第29話 血戦のオリエンテーション!
時刻は午前4時40分。
校舎の8階へと移動したハルキチは教室の窓を開け、助走をつけるため廊下側の壁まで移動して待機した。
地上部分から飛び出すと、2階や3階から戦車や装甲車に乗って飛び出してくる生徒に踏み潰される可能性が高いため、8階から飛び降りるのが正解らしい。
ハルキチがアイテムボックスを整理していると、それぞれの持ち場についた仲間たちからチャットが送られてくる。
【ラウラ:こちらは待機完了です。マスターから見て10時方向にて狙撃予定】
【カンナ:先輩の真上で待機中。秘密兵器の仕込みもバッチリです!】
問題なく準備が整ったことを確認し、ハルキチは廊下側の壁を踏み台代わりにしてクラウチングスタートの姿勢を取った。
邪魔な机と椅子もどかしたし、あとは時間になるのを待つだけだ。
決戦の時に向けて精神を研ぎ澄ましていくハルキチへと、最後にカンナからメッセージが送られてくる。
【カンナ:なにがあっても全力で走ってください。道は私が切り開きますから】
嫁からの頼もしい言葉にハルキチは自然と笑顔になり、腰の銃やナイフもアイテムボックスへと収納して身軽になった。
これで神器を出す以外の迎撃はできなくなったが、ほんの少し走るスピードは上がるはず。
そしてステータス画面の時計と睨めっこして、ハルキチはその時が来るのを待った。
最終決戦開始の時間は午前4時44分44秒。
刻一刻と進んで行く時計の針。
集中力を上げたことでスローになっていく世界。
そして決戦開始まで残り4秒となった時、ハルキチは壁を蹴って全力で走り出した。
起き上がるのに1秒。
教室を駆け抜けるのに2秒。
窓枠へと飛び上がり、足を掛けるのに1秒。
ハルキチが力強く窓枠を蹴るのと同時に、血戦グラウンドを覆っていた結界が解除される。
《――血戦のオリエンテーション・最終ステージを開始します》
《――血戦グラウンドでは転移魔法が使用できません》
《――自分の力で走り、跳び――》
《――みんなで仲良く殺し合いましょう!》
そんなシステムメッセージとともにハルキチは校舎の窓から身を躍らせて、半径2キロメートルの巨大なグラウンドへと飛び出した。
左手から昇ってきた朝日がハルキチの頬を照らす。
「「「うぉおおおおおおおおおおおお~~~っ!!!」」」
ハルキチが飛び出したのから一拍遅れて、周囲の校舎からも次々と生徒たちが飛び出してきた。
銃を構えた兵隊。
剣と盾を装備した軽戦士。
全身黒ずくめの忍者に、空を飛ぶフリフリの衣装を纏った魔法少女(男)。
同時にハルキチの足元からは次々と校舎の壁を突き破って戦車や装甲車が現れて、グラウンドの中央を目指して走っていく。
しかし飛び出した戦車や装甲車には周囲の校舎や対岸から対戦車砲やRPGが飛んできて、空を飛んでトロフィーに向かおうとする生徒たちも狙撃によって撃ち落とされた。
あっという間に戦場と化すグラウンド。
爆炎の花が咲く大地へと着地したハルキチは、前転しながら落下の衝撃を分散させると、勢いよく立ち上がって再び全力で走り出す。
正面から飛んできた流れ弾を軽く躱し、ただひたすらに前へと向かってハルキチは疾走した。
背後でいくつもの着地音が響き、ハルキチに遅れて着地した生徒たちもグラウンドの中央へと向かって走り出す。
「敵はこちら側にあらず! 対岸の【漆黒の恋人軍】こそ真の敵だっ!」
「やつらの好きにさせるなっ! 今こそゲーマーの底ヂカラを見せてやれっ!」
「みんなで高天原を守るんだっ!」
生徒たちは互いに争うことをせず、肩を並べて反対側から進軍を開始した黒い軍隊へと向かって行った。
正面から飛来する銃弾に応戦して、背後から銃と魔法とレーザービームが放たれる。
「ははっ!」
黒い軍隊VS生徒混成軍みたいになった戦場に、先頭を走っていたハルキチは思わず笑い声を上げた。
「あははははははっ!」
なんて愉快な学校だろうか。
新入生オリエンテーションで戦争をして、生徒たちが銃や魔法や光学兵器をぶっ放している。
そして彼らの先頭を走っている自分は大っ嫌いな女装をして、かわいいセーラー服姿で全力疾走していることが、ハルキチはなんだか無性に面白かった。
ああ、バカだな。
俺もみんなも本当にバカだ。
だけど青春なんて、賢く生きるよりもバカなことをしたほうが面白い。
そしてこの学校では好きなだけ生徒たちにバカなことをやらせてくれるのだ。
生徒がバカなことをしても『取り返しがつく世界』を創ってくれているのだ。
そんな教育機関の有様に気付いたハルキチは、この学校が好きで好きでたまらなくなった。
入学した時は不安だったし、入学した後にも戸惑うことはたくさんあったけれど、今なら胸を張って断言できる。
ここは最高の学校だ、と。
現実の学校では考えられないような最高の青春が、この世界を楽しもうとする者には用意されているのだ。
