第24話 装備強奪
更衣室を出て40分ほど進むと、中庭の先に見える向かいの校舎に、武装して歩く生徒の姿をあん子は見つけた。
先頭を歩く暗黒騎士が握った右手を掲げてから壁に張り付くと、ハルキチたちもそれに合わせて壁際へと張り付く。
「ハルキチ」
小声で確認してくるあん子に、ハルキチも小声で返す。
「ん、やっぱり6人だ。前衛は大盾を装備した戦士が2人、銃持ちが3人、残りの1人はおそらく魔法使い」
彼らの姿が見える前から、ハルキチは優れた聴覚で他の生徒がいることを察知していた。
さらに距離が近づいた今なら、音だけでおおよその装備までわかる。
ハルキチの報告を聞いたリコリスは、即座に作戦を立案して指示を出した。
「あん子は突撃、ボクは援護。ハルハルは魔法使いを仕留めて、魔法障壁は防具の能力で中和できるから。カンナ師は後方警戒をお願い、挟撃されたら即逃走ね」
指示を聞いたハルキチはカンナにショットガンを渡して天井裏へと消え、あん子は向かいの校舎に向かって全力疾走を開始する。
リコリスもあん子の陰に隠れて走り出すと、すぐに二つのパーティーの距離は縮まって廊下の先に武装した6人の生徒が見えてきた。
「っ!?【むっつりナイト】だっ!」
暗黒騎士の姿を認識した生徒たちは大盾を構え、その隙間からアサルトライフルやショットガンを乱射してくる。
あん子が敵の攻撃を物ともせずに弾き返すと、その後ろから顔を出したバニーガールが敵対者たちの足元に向けて魔法を唱えた。
「――【ヌルガ】!」
摩擦を失った床に足を取られる生徒たち。
「くそっ!?【ピンクヘッド】までいやがるっ!」
動揺する前衛を、あん子は全力疾走からの【ぶちかまし】で吹き飛ばし、後ろにいた銃持ちのひとりを殴って赤いポリゴンに変える。
「おいっ! 浄化魔法を――」
吹き飛ばされてヌルヌルになった前衛が魔法使いへと振り返ると、そこでは喉からナイフを生やした魔法使いの男がビクビク痙攣したまま立っていた。
異様な光景に前衛の男が硬直していると、魔法使いの後ろから手が生えてきて、その先に握られた拳銃【M1911】が、ほとんど無力化された男たちへと向けられる。
「……ついてねーぜ」
そして生存を諦めた男たちへと3発の弾丸と1発の剛拳が放たれて、廊下に大量のアイテムがばら撒かれた。
「やっぱメンバーが揃うと戦闘が安定するねー」
倍の人数を瞬殺できたことに、ホクホク顔のリコリスがハルキチにピースする。
ハルキチは軽くピースを返して状況報告した。
「魔法使いを殺る時に防具の障壁が削られました。この機能って多用しても大丈夫ですか?」
魔法使いが張った魔法障壁と防具の魔法障壁がぶつかって削られたのだろう。
ハルキチが残りの使用回数を気にして質問すると、リコリスはハルキチに近づきながら答える。
「その防具なら3回くらいまで魔法を防げると思うよ。それと魔法障壁が削られても魔力をチャージすれば復活するから」
そう言ってハルキチの胸にある校章へと指を当て、リコリスは削られた分の魔力を補給する。
そして魔力のチャージが終わると、アイテムボックスから小さな袋を取り出してハルキチに渡した。
「これは?」
「モンスターが落とす魔石。ボクがチャージできない時は、それを胸の校章に当てて魔力を補充して」
「了解」
渡された小袋をアイテムボックスへと収納し、ハルキチはリコリスと廊下に散らばったアイテムを選別する。
あん子は前方の警戒、カンナはいつの間にかハルキチたちが見える廊下の角まで近づいてきており、ショットガンを構えて後方の警戒を行っていた。
戦利品の銃と弾はリコリスと半分に分け、剣は捨てて盾はハルキチとカンナが使う用に持っていく。
魔法使いの道具はすべてリコリスが回収した。
ハルキチはコルトの弾倉に弾を詰め直してからホルスターへと戻し、拾ったアサルトライフルのマガジンを外して装填されている弾種と残弾数を確認する。
再びマガジンをセットして、拾ったベルト用のマガジンホルダーに予備の弾倉を取り付けると、目ぼしい物をあさり尽くして立ち上がった。
「この調子であと2、3パーティーくらい食いたいですね」
「ん、できれば姿を消すアイテムが手に入るといいんだけど……【光学迷彩】とか【透明コート】とか……」
リコリスも漁り終えたことを確認し、後方警戒するカンナに軽く声を掛けてから、あん子の元へと集合する。
