第27話 シリアルキラーと鬼ごっこ ③
ハルキチたちが離脱をした後も、夜の校舎迷宮では激しい戦いが続いていた。
無数の斬撃と火花が飛び交い校舎が原型を失っていく中、漆黒の鎧を傷だらけにした暗黒騎士がキララとマキナに声をかける。
「貴様らのメインターゲットはいなくなったのだが……まだやるのか?」
いつの間にか2対2の戦いになっていた少女たちは、互いに目くばせすると、代表してキララが口を開いた。
「安心しなぁ、あたしらの第二目標はてめえらの戦力を削ることだ。特にピンクヘッドとむっつりナイトは優先度が高けえから、きっちりあたしが殺してやるよ!」
その言葉に、執拗なマキナの剣撃から逃げ回っていたリコリスが笑顔を向ける。
「そいつは奇遇だね! 実はボクたちの目標も【宴刃魔王】という戦力を削ることなんだ! キララちゃんと仲良しでボクは嬉しいよ!」
バニーガールからの安い挑発に、キララは整った柳眉をひそめて睨みつけた。
「ああん? 向こうにはまだタケゾウの旦那にマゴットまで残ってるんだぜ? 新米二人でどうにかなるとでも思ってんのかぁ?」
殺気を飛ばすキララに、リコリスは飄々と答える。
「うちの後輩たちは優秀だからね。きっとどうにかしてくれるさ」
そんな軽口に最凶の魔王はニヤリと笑ってエンジン音を加速させた。
ドルルルン!
「へぇ……そいつはいいことを聞いちまったなぁ……それならやっぱりあたしがこの手でハルキチを仕留めるかぁ……」
キヒヒッ、と笑うシリアルキラーに、あん子とリコリスが安い挑発を重ね掛けする。
「おいおい、私たちに勝てる気でいるのか?」
「そうだよ? キミのオリエンテーションはここで終わりなんだから、ハルハルを仕留めるなんて不可能だよ」
ドルルルルルンッ!
二人の挑発に、もともと煽り耐性がクソ雑魚なキララは全身から紫電を迸らせた。
「ハッ! おもしれぇ! オモチャを失ったウサギと硬いだけが取り柄の木偶の坊がっ! このあたしに勝てると思っていやがるっ! これほどくだらねぇ冗談は久しぶりに聞いたぜぇっ!」
ドルルン!
ドルルン!
ドルルルルルンッ!
怒りのボルテージを上昇させるキララに、横からマキナが冷静に声を掛ける。
「……いちおう私がいることも忘れないで欲しいのだけれど……少しは共闘とかを考えたらどうかしら?」
チームワークを呼びかける仲間を、しかしキララは冷たく突き放した。
「マキナ、てめえは邪魔だ。ここはあたしに任せてタケゾウの旦那と合流しろ」
「だから少しは協調性を――」
と、マキナは頑固な仲間を説得しようとして、
「――っ!?」
視界の端でレイスが消失したことに気付き、慌てて後ろに跳躍する。
「おっとぉ!」
追撃で放たれた不可視の魔弾をキララの足技が撃ち落とし、背後で冷や汗を流すマキナに、【宴刃魔王】は、シッシッ、と振り返りもせず手を振った。
「てめぇはピンクヘッドと遊びすぎだ。それに魔王同士の戦いに新入生がついてこれるわけねぇだろ。少しはハルキチを見習って引き際を考えやがれ!」
ハルキチを見習ってのあたりでマキナは唇を噛み、無言で背後に向かって全力の逃走を開始する。
イジり甲斐のある新入生がいなくなったことをリコリスは残念に思いながら、マキナを守る位置に立つキララへと気になっていたことを質問した。
「彼女、ハルハルとはどういう関係?」
「さあ? 絶対殺すリストに入れてるってこと以外は、あたしも詳しく知らねえよ」
そんな軽口を叩いている間にマキナの姿が視界から消えて、邪魔者がいなくなった上級生たちは雰囲気を戦闘モードへと切り替える。
「いや~、久しぶりだねぇ~。キララちゃんと本気で戦うのは」
ドルルン!
