第22話 九死に一生のカーチェイス
左右を廃墟に挟まれたアスファルトの道をハルキチたちは爆走していた。
道路には定期的に矢印が付いており、親切なガイダンスに従いマップ中央を目指していく。
時速は200キロ以上も出ているが、時間経過で背後から電磁嵐が迫ってくることがわかっているため、ハルキチはアクセルを緩めることなくかっ飛ばしていた。
「注意してハルハル! そろそろ他の学生が現れるころだ!」
スタートからおよそ30分。
ハルキチの荒い運転にようやく慣れてきたリコリスが、アイテムボックスからサブマシンガンを取り出しながら言う。
彼女の忠告どおり、廃墟の向こうに敷かれた道に他の学生たちが乗る車両が見えてきて、やがてその道はハルキチたちが走る道と合流して、複数の黒い軍用車が小型車の後ろに現れた。
「【漆黒の恋人軍】ですっ!」
カンナが叫ぶと同時、さっそく現れた敵軍から雨あられと弾丸が飛んでくる。
「――【誘引闘気】っ!」
しかし車体やタイヤを狙って放たれた弾丸は、車の上に半身を出す暗黒騎士が放った技に引き寄せられて、全て漆黒の鎧へと着弾した。
「ぬははははっ! 温いわっ! 私にダメージを与えたいなら戦車砲でも持って来い!」
異様な硬さを誇る暗黒騎士は通常弾を全て跳ね返し、豪快に笑っていたところに対戦車ライフルの弾が飛んできて、
「アイタっ!?」
漆黒の兜を少しだけ凹ませる。
イラっとしたあん子は車の上で器用に身体の向きを後ろに回転させ、アイテムボックスから取り出した二丁のアサルトライフルで反撃を開始した。
助手席からはシートベルトを掴んだリコリスが、器用に窓から身を乗り出してサブマシンガンの弾丸をパラパラ撒き散らす。
二人が放った弾幕に数台の軍用車がタイヤや運転手を撃ち抜かれてクラッシュするが、すぐに追加の敵車両が現れて、ハルキチたちの背後に連なる車は増えていった。
「どうするんだこれっ!? キリがないぞ!」
撃ち尽くしたアサルトライフルを投げ捨て、弾丸を防ぎながらあん子が叫ぶ。
窮地を乗り越えるため、助手席に戻ったリコリスはマップと睨めっこしてハルキチに指示を出した。
「もうすぐ市街地に入るから、そこで引き剥がそう!」
リコリスに提示された地図をチラ見してハルキチは道を覚える。
「了解っ!」
三人がそれぞれに活躍する中、後部キャリアを転がるカンナは激しい揺れと戦っていた。
「……うっぷ…………だ、誰か【状態異常回復薬】もっていませんか……?」
「「「持ってない!」」」
「…………はうぅ………………」
徹夜明けのカーチェイスはキツかった。
そうしてスタートから40分ほど経ったところで、ハルキチたちの車は市街地エリアへと差し掛かり、前方に右方向を指す大きな矢印が見えてくる。
「みんな掴まれ!」
ハルキチはトップスピードをほとんど落とさず、華麗なドリフト走行で急カーブを超えていく。
「「ぬああああああああ~~~っ!??」」
「…………あぅ~……っ」
体にかかる急激なGに、叫ぶ二人と呻くカンナ。
背後では数台の軍用車が曲がり切れずにクラッシュするが、それでもまだ多くの敵軍が後を追いかけてくる。
最初のドリフトで違和感を覚えたハルキチは、さらに速度を上げるために声を張り上げた。
「あん子っ! お前の鎧で重心がズレる! 曲がる方向に身体を倒してくれっ!」
「どこぞのメガネみたいな指示を出すなっ!」
某国民的アニメ映画のメガネを思い出しながら、あん子は再び身体を前に向けて迫りくる急カーブを睨みつける。
左に曲がる道に合わせてあん子が身体を倒すと、小型車は先ほどよりも速く急カーブを抜けていった。
「上手いじゃないか! その調子っ!」
「だから飛行少年みたいな台詞を吐くなと言っているだろう!」
口では文句を言いつつも嬉しそうなあん子。
しかし曲がるのが速くなる分だけ三半規管にかかるGもキツくなるわけで……、
「…………あぁ……っ」
カンナは朝食の菓子パンを食べたことを激しく後悔した。
一方で車酔いとかまったくしないリコリスは、地図を見ながら的確に指示を出す。
「次は3連ヘアピンカーブだ! 最後のカーブでボクが仕掛けるよ!」
「「応っ!」」
「……ちょっ……まっ…………」
いっそ殺してくれとカンナは神に願ったが、高天原の神様はそんなに優しくない。
カンナがアイテムボックスから拳銃を取り出す前に、車は次のカーブへと差し掛かった。
ズギャアアアアアッ!