「今まで通りの隊列で進もうか、カンナ師は定期的に罠の設置をお願い」
「了解しました!」
さっそく腰のペンで廊下の下方に線を引き始めた鬼娘に、ハルキチは気になっていたことを訊いてみる。
「それってカンナの神器?」
「そうですよ、【超次元ペンシル】って言うんです。描いたイラストのクオリティに応じて、高品質のアイテムを生み出してくれる魔法のペンです!」
自分の神器について解説しながらも、カンナはものの十秒もかからずに柱の影へと手榴弾のイラストを描き込み、二次元の世界からアイテムを引きずり出す。
「ちなみに、料理アイテムを描いても味が絵の具になるのが唯一の欠点です」
「絵に描いたモチってわけか」
トラップの設置を終えたカンナは立ち上がり、ハルキチにウインクしてから耳元で囁く。
「私に着てほしいコスチュームがあれば言ってくださいね。先輩の希望なら何でも描いてあげますから」
嫁からの甘言にハルキチは赤面し、小声で返事をした。
「……考えとく」
スキンシップは苦手だが、かわいい嫁のスクショは欲しいのだ。
ところ構わずラブい雰囲気を出すネトゲの夫婦に、全部聞こえていたあん子は砂糖を吐きそうになる。
「そこ! 戦闘中にイチャイチャするな!」
「エロコスでよければボクも着るよ!」
廃人ゲーマーである彼女たちには、恋人を優しく見守る気遣いが存在しなかった。
◆◆◆
さらに30分ほど校舎迷宮を進むと、ハルキチたちは頻繁に他の生徒と出くわすようになった。
生徒の密度が増えたせいで挟撃される機会も増えたため、ガシャガシャ走るあん子を先頭にして、フラグブレイカーズの面々は小走りで校舎の中を進んでいく。
「右前方120メートルに敵3っ! 左後方から重装歩兵5っ!」
「カンナ師とハルハルは後ろを! ボクとあん子で前の連中を食い破るよ!」
「応っ!」
威勢良く返事をして前方の敵へと向かう暗黒騎士とバニーガールを見送り、カンナとハルキチはT字路になっている廊下の左右で銃を構えて張り付いた。
「火力でゴリ押ししますよ、先輩!」
「了解!」
やがて顔を出した重装騎士の5人組に、ハルキチとカンナは銃弾の雨を降らせて足止めをする。
重装騎士たちは2人の弾幕に少し怯んだが、
「――フォーメーション【密集戦型】っ!」
すぐに隊列を整えて大盾を構え、槍ミノを作って前進を再開した。
騎士たちの動きを見たカンナが空中に絵を描きながら叫ぶ。
「【古代戦術研究会】の連中です! 密集したやつらに銃は効きません!」
カンナが描くイラストを見て、ハルキチはアイテムボックスから取り出した【キャロットボム】で廊下をヌルヌルにして時間を稼いだ。
「うぬぅ! 油攻めとは小癪な!」
油ではなくローションなのだが、彼らの辞書にアダルトグッズは存在していない。
重装騎士たちがテカる床の前で足踏みしている間にイラストが完成して、カンナはその絵を騎士たちからも見えるように回転させた。
「――次元を超えて湧き出でよ!【ゆるかわ火炎竜】!」
空中からデフォルメされたドラゴンが現れて、廊下の先にファイアブレスを撒き散らす。
「「「ぐわあああああああっ!??」」」
洗練されたラインによって火力を上げた竜の炎は、重装騎士たちをあっという間に蒸発させた。
掃除が終わったハルキチとカンナは、廊下に散らばったアイテムに目ぼしい物がないことを確認し、先行したリコリスたちを追いかける。
追いついた先では、ちょうど股間を押さえる男子生徒を暗黒騎士が殴り倒しているところだった。
「あっ!」
男子生徒が撒き散らしたアイテムを見たリコリスが声を上げ、シュバッと素早くひとつのアイテムを回収する。
キラキラ光るベッドシーツのようなアイテムを持ち上げたリコリスは、それを嬉しそうにハルキチへと差し出した。
「【幽体化寝具】だ! これは切り札にも保険にもなるからハルハルが持っといて!」
「切り札に、保険?」
使い方がわからずハルキチはアイテムの詳細を確認する。
【幽体化寝具】
分類:イタズラグッズ レア度:秘宝 耐久値:180/180
ハロウィンの呪いが宿った魔法の寝具。
頭から被った者を幽体化させ、物理的な干渉を無効化する。
使用中は毎秒1ずつ耐久値が減少していき、耐久値が0になると寝具は消滅する。
光も壁も透過して君もオバケの気分を味わおう!
