第23話 ボーナスエリア
校舎迷宮に入ったハルキチたちは隊列を組んで進んだ。
先頭はあん子、二番手がハルキチ、三番手にカンナが並んで、最後尾がリコリス。
もともと彼らはよくあるファンタジー系のVRMMOゲームで知り合って、長いことパーティを組んできた仲間である。
その隊列はゲーム時代から使用していたダンジョンに入るときの並び方だった。
メインタンクのあん子に斥候と遊撃役のハルキチ、魔法剣士のカンナと魔導士のリコリス。
縦一列ではなく、ハルキチが少し右に、カンナが少し左にズレて進むのは、彼らが長年の冒険の末に導き出した、狭い通路の進み方の最適解だった。
「あん子、30メートル先にワイヤートラップ」
「了解」
いち早く廊下と同色に塗られたハルキチの指示で、あん子は一人で先に進んで行き、他の三人は固まって周囲を警戒する。
そして先に進んだあん子は床から20センチくらいの高さに貼られたワイヤーを、躊躇なく踏みつけた。
シュッ、カツン。
とショボい音がして、壁から放たれた弓矢が漆黒の鎧に弾かれる。
その罠を見たリコリスはすぐに警戒を解いた。
「うん、ランダム配置されてる校舎迷宮のトラップだね。生徒が張った罠ではないよ」
ハルキチたちは時短のため、あん子の防御力を利用したゴリ押しによる攻略で校舎迷宮を進んでいた。
これまでにも落とし穴や毒霧などの罠を見つけているが、今のところは迷宮に元から配置された罠ばかりで他の学生がいた痕跡は見つかっていない。
「意外と生徒に出くわしませんね?」
迷宮に突入してから早1時間。
まったく戦闘がないことに肩透かしを食らったハルキチが訊ねると、リコリスは杖で肩を叩きながら見解を述べた。
「マップが広すぎるから最初はこんなものだよ。これから中央に近づくほど生徒の密度が増していくから、そのうち嫌でも戦闘になるさ」
リコリスの代わりに後方を警戒していたカンナが、振り返って意見する。
「そうなる前にどこかで休憩しときたいですね。先輩のお弁当を食べたいです」
3人がそんな会話をしていると、先行するあん子が廊下の奥から声を掛けた。
「おい、いい場所を見つけたぞ。ここで休憩がてら装備を探していこう」
ハルキチたちがあん子のもとまで歩み寄ると、扉の上に『女子更衣室』と書かれた部屋が目に入る。
「……すごく入りずらいんですけど?」
その表記に固まるハルキチに、仲間たちは生温かい視線を送った。
「違和感ないですよ?」
「むしろ似合ってると思う」
「安心しろ。貴様が入っても誰も気にしない」
口々に感想を言うカンナとリコリスとあん子に、男心を傷つけられたハルキチは憤る。
「少しは気にしようよっ!」
しかしそんな抵抗も虚しく、3人は女子更衣室の扉を開けて中へと入って行った。
ハルキチは扉の前で少しだけ逡巡したが、自分だけ入らないわけにもいかないので、気合を入れて神秘の領域へと足を踏み入れる。
壁際と中央に大量のロッカーが並ぶその部屋には、真ん中にベンチが置かれて、なんとなく華やかな香りが漂っている気がした。
そして胸を高鳴らせたハルキチが扉を閉めて振り返ると、そこには服を脱ぎ始めたカンナとリコリスの姿が……、
「なんで脱いでるんだっ!?」
慌てて背を向けるハルキチに、二人はクスクス笑って服を着直す。
「いや~、こうしたら先輩が喜ぶかと思いまして!」
「右に同じ!」
サービス精神旺盛な二人が服を着たことを気配で察し、再び振り返ったハルキチは腰に手を当てて嘆息した。
「……まさかこのネタをやるためだけに、更衣室に入ったわけじゃないよな?」
顔を赤らめて訝し気な視線を向ける思春期男子に、バニーガールは「いちおう違うよ?」と否定して、ロッカーの扉を叩きながら理由を語る。
「こうゆう迷宮のロッカーにはアイテムが配置されているのさ。だからここは更衣室というより宝物庫って感じ、いわゆるボーナスエリアだね!」
「へー……」
わりとまともだった理由を言われ、なんだか自意識過剰みたいで恥ずかしくなったハルキチは、試しに近くのロッカーを開けてみる。
するとハルキチが開けたロッカーの中には【水色ストライプ】が入っていて、
「っ!?」
それを視認したハルキチは神速でロッカーを閉めた。
「なにが入ってたんだ?」
あん子の質問に、ハルキチは視線を逸らして嘘を吐く。
「…………なにも入ってなかった」
しかしその嘘を秒で見抜いたリコリスは、ハルキチが閉じたロッカーを再び開けて、その中にあった宝物を取り出した。
「よく見ないとダメじゃないかハルハル。危うくレアアイテムを獲り逃すところだったよ?」
そう言ってハルキチの手を取り、バニーガールが水色ストライプを渡してくる。
仲間の悪ノリでパンツを渡されたハルキチは思った。
……まだ温かい。
いや、なんで温かいんだ!?