そうしてこの世界を好きになるほど、ハルキチの足には力が宿る。
フレンドとの――友達との最高の青春を守るためならば、人類を敵に回しても構わないと、ハルキチは心の底から思った。
「あはははははははははははははっ!!!」
嫁の正しさが無性に面白くて、爆笑しながら走るハルキチに、右手から刀を持った美少女が迫ってくる。
昨日の夜はとても怖かった彼女の殺意も、今のハルキチには青春を彩るスパイスに思えた。
「――斬るっ!」
そうして迫りくるマキナに、ハルキチは直感に従って軽く頭を下げて応える。
【ラウラ:援護します、マスター】
先ほどまでハルキチの頭があった位置を一発の弾丸が通り抜けて、マキナの右肩へと着弾した。
「くっ!!?」
「ごめんね、マキナ! また今度遊んであげるから!」
弾丸に押されてバランスを崩したマキナの横を、ハルキチは笑顔で通り過ぎる。
「ま、待ちなさいっ!」
カツ丼の食事効果【脚力強化・極大】によって強化されたハルキチの脚力は、あっという間に怒り狂うマキナを引き離し、咄嗟に左手で刀を投げようとしたマキナは後続からやってきた生徒の群れによって揉みくちゃにされた。
「待てええええええええぇぇぇっ――……」
生徒の波に呑まれるマキナの絶叫を背に、ハルキチはまっすぐ走り続ける。
すると今度は1キロ以上も離れた対岸の戦車の上に、ゴスロリ衣装纏った女の子が立ち上がり、怪しいオーラを発する本を開くのがハルキチの目に入った。
「――【屍蠅魔王】だっ!?」
生徒の誰かが叫ぶと同時に、魔法で拡大された音声がグラウンドに響く。
『ごめんね、みんな……高天原は大好きだけど……我は悪役として生きる宿命を背負っているのだ…………くっくっくっ』
風を感じる台詞に、生徒たちは頭を抱える。
「しまった!? やつは真正の厨二病だった!!?」
「左腕が疼くかどうかで陣営を決めんなアホ魔王っ!」
「どうせ『黒い軍隊を率いる我、かっこいい!』とか思ってんだろぉおおおおおっ!」
散々な評価を受けるマゴットだが、続けて放たれた言葉に生徒たちは絶句した。
『むぅ……朝ゆえに全力は出せないが……せめて我が最高戦力で貴様らを屠ってやろう……』
「こいつ拗ねやがった!?」
『冥府の果てより湧き出でよ――』
「ちょまっ……!?」
巨大な影がマゴットを中心に現れて、数十台の黒い戦車を巻き込みながら巨大怪獣が出現する。
『――大怪獣・アンデッド・キングゴジ……――あっ!? ごめんなさいっ!? 踏んずけちゃってごめんなさいっ!??】
フレンドリーファイアで敵戦力が大幅に削れたことに、生徒たちはほっこりした。
「なるほど……これがマゴットちゃんの作戦か……」
「敵に紛れて敵を討つ、なかなか策士ではないか!」
「いや、素でドジ踏んだだけだと思うよ?」
背後の生徒たちから呑気な感想が零れるが、しかし巨大怪獣が脅威であることに変わりはない。
グギャアアアアアスッ!
と、体内にマゴットちゃんを取り込んだアンデッド怪獣は、朝日の中でも活動できる魔力を得て、ハルキチたちへと向けて前進を開始した。
「おいおいおいっ!? どうすんだよアレっ!??」
「誰か核兵器でも持って来いっ!」
「そんな教育に悪い物がこの学園にあるわけないでしょう!?」
背後の生徒たちが困惑する中、ハルキチは嫁の言葉を信じて走り続ける。
「頼んだぜ……カンナ!」
◆◆◆
グラウンドに現れた巨大怪獣に生徒たちが発狂していたころ。
「おー、おー、盛り上がってますねー」
27階建ての校舎の屋上でそれを見下ろしていたカンナは、ついに自分の出番が来たと桜色の唇をほころばせる。
「にっしっし……そんじゃいっちょ、かましてやりますか!」
気合いを入れたカンナは事前に用意しておいたかっこいいデザインの日本刀を引き抜き、足元に張っていたロープを切断した。
昨日の夜から準備していたロープの先は、屋上の隅に設置された巨大な垂れ幕へと繋がっており、束縛を解かれた垂れ幕は重力に従い落下して校舎の側面へと綺麗に広がる。
バサアアアアアァッ!
と展開された垂れ幕には、カンナが制作した巨大なイラストが描かれていた。
グラウンドにいる生徒たちが巨大なイラストに気付いて振り返る中、カンナは最高の笑顔でポーズを決めて見栄を切る。
「さあっ! 我が画力の前にひれ伏すがいいっ!」
鬼絵師の異名を持つ美少女の足下に翻るのは、全長30メートル以上もある巨大な鬼神の姿。
自分のアバターのモデルにした究極兵器の上で、カンナは勝利を願って詠唱する。
「次元を超えて湧き出でよっ――」
イラストの中で蠢く巨大な影。
校舎とイラストの境界にかかる金属の指。
その姿を理解したグラウンドにいる生徒たちが息を飲む中、カンナは呼び出す者の名前を全力で叫ぶ。
「――【超合金決戦兵器・ギルガメシュ】っ!!!」
そして二次元の世界から天を割るような咆哮を上げて、高天原の守護神が現れた。