テキストを読んで、なんとなく使い方を察したハルキチに、リコリスは親指を立てて念押しした。
「使い所はキミに任せるけど……できれば最終ステージまで温存しておいて。これがあるだけで勝率がグッと上がるから」
「なるほど……これって人間もスリ抜けられますか?」
「生物を透過する時には耐久値の減りが倍になるけど可能だよ。ただし透過中に耐久値がゼロになると即死するから気をつけて」
ハルキチは注意事項に頷くと、丁寧にシーツを畳んでアイテムボックスへと保管した。
そうしてハルキチたちが次々と現れる生徒たちを撃破して、アイテムを回収しながら進んで行くうちに、あっという間に時間がすぎて窓の外が暗くなってきた。
校舎迷宮も残り4分の1を切ったあたり。
ところどころ蛍光灯に照らされた暗い廊下を進んでいくと、ハルキチたちは夜の校舎に不審な生徒を発見する。
廊下の真ん中で武器も持たずに佇む人影。
そいつの身体は常にフラフラ揺れており、土気色の顔からはまるで生気を感じない。
柱の影から顔を出してその姿を確認したリコリスは、ひとつ嘆息してから仲間たちへと悪い報せを告げる。
「……どうやらマゴットちゃんが本格的に動き出したみたいだ」
揺れる人影の正体は【歩く屍】。
死霊術を得意とする超進化マゴットが操る尖兵だった。
リコリスはサイレンサー付きのスナイパーライフルで死者の頭を撃ち抜く。
「急ごう。すぐに敵の精鋭部隊がやってくる。ここから先は時間との勝負だ」
迷いなく撃つあたり、ハルキチたちが【屍蝿魔王】に補足されたことは確定らしい。
そして駆け出した仲間たちに続きながら、ハルキチは単独行動するメイドのことを思い出した。
「……あいつは上手くやっているんだろうか?」
◆◆◆
ちょうどその頃。
ハルキチたちから遠く離れた校舎の上層階にいたメイドマスターは、窓の外に広がる地獄のような光景に息を飲んでいた。
月明かりに照らされた夜の校舎には亡者の軍団が蠢いている。
『いやー……相変わらず【屍蝿】の性能はぶっ壊れてますねー……』
メイドのスーパー能力でタケゾウを発見して長距離狙撃を実行するところまでは上手くいったものの、そこから先はまったく手応えを感じていない。
狙撃は防がれるし、ぶちギレた【宴刃魔王】に追いかけ回されるし……昔から蓄えてきたレアアイテムを使ってどうにか生き延びたものの、ラウラは単独任務を自分から引き受けてしまったことを軽く後悔していた。
……こんなことなら100億ENくらい貰っておけばよかった。
そんな感想を抱くくらいラウラは難しい任務を強いられている。
今も他の生徒を呑み込んで、数百体の軍勢を形成するゾンビの群れ。
タケゾウを囲んでガチガチに結界を張るレイスたち。
そして足元の校舎を踏み潰して更地へと変えていく巨大怪獣のアンデッドを見て、ラウラは深々と嘆息した。
『……まあ、こちらはどうにか足止めしておきますから、【宴刃魔王】に殺されないでくださいよ、マスター…………』
そうボヤいてから弾丸を放ち、短距離転移のマジックスクロールで姿を消したメイドがいた跡には、原型を失うくらいズタズタに引き裂かれた教室だけが残る。
先程までメイドを追いかけ回していた『最凶の猟犬』は、標的を彼女の主人へと切り替えていた。