キロの距離を縮めて、生徒の群れを飛び越えた。


「ギルガメシュきたぁああああああっ!?」

「鬼絵師すげぇえええええええええええっ!!?」

「「「行っけええええええええええええええええええっ!」」」


 頭上を通過する巨大な影へと、生徒たちは口々に咆哮を上げ、頼もしい援軍の到来を喜んだ。

 喝采を受けたカンナは空中で一回転すると、そのまま飛び蹴りの構えをとって深夜アニメで覚えたギルガメシュの必殺技を放つ。


「――雷神っ! キィイイイイイイイックッ!」


 巨人の蹴りは見事に怪獣の顔へと突き刺さり、巨体が倒れて大きな土煙が立ち上がった。

 わっ、とハルキチの背後から歓声が上がる。


「やっぱギルガメシュしか勝たんっ!」

「天敵の登場に怪獣さんも涙目です!」

「いいぞっ! 殺れっ! そのままマウント取ってボコるのだっ!」


 走りながら観戦する生徒たちの前で、巨大ロボと巨大怪獣の乱闘が始まる。

 馬乗りになってボコすギルガメシュに、口から黒い焔を吐いて抵抗する怪獣。

 巨大な拳が、足が、そして尻尾が振り回されて、周囲にいた黒い戦車や装甲車が巻き込まれていく。


「向こうでやれええええええっ!」

「こっちくる!? こっちくるって!??」

「燃えるっ!? 黒い焔で戦車が燃えるっ!!」


 二つの巨大な影の足元でブラックラヴァーズの兵隊たちは右往左往した。

 しかし数が多いだけあって、ロボと怪獣が乱闘する左右からも黒い軍服を着た生徒たちは押し寄せてくる。


「来たぞっ! ブラックラヴァーズだっ!」

「先輩どもは新入生を守れっ!」

「気合い入れろてめーらっ!!!」


 そしてハルキチがトロフィーの下へと近づいたころ、ついに漆黒の恋人軍と生徒混成軍の戦争が始まった。

 銃弾が、魔法が、光線が四方八方から飛び交う中を、ハルキチは直感を信じて進んでいく。

 上体を傾けて【7.62mm弾】を避け、飛び込み前転することで【氷結魔法】を回避し、レーザーガンを構えた生徒には【爆裂卵】で応戦する。


 しかし進めば進むほど敵の密度は増していき、流石のハルキチも攻撃を避けきれなくなることが増えていった。

 セーラー服が持つ三回目の魔力障壁が消費され、遂にハルキチのアバターが無防備になる。

 左肩を掠めた火球の衝撃にバランスが崩れ、続いて飛来した弾丸をなんとか神膳包丁で斬り飛ばした。


「くっ……」


 しかしその直後、完全に身体が泳いだハルキチに向かって1台の黒いバイクが突っ込んでくる。


「うらああああああっ!」


 先行した学生を潰すために特攻を仕掛けたバイクには、運転手とその背後に銃を構えた生徒が乗っており、近距離では回避しにくいショットガンの銃口がハルキチへと向けられる。

 そしてその銃口にハルキチが悪寒を抱いたとき、


「――【大漁津波(ダイダルウェイブ)】っ!」


 魚の混じった水流がバイクを押し流し、ハルキチの前に日焼けした美少女が現れる。

 水流に乗って高速移動した彼女は、大漁旗の付いた銛を掲げてハルキチに挨拶した。


「――うおっす! コラボの義によって助太刀しますよ、姉さん!」

「刺身ウオさんっ!?」


 ピチピチとグラウンドに撃ち上げられた魚が跳ねる中、青い鎧を纏った刺身ウオは勝利の女神の如く大漁旗を掲げる。


「我ら【高天原漁業組合】は【飯テロ姉さん】を全力で推しますっ!」


 その姿に反応して、後続から次々と水魔法を利用した水流移動を得意とする集団がハルキチの周囲へとやってきた。


「「「うおおおおおおおおお~~~っす!!!」」」


 高天原漁業組合……もとい【刺身ウオ・ファンクラブ】の皆さんが、ハルキチの前に立ちはだかる黒い兵隊を減らしていく。


「感謝しますっ!」


 止まりそうになった足を再び前へと動かす新入生を守るため、刺身ウオと漁業組合の皆さんはハルキチといっしょに走り出した。

 さらにその周囲へと様々な移動手段を持った先輩たちが現れる。


「出遅れたモグ~っ!」

「姉さんのピンチに駆けつけられないとはモグラーの名折れモグっ!」

「かくなる上は肉壁となって姉さんを守るモグ!」


 ホウキに乗って飛ぶ魔女、足と背中から炎を吹くロボ、土の中から現れる忍者。

 姿は様々だが同様の語尾を発する生徒たちは、漁業組合の周囲に肉の壁を作ってハルキチを守ろうとする。


「よ、よくわかんないけど……ありがとう!」


 謎の統一感を発揮する集団に、とりあえずお礼を言って走り続け、そしてハルキチは遂にトロフィーの近くまで辿り着いた。





     ◆◆◆





 グラウンドの中央で生徒たちが激突したころ。

 それを真横から眺める校舎の屋上では一体のスナイパーがライフルのスコープを覗き込んでいた。

 スコープに浮かぶ十字線の中央には、セーラー服姿で流れ弾を躱して進む男子生徒の姿が照準されており、その姿とオーラで周囲の生徒を味方にして進んでいく主人の様子を見て、メイドは感心したように呟いた。