ドルルン!
ドルルルルルンッ!
「ああっ! 前回はてめえに殺されたから、リベンジするのが楽しみだぜぇっ!」
魔力の嵐と斬撃の嵐がぶつかり合って爆ぜる中、魔王同士の戦いに巻き込まれたあん子は、二人に聞こえないように呟いた。
「……今回一番の貧乏くじは、間違いなく私だな…………」
そして二人の魔王+αの激しい戦いが始まった。
◆◆◆
キララとリコリスたちが全力で戦闘を開始したころ、【幽体化寝具】の力で危機を乗り越えたハルキチとカンナは校舎迷宮のゴールを目指して走っていた。
道中の生徒はキララたちに掃除されたのか、ときどきアンデッドがうろつくだけの廊下を二人は快適に走っていく。
「それで? 先輩とあの子はどういったご関係なんですか?」
しかし唐突に嫁が発した言葉で、ハルキチの心から快適さが失われた。
まるで浮気を疑われている修羅場のような空気に、夫は言葉を選んで対応する。
「関係と呼ぶほどの縁はございません」
無罪を主張するハルキチに、カンナは疑わし気なジト目を向けた。
「ん~……本当ですかね~? あれほどの殺気を撒き散らすということは、少なくともそれなりの理由があると思うのですが……本当は小さいころに婚約を交わしたとか、事故でファーストキスを奪ったとか……二人だけの素敵な思い出があるのではありませんかぁ~?」
「そんな思い出があったら忘れないよっ!」
嫁から向けられた疑惑に、リアルがまったく充実したことのないハルキチは涙目になる。
必死で関係を否定する夫に、嫁はひとまず判断を先送りすることにした。
「ふ~む……まあ、今のところは保留としておきましょう。先輩が嘘を吐いているとも思えませんし……」
カンナからひとまず許されたハルキチはホッと内心で胸を撫でおろし、マキナの殺意について考える。
……ほんとにあいつはなんであそこまでキレているのだろう?
ハルキチは必至で修業時代の記憶を思い出してみたが、特に怒らせるような記憶は見当たらなかった。
強いて言えば軽い模擬戦をして全勝した覚えがあるが、10年以上も前のそんな記憶で殺意を抱かれるとも思えない。
「う~ん……わからん…………」
そうしてハルキチが女心の神秘に首を傾げながら走っていると、背後でガシャアッと音がして、カンナとハルキチは振り返る。
「「――っ!!?」」
そこには全身から真っ黒い殺意のオーラを発する黒髪美少女の姿があった。
窓ガラスを突き破ってハルキチたちがいる廊下まで追いついてきたマキナは、獲物を視認すると能面のような顔をして追いかけてくる。
「殺す。殺す。殺す。殺す……」
美しい黒髪を振り乱し、殺意全開で追いかけてくる美少女の姿に、ハルキチとカンナは全力で逃走を開始した。
「「怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!」」
夜の校舎で抜き身の刀を持った女に追いかけられるのは普通に怖い。
唐突なホラー体験に、カンナは再び夫の不貞を疑った。
「先輩っ! やっぱりなにかしたんじゃないですかっ!? ヤリ逃げでもされないと、普通はあそこまでキレませんよっ!!?」
「俺にそんな度胸があるわけないだろっ!? むしろカンナがエロ同人にしたいとか言ったからじゃないかっ!?」
「ちょおっ!? 私を巻き込もうとするのはやめてもらおうかっ!」
言い合いをしながら全力疾走する二人に、殺意の化身と化したマキナは少しずつ距離を縮めてくる。
そしてマキナの刃が届きそうになった時、ハルキチは校舎迷宮の終わりを示す透明な幕を突き抜け、背後で『ギィンッ!』と硬質な音がするのを聞いて振り返った。
そこでは悪鬼の如き形相をしたマキナが透明な壁に刃を突き立てており、ハルキチへと切っ先を向けたそれには、今もギャリギャリと満身の力が加えられていた。
「チィィィッ!」