と、後輪を滑らせて最初のカーブを曲がり切る。
「……あぁぁぁ…………っ」
カンナはそこでどうにかアイテムボックスから拳銃を取り出すことに成功したが、それを自分の頭へと向ける前に二つ目のカーブがやってきた。
ギュガガガガガガッ!
激しい遠心力でカンナの手から離れた銃が座席の下へと入り込む。
「……いやぁぁぁぁぁっ…………」
そしてカンナが世界の不条理を嘆いている間に最後のカーブが現れた。
ザッシャアアアアッ!
「………………っ」
乙女の矜持を守るため白目を剥いて気絶したカンナの前で、窓から身を乗り出したリコリスが【性なる精霊杖】を後方の地面に突きつける。
「――森羅万象ヌルヌルと化せっ! 【ヌルゲドン】っ!」
詠唱付きで放たれた特大のヌルヌル魔法は路面の摩擦係数をゼロにして、後続車を大量にクラッシュさせた。
「「「ひゃっは~~~っ!!!」」」
オモチャのように転がっていく軍用車に、3人の歓声が重なる。
そしていつもは騒がしい鬼娘が静かなことに気付いたあん子が自分の足元を見下ろすと、そこには死んだマグロように横たわる少女の姿があった。
「おい、カンナのやつこの状況で寝ているぞ……こいつはマジで大物だな……」
「きっと徹夜明けで疲れているんだよ」
「ああ、ゆっくり寝かせてやろうぜ」
昨夜のMVPに温かい視線を送る仲間たち。
彼らはカンナが『こんな車描かなきゃよかった……』と、本気で思っていたことを知らなかった。
後輩思いのリコリスは鬼娘の身体の上にスカジャンを掛けてあげる。
しかしそんな穏やかな時間が流れたのも束の間。
前方の廃墟を踏み潰しながら、ハルキチたちの前に巨大なトラックが現れる。
タイヤだけで二階建ての建物くらいの大きさがあるモンスタートラックは廃墟の瓦礫を道路に撒き散らして小型車を踏み潰そうとした。
「うわっ!?」
とっさにハンドルを切って瓦礫を避け、ハルキチはモンスタートラックの真下を器用にくぐり抜ける。
そのままトラックの前方に走り抜けると今度は頭上からRPGが飛んできて、
「ハルキチ左だ! 今度は右っ! あっ……無理だコレ!」
あん子の指示で1発目と2発目を躱したが、3発目は躱しきれずに暗黒騎士がガードした。
小型車が爆炎に包まれ、窓ガラスが粉砕される。
フロントガラスの残骸を神膳包丁の柄でガシャガシャ砕いたハルキチは、額に青筋を浮かべて割れたサイドミラーに映るモンスタートラックを睨みつけた。
「こんにゃろ~……」
ハルキチは再び飛んできたRPGを避けながら、ハンドルを大きく右に切る。
「「んにゃああああああああっ!?」」
乱暴な挙動に小型車はスピンして、ちょうど運転席側の窓がモンスタートラックを向いたタイミングで、ハルキチは神膳包丁を振るった。
「――【即席料理】っ!」
実戦で初めて使用する特殊スキルにより、空中にコーラのボトルとメソトスが現れて、多孔質に反応した炭酸が水圧カッターとなって噴出する。
狙いすましたメソトスコーラカッターは巨大なタイヤの軸を切り裂いて、小型車が体勢を整えたころ、後方で盛大にクラッシュして大爆発を起こす。
「ふははははっ! 原材料費6EN以下でこの威力! コスパ最強だぜっ!」
メソトスが12粒入りで10EN、コーラが1本5EN。
高天原では食料品が格安で買えるのだ。
調子に乗ったハルキチが高笑いを発すると、上から黒い拳骨が振り下ろされる。
「痛っ!?」
「バカタレっ! スタントアクションするなら先に言えっ! 危うく振り落とされるところだったわっ!」
「おかげでボクも舌を噛んだよ」
となりにいるバニーガールからも剥き出しの太ももを抓られて、ハルキチは涙目になって反省した。
「……さーせん」