『なるほど……これが【(やたから)の血】ですか…………』


 唐突に謎の言葉を発したメイドは、そのまま主人の観察を続ける。

 しかしそんなメイドの悪趣味を邪魔する者がいた。


『――おっと!』


 ラウラがバックステップで屋上の隅から飛び退くと、先程まで立っていた床に斬り込みが入り、開いた穴から一人の剣士が飛び出してくる。

 黒髪碧眼に、グラマラスな身体つき。

 ハルキチを討ち損なったあと邪魔なスナイパーに標的を変えたマキナは、殺気を宿した刀をラウラへと突き付けた。


「……どうしてその言葉を知っているのか教えてもらおうかしら?」

『はて? その言葉とは、どの言葉を差すのでしょうか?』

「とぼけないで」


 真剣な顔でメイドを睨み付けるマキナは、続けて口を開く。


(やたから)の血……その言葉は裏社会に生きる一部の人間だけが知っている特別な言葉よ。一介の人工知性が知っているような知識ではないわ」

『…………』

「あなたはいったい何者なの?」


 マキナからの誰何(すいか)に、ラウラはカーテシーをして答える。


『わたくしは【さすらいのメイドマスター】。真恋学園の創設期から高天原の大地をさすらうキュートなメイドでございます』

「……答える気はないというわけね」

『メイドとはミステリアスなものですから』


 人を食った態度を取るロボットに、マキナは交渉の余地なしと距離を詰める。


「ならば、これ以上の邪魔はさせないわ!」


 風のような速さで向かってくるマキナへとラウラはライフルを構えて迎撃するが、


「無駄よっ!」


 銃口と指の動きで攻撃を予測したマキナは弾丸を避けてラウラへと斬撃を浴びせた。

 上半身と下半身を真っ二つにされて崩れ落ちるメイドは、最後に主人へと向けたメッセージを音声入力で送信する。


『――ミッションコンプリートです。マスター』


 その言葉に振り返ったマキナは、ラウラが放った弾丸の進路へと目を向けて青褪めた。

 弾丸の向かう先にあるのは勝利の杯。


「!? 最初からトロフィーをっ!?」


 メイドが放った弾丸は、神がかった精度で2キロ先に浮かぶ優勝トロフィーへと命中し、そしてハルキチの前に黄金の杯が落とされた。





     ◆◆◆





【ラウラ:ミッションコンプリートです。マスター】


 メイドからメッセージが届くのとほぼ同時、生徒たちの前で宙に浮かぶトロフィーが撃ち抜かれ、ハルキチの50メートル前方へと落下を始めた。


「ナイス、ラウラ」


 落下するトロフィーへと向けて進路を微調整したハルキチに、モグラーと名乗る集団の魔女がホウキを投げる。


「使って!」


 ホウキをキャッチしたハルキチはそれをどう使ったものかと迷ったが、すぐに背後で刺身ウオが水流を発生させたのを見て使い方を察する。


「いきますよっ――【大漁津波(ダイダルウェイブ)】っ!」


 背後から迫る水にタイミングを合わせて、ハルキチはホウキを足の下に置いて飛び乗った。

 ホウキの穂先をにぶつかった水流によってハルキチは勢いよく前へと押し出され、空から落ちてくるトロフィーの速度に合わせてハルキチはホウキから飛び降りる。


 上から降ってくる黄金の杯。

 残りの距離は20メートルもない。

 そして勝利を確信しそうになった時、ハルキチの背筋に悪寒が走った。


 正面の空間が揺らいでいる。

 トロフィーを挟んでハルキチと同等の距離に、透明な誰かが隠れている。

 着地したハルキチが全速力で駆け出すと同時に、隠者を覆っていた【光学迷彩】が風で剥がれ、その奥から着流しの男が現れた。


 タケゾウとハルキチの視線が一瞬交差して、互いに最高速度でトロフィーへと走る。


 引き延ばされる思考。

 遠ざかる戦場の怒号。


 最後の一足に満身の力を入れてハルキチは跳躍し、落下するトロフィーへと二つの腕が、まったく同時に伸ばされる。



「「――っ!?」」



 そして戦場と化したグラウンドは、まばゆい閃光に包まれた。




《――新入生二人の『同着』を確認――》

《――ステージの追加を要請――承認――》

《――基本ルールに【なんでもあり(バーリトゥード)】を採用――》

《――フィールドの再構築を実行――》

《――特殊フィールド【天空コロシアム】の構築が完了――》




《――新入生オリエンテーション【エクストラ・ステージ】を開始します》






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