第25話 シリアルキラーと鬼ごっこ
最初のアンデッドと遭遇してからというもの、生徒の数が減って少しずつアンデッドと遭遇する頻度が増えてきた。フラグブレイカーズの面々はできる限り小走りでの移動を続け、アンデッドは見つけ次第に頭を撃ち抜いて処分している。
そうして20分ほども走り続けると、やがて暗い廊下の先にアンデッドの群れとひとりの少女が現れて、ハルキチたちはようやく足を止めた。
「うげっ……」
「出たよ……」
あん子とリコリスが揃って嫌そうな声を出し、アンデッドの前に立つ女の子へと視線を向ける。
「――久しぶりだなぁ! ピンクヘッドぉ!」
そう言って歩み出たのはチェーンソーを肩に担いだ金髪碧眼の美少女だった。
気の強そうな吊り目。
ギザ歯が似合う桜色の口元。
出るとこが出ていて程よく引き締まった身体には破けたブレザータイプの学生服を身につけており、腰に巻いたチェーンには錆びた五寸釘をジャラジャラ吊るしている。
リコリスと同等かそれ以上に露出度が高い格好を気にも留めず、チェーンソー女はフラグブレイカーズの面々を見て舌なめずりした。
「むっつりナイトに、鬼絵師に、期待の新入生もいるとは豪勢じゃねぇか!」
美少女からの粘着質な視線にハルキチがゾワゾワしていると、最初に声を掛けられたリコリスが緊張しながら前に進み出る。
「や、やあ! キララちゃん! 久しぶりだね! ところでボクたちそこを通りたいんだけど……ちょっと道を開けてくれないかな?」
キララと呼ばれた少女はバニーガールからのお願いに、それはそれは嬉しそうに口角を上げた。
「ヒヒッ、通行料は『両足』だぜぇ」
「……ウサギの尻尾で許してくれない?」
「だぁ~めぇ~」
無理難題をふっかけてくる少女を前に、ハルキチは小声でリコリスへと確認する。
「……こいつが【宴刃魔王】ですよね?」
イカれた少女にSANを削られて、涙目になりつつリコリスは答えた。
「うん、そうだよ……彼女は雷轟キララちゃん。万引き犯をチェーンソーで追いかけ回すことを生きがいとする、高天原で最も恐ろしい【万引きキラー】だ」
なんとも微妙な紹介だが、彼女が敵だと確定したハルキチは提案する。
「それなら攻撃してもいいですかね? あの人かなり隙だらけなので」
「……べつにいいけど――」
と、そこまでリコリスが答えたところでハルキチは先手必勝と銃を抜いた。
早抜きによって放たれた45口径弾は少女の額のド真ん中へと吸い込まれるように着弾し、小さな頭を後ろに仰け反らせる。
「――だけど無駄だと思うよ?」
しかし【宴刃魔王】は倒れなかった。
頭を撃たれた少女の後ろで、代わりに一体のゾンビの頭が弾けて、キララはニヤニヤ笑いを深めて頭を戻す。
「キヒヒッ! 威勢がいいじゃねぇの! そういうの嫌いじゃないぜぇ!」
チェーンソーのスターターハンドルが引っ張られ、周囲に激しいエンジン音が轟き始める。
ヘッドショットを決めても元気な少女を前に硬直するハルキチの肩へと手を置いて、リコリスは死んだ魚の目をして真実を告げた。
「鬼ごっこゲームのキラーってさ……基本的に『無敵』だから」
ドルルン。
ドルルン。
エンジン音が高まるたびに、キララは笑顔を深めて瞳に怪しい光を宿していく。
そして殺る気で満たされた少女は、ハルキチも聞いたことのある言葉を発した。
「――【生体融合機関】起動」
少女の胸へと吸い込まれていくチェーンソーを見て、ハルキチは後ろにいるバニーガールへと振り返る。
「あれってリコさんの……?」
「……うん、ごめん……アレの取り方はボクが解明しちゃったんだ…………」
涙を流して謝罪するリコリス。
そんなやり取りをしている間にも少女の変身は進み、やがてハルキチたちの前に、胸元にエンジンを搭載した怪人が現れた。
「さあ、楽しい鬼ごっこを始めようかぁ!」
身体中にチェーンソーの刃を巻き付け、全身から火花と紫電を散らす彼女こそ、高天原最強の一角【宴刃魔王】。
そして触るだけで万物を切り裂きそうな美少女は、夜の校舎という絶好のステージを舞台に、とてもいい笑顔で開戦を告げた。
「配役はもちろん――あたしがキラーで、てめえらが獲物だっ!」
◆◆◆
ギャリッ。
と音がして、火花とともにキララの姿が消える。
その瞬間にハルキチは悪い予感がして、とっさに上半身を捻って回避行動を取った。
ギャリギャリギャリッ!
と廊下を削りながら背後にキララが着地して、ハルキチの首から一筋の赤い光が零れる。
「っ!? めちゃくちゃ速いっ!!」
攻撃を避けられたことが嬉しかったのか、魔王は胴体から首が離れていないハルキチの姿に喜んだ。
「ヒヒッ! いい反応だぁ! やっぱ獲物は活きが良くないとなぁっ!」
ドルルン。
ドルルン。
ドルルルルン!