あと一歩のところでハルキチを仕留めそこなったマキナは、セーフティエリアの壁に舌打ちをして、血走った目でハルキチを睨みつける。
「首を洗って待っていなさい……あなたは! 絶対にっ! この手で斬り殺すっ!」
美人の殺意を浴びせられたハルキチは、あまりの恐怖に涙した。
「……お、俺がなにしたって言うんだ…………」
何も言わずに去っていくマキナを目で追って、カンナはハルキチの肩をポンッと叩いた。
「よかったですね、先輩……攻略対象にヤンデレ美少女が追加されましたよ?」
「……あれは決してデレてないと思います」
思わず敬語で突っ込むハルキチ。
マキナがどうしてキレているのか、ハルキチには本当にわからなかった。
◆◆◆
ハルキチとカンナがセーフティエリアへと逃げ込んだころ、二人の魔王の激闘は終盤へと差し掛かっていた。
完全に瓦礫と化した校舎の跡地に立つ無傷のキララと、彼女が見下ろす先に転がる二つの人影。
「――勝負あったなぁ、ピンクヘッドぉ! 今回はあたしの勝ちだぜぇ?」
月明かりに照らされた大地の上には手足を失った暗黒騎士とバニーガールの姿があり、その姿は勝敗の結果を如実に物語っていた。
全身から赤い光を零したリコリスは、神器の力で右腕を再構築してどうにか身体を起こす。
「むぐぐっ……相変わらずキミの神器はズルいなぁ……マゴットちゃんとのコンボも凶悪だし…………キミたち、この時のためにずっと備えていただろう?」
キララが持つ二つ目の神器の名称は【呪殺人身釘】。
その効果は釘を刺した相手に自分のダメージを肩代わりさせるというものであり、マゴットが操るアンデッドを人身供犠の対象とすることで、キララは無敵の耐久力を獲得していた。
リコリスの恨み言を聞いたキララは高らかに笑う。
「キャハハハハハッ! 悪く思うなよぉ! あいつもあたしも負けず嫌いなんでなぁ!」
完全に勝利した気分でいる【宴刃魔王】に、バニーガールは観念して微笑む。
「そうだね……今回は勝てなかったことを認めるよ。できればもう少しハルハルを手伝ってあげたかったんだけど……どうやらボクたちはここでゲームオーバーみたいだ」
ダルマにされて地ベタを這いつくばっていても「負けた」と言わないバニーガールに、キララはカラカラと笑う。
「ハッ! てめぇもたいがい負けず嫌いだなぁ! べつにいいんだぜぇ? ここで無様に悔し泣きしてもよぉ」
しかし続けて放たれたリコリスの宣言に、キララの笑顔は凍り付いた。
「いや、ボクたちは負けてないよ?」
「……あん?」
ビキッと額に青筋を走らせるシリアルキラーへと、リコリスは手短に敗北していない理由を説明する。
「知ってのとおり、キミが持つ神器【呪殺人身釘】の効果範囲は49.89メートルだ。そして今、キミを中心とした半径50メートルの領域は、キミのおかげで瓦礫が転がる平地と化している」
そこまで言ったところでリコリスは仕込んでいた魔法を発動した。
「――【亀甲縛り】」
瞬間、地面に転がるバニーガールの手足から魔法の鎖が伸び、その中心にいる【宴刃魔王】を卑猥な形で拘束する。
「っ!? いつの間にっ!!?」
ギャリギャリギャリッと、魔法の拘束に抵抗しながら、キララはリコリスが暗黒騎士の胸元に現れたドクロマークのボタンを押すのを目撃した。
「バカウサギ……私の鎧に変なギミックを仕込むなと言っているだろう……」
「自爆スイッチは標準装備ですからw」
「……ダルマにされて、自爆させられて……やっぱり貧乏クジだ…………」
白く輝き出した暗黒騎士の光に照らされて、バニーガールはシリアルキラーへと微笑む。
「そんなわけでキララちゃん……今回の勝負は『引き分け』だね♪」
魔法の鎖に抵抗して全身から激しく火花を散らしながら、キララは全力で咆哮した。
「ふざっっっけんなあああああああああああああああああああっ!!!」
そして二人の魔王+αは、みんな仲良く爆炎に包まれた。