そうしている間にも遥か後方にはゾロゾロ黒い軍用車が増えてきて、ゴキブリのように増殖する敵軍にハルキチは辟易とした。
市街地でかなり距離を引き離せたが、彼らはまだまだ人数がいるらしい。
しかし地図と時計を確認していたバニーガールは、増殖する敵を気にすることなくハルキチに警告する。
「ハルハル! 目一杯アクセル踏んで! 電磁嵐が来る!」
「もうベタ踏みしていますっ!」
リコリスの言葉にハルキチがサイドミラーを確認すると、ちょうどそこでは迫りくる電磁嵐に黒い軍用車が呑み込まれて赤いポリゴンに変わっていた。
触れる傍から物質を分解していく電磁嵐に、ハルキチはゾッとしてハンドルをキツく握り締める。
オーバーヒートして煙を上げ始めたエンジンに『最後までもってくれ』と祈りながら、フラグブレイカーズの面々を乗せた小型車は爆走した。
全速力で走る車に、少しずつ電磁嵐が近づいてくる。
そして嵐との距離が残り10メートルを切ったころ、ハルキチは前方に校舎の群れと、その手前にあるジャンプ台を見つけた。
「あれがゴールだ! もう少し頑張って!」
助手席のリコリスが祈るように小型車を励ます。
ジリジリとにじり寄るデッドラインが小型車のテールランプを削り取り、ナンバープレートや排気管の先端が塵へと変えられる。
そして電磁嵐が命綱である後輪に触れそうになったとき、小型車はジャンプ台へと到達して勢いそのままに空へと舞った。
空中で電磁嵐が後輪まで呑み込んで、走行不能判定を受けた小型車が消失する。
宙へと投げ出されたハルキチたちの後ろで最初のウェーブを終えた電磁嵐が停止し、スカジャンの裾を削られた鬼娘は白目を向いたまま口から魂を出した。
「カンナっ!」
そんな嫁をハルキチは空中で引き寄せて、お姫様抱っこの体勢で着地する。
ハルキチの横にズザザッと着地するリコリス。
着地に失敗してガチャガチャ地面を転がるあん子。
先程までの喧騒が嘘のように世界は静けさを取り戻し、着地した校門前から振り返ったハルキチは、ひとつ嘆息して状況を確認した。
「……これでファーストステージクリアか?」
あと少し送れていれば全滅していた事実に、リコリスが冷や汗を拭いながら肯定する。
「……ギリギリ、ね」
綱渡りのような攻略に、ハルキチは気が遠くなりそうになった。
最初のステージからこれほど苦労するとは……まったく先が思いやられる。
そうしてハルキチが遠い目をして後ろを振り返っていると、腕の中のカンナがモゾモゾして目を覚ました。
「う、う~ん…………ハッ!? 私の拳銃は!?」
意味不明な発言をするカンナに、起き上がってきたあん子が呆れた声を出す。
「なにを言ってるんだお前は……変な夢でも見てたのか?」
頬を赤らめハルキチの腕から降ろされたカンナは、自分の発言に首を傾げた。
「? なにか悪い夢を見ていたような……現実だったような……??」
カンナの脳ミソは辛い記憶をすっかり忘れていた。
ググッ、と伸びをして眠気を吹き飛ばす鬼娘の姿に、他の三人は大きく脱力する。
「……ほんとにお前は大物だな…………」
あん子の呟きにハルキチとリコリスも頷いて、そして彼らは校門の奥にある校舎の入口へと目を向けた。
開かれた昇降口の先にあるのは、セカンドステージ『校舎迷宮』。
その先で待ち受けているのは完全武装した多くの生徒と魔王たち。
待ち受ける難敵を想像したハルキチは、仲間たちへと短く声を掛ける。
「行こう」
新入生オリエンテーションは始まったばかり、彼らはまだ前哨戦を乗り越えただけに過ぎないのだ。
そして周りを固める仲間たちとともに、ハルキチは校舎に向けて歩き出し、暗く扉を開ける昇降口へと呑み込まれていった。