手の中のホカホカをどうするべきかと悩むハルキチに、カンナが真面目に助言をしてくる。
「あの、先輩。それガチでレアなので、ちゃんと持ち帰ってくださいね?」
「ええ…………」
まさかの嫁からの指摘に、騙されたと思って手の中の布を鑑定してみると、そこには驚きの鑑定結果が表示されていた。
【レイシア元帥の水色ストライプ】
分類:宝物 レア度:伝説 耐久値:2880/3000
レイシア元帥が忘れてしまった魅惑の布地。
魔法少女の基本装備と言えばコレ。
拾った下着を持ち主に返してあげるとラブコメイベントが発生するぞ!
※悪用しようとすると天罰を受けます。
「レジェンダリィ……」
ほんとに高かったレアリティにハルキチは膝から崩れ落ちた。
水色ストライプを握り締めたまま四つん這いになる後輩に、バニーガールは優しく肩を叩いて助言する。
「ちなみに下着にまつわるラブコメイベントを全部見ると、ボクが持つ【性なる精霊杖】をゲットできるよ! ハルハルもフルコンプ目指そうね!」
「せんわっ!」
それは本当にいらない情報だった。
◆◆◆
更衣室に入ったハルキチたちは食事休憩とロッカー漁りを交代で行った。
トンカツとか卵焼きとか、これまでに作った料理の残りが詰め込まれたタッパーの中身を仲間たちがつつく中、先に食事を終えたハルキチはひとつずつロッカーを開けてゆく。
パンツ。
パンツ。
ブラジャー。
コンバットナイフ。
パンツ。
パンツ。
スクール水着。
パンツ。
ダブルバレルショットガン。
パンツ。
パンツ。
パンツ。
ブルマー。
基本的にロッカーの中身が空であることはないらしく、ハルキチは必ず下着かアイテムを手に入れていた。
大量に出てくるパンツを前にハルキチは思う。
おそらくパンツが外れ枠なのだ。
福引で言うところのティッシュみたいな。
いや、パンツとティッシュを同列に語るのはなんか嫌だけど……。
下着でアイテムボックスが圧迫されそうだったので、ハルキチはレアリティの低いパンツを捨てようとしたが、それはリコリスによって阻止された。
「いいかい、ハルハル? パンツに貴賤はないんだよ?」
そんなことを言って、バニーガールが差し出してきた白い袋を受け取ると、余計な気遣いのせいでハルキチの目論見は砕け散る。
【洗濯袋】
分類:便利グッズ レア度:普通 耐久値300/300
繊細な布で作られた衣服を守る白い袋。
1000枚まで下着類をスタックすることができる。
たかが下着、されど下着。ただし罪を犯してまで盗む価値はない。
※下着ドロボウはダメ絶対!
いちおう生徒の情操教育のために下着類は設置されているのだろうか?
死んだ魚の目をしたハルキチは黙々と大量のパンツと他の下着を洗濯袋に収納し、使えそうな武器はベンチの上に並べた。
食事を終えた仲間たちが集まってきて、ハルキチに成果を確認する。
「どうでしたか? 先輩のお眼鏡にかなうパンツはありましたか?」
「ほれ、恥ずかしがらずに言ってみろ、どのパンツが好きだった?」
「教えてくれればボクたちが穿いてあげるよ?」
「パンツにそこまで執着してねえよ!」
全力で悪ノリしてくる仲間たちを一喝し、赤面したハルキチはベンチからコンバットナイフを手に取る。
「俺はこのナイフを使わせてもらうから、刃渡りもちょうどいいし、耐久値を上げる祝福も付いているらしい」
どうにか真面目な話に戻そうとするが、しかし仲間たちはパンツ談議をやめなかった。
「私の見立てでは白のパンツを最も長く眺めていました。特に装飾とか付いていない肌触り重視のやつ」
「むう……あえてシンプルなデザインを好むとは……やつも相当に玄人だな」
「勝負パンツっぽい派手なデザインを好むより、むしろ普段使いしてそうなパンツを好むほうがスケベだよね?」
「…………」
ハルキチは無言でダブルバレルショットガンを掴むと、ロッカーから回収した散弾を二発装填し、ガシャリと痴れ者たちを撃てるように準備する。
「さあ! 迷宮攻略がんばっていきましょう!」
「うむ、フロントは私に任せろ!」
「ここからが本番だよ! みんな気を引き締めて行こう!」
顔を真っ赤にして殺気を漲らせる男の娘の姿に、勘のいい仲間たちは予想が当たっていることを確信した。