彼女の興奮に呼応してエンジンが回転数を上昇させ、廊下にバチバチと斬撃が刻まれていく。
「いぃ~ち、にぃ~い、さぁ~ん……」
唐突にカウントを始めたキララの姿に、リコリスは弾かれたように指示を出した。
「逃げるよっ! 溜め技がくるっ!」
あん子がアンデッドの群れに体当たりして道を開け、ハルキチたちは廊下の奥へと全速力で逃走する。
そしてキララのカウント開始からちょうど10秒が経ったころ、ハルキチたちのはるか後方で、殺意に満ちた声が響いた。
「【快楽殺刃】――」
キララの姿が消え、廊下の内側をミキサーで抉るような音が響く。
ギャリリリリリリリィィィッ!
「――【人皮面の解体者】!」
そうして放たれた斬撃の嵐はハルキチたちの元まで一瞬で到達し、
「ハルハルッ!」
とっさに右手を伸ばして小さな切り傷を受けたリコリスの腕に、キララの姿が現れる。
「キャハハハハッ! 右腕も~らいっ!」
まるで関節技を極めるように腕に絡みついたキララは、内股のチェーンでバニーガールの右腕を削り切った。
「ぐっ!」
「リコさんっ!?」
部位破壊の判定を受けたリコリスが、バックステップでキララから距離を取る。
肩を押えたリコリスは、あん子と並んでハルキチの前に立つと、キララに視線を固定したまま指示を出した。
「ハルハル、キミはカンナ師と隙を見て逃げるんだ。キララちゃんはボクとあん子で始末する!」
強気なその言葉に、奪い取った右手に頬ずりしながらキララが怪しく笑う。
「キヒヒッ! そう上手くいくかなぁ? 鬼がひとりとは限らないぜぇ?」
次の瞬間。
吹き出た殺気を感じたハルキチは、カンナを抱き寄せて身体を伏せた。
キンッ。
と澄んだ金属音が鳴り響き、先ほどまでハルキチの首があった高さの壁に、美しい剣閃が刻まれる。
無駄な破壊の痕跡がまったくないその傷跡にハルキチが冷や汗を流していると、ハルキチたちの退路を断つように、教室の扉から黒髪の美少女が現れた。
「――キララ、バラすのはやめてもらえるかしら? 暗殺の邪魔よ」
背中に一体のレイスを取り憑けたマキナは、キララとハルキチたちを挟んだ位置に立って嘆息する。
「わりー、わりー。あたしは不意打ちとか趣味じゃなくてよぉー」
特に悪気を感じないキララの発言に、マキナは再び嘆息してからハルキチへと刀の切っ先を向けた。
「かさ……ハルキチ。あなただけは絶対に、私がこの手で斬り殺すわ!」
「おい! いま本名で呼ぼうとしただろ!? ぜったいやめろよ!」
美少女と仲良く話し始めた夫に鬼嫁がジト目を向ける。
「先輩……この美少女はリアルの知り合いですか?」
「いや、マキナはタケゾウの孫で……」
「馴れ馴れしく呼ばないで。虫唾が走るから」
「……俺、なにか恨まれるようなことしましたか?」
「いいえ、今のところはなにもされていないわ。だけど私はあなたの存在が、斬り殺したくなるほど気にくわないの」
「理不尽すぎるっ!?」
「なるほど……つまり二人は『喧嘩するほど仲が良い幼馴染』ってわけですか。腐れ縁みたいな」
「「違うっ!!」」
なにやら三角関係みたいなやり取りを始めた三人に、キララはカラカラと笑って話を続けた。
「まあ、そんなわけでこっちは二人だ。タケゾウの旦那から確実に仕留めろと言われてるんでなぁ! 死んでも悪く思うなよぉ!」
そう言って、バニーガールの右腕をポイッと捨てたキララに、リコリスが鋭い目を向ける。
「……キミたちも日本政府のエージェントってわけかい?」
「あ゙あん? あたしらをあんな根暗どもといっしょにすんじゃねぇ!。それは【漆黒の恋人軍】を煽ってる連中で、あたしらは別枠だ。まあ、いちおう旦那の顔を立てて、今のところは共闘してやってるがなぁ」
苦々しい顔でエージェント疑惑を否定するキララに、リコリスは微笑んだ。
「キララちゃん」
「あ?」
「キミってけっこうおしゃべりだよね?」
そう言ってバニーガールが暗黒騎士の鎧を左手で叩くと、鎧の内部に溜められていた白い煙が一気に噴出する。
「んなぁっ!?」
「おかげで時間を稼げたよ」
同時に斬りかかろうとしてきたマキナへと、カンナがこっそり合成した謎の玉を放り投げ、反射的に玉を斬ったマキナの目前で激しい閃光が弾けた。
「っ!?」
それは遥か昔に人気を博した竜を狩るゲームの目潰しアイテムである。
初代の方で使われていた玉の中に潰すと光る虫が入ってるやつ。
光が乱反射する煙の中から、ゴチャゴチャ言いながら四つの影が飛び出してくる。
「バカウサギ! 私の鎧に変なギミックを仕込むなと言っているだろう!」
「役に立ったんだからいいじゃないか!」
「先輩! あとであの子との関係について説明してもらいますからね!」
「だから、あいつとは大した関係では――」
そしてフラグブレイカーズの面々は、恐ろしい殺し屋たちから逃げるため、全力疾走で夜の校舎を走り始めた。