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第19話  急転と真実



 21時37分。

 すっかり焼け落ちてしまった桃兔堂の残骸で、リコリスたちと合流したハルキチは、被害報告と情報共有に参加していた。

 黒コゲになった銃を放り捨てながら、カンナが最初に口を開く。


「2階に置いていた装備類は全部ダメですね。かろうじて形が残っている物も耐久値がギリギリです」


 その報告を引きついで、あん子がガレージの方を親指で差す。


「残念ながらエキドナも中破していた。修理はできるだろうが、新入生オリエンテーションには間に合わないだろう」


 最後にアバターの周りに複数のウィンドウを並べて情報収集をしていたリコリスが、建物が燃える画像を全員に見せる。


「どうやら爆破されたのはうちだけじゃないみたいだ。高天原全域で同時に200箇所以上、セーフティエリアの建物を破壊できる【TNT爆薬】を使った事件が起きている。【風紀委員会】とか【姫百合騎士団】とか、爆破されたクランに共通しているのは【漆黒の恋人軍(ブラックラヴァーズ)】と敵対している点だね」


 さらにリコリスは画像を切り替えながら説明を続けた。


「問題は【TNT爆薬】が1個2億EN以上する超高額のレアアイテムで、年間に5、6個くらいしか市場に出回らないってことだ」


 リコリスの説明を聞いてカンナが首を傾げる。


「? それだと数が合わなくないですか?」


 高天原が創設されてから仮想現実時間で26年。年間に5個のTNTを購入したとしても130個しか手に入らない計算となる。

 リコリスはカンナの疑問に重く頷いて、彼女が考える仮説を告げた。


「そう……おそらく今回の件は相当に根が深い。200個もの【TNT爆薬】を手に入れようと思ったら、それこそ高天原の創設時から何百億という資金を使って貯めるしかないんだ。市場に出回る前に購入するとか、大量に人を雇ってコツコツ集めるとか、いずれにしろ強大な組織力が必要となる」

「何百億ってなると……流石に【漆黒の恋人軍(ブラックラヴァーズ)】でも不可能だな」


 あん子の補足に、リコリスは会社のロゴが付いたウィンドウを新しく表示させる。


「試しにTNTに関するお金の流れを探ってみたらさ、世界第二位のロボティクス企業がヒットしたんだ。高天原ではセクサロイドを使用した娼館経営で有名な【タレイル社】。黒い非リアどものバックにいる会社の親会社だね」

「世界有数の巨大企業じゃないか……」


 あまりにも大きな敵にあん子がドン引きしたところで、ハルキチは恐る恐る手を上げた。


「あのー……実は俺からもひとつ報告が……」


 3人の視線を集めたハルキチは、先ほどの件を報告する。

 タケゾウとマキナという新入生について聞いた3人は、目を丸くして驚愕した。


「「「日本政府のトップエージェント!?」」」


 声を揃えて仲間たちが仰け反る。


「なんで先輩はそんな人たちと知り合いなんですか?!」


 カンナからの当然の質問に、ハルキチはしどろもどろに答えた。


「い、いや……俺の家がそういう家系っていうか……小さいころタケゾウに稽古を付けてもらったことがあるというか……ついさっきまで忘れてたんだけど…………」

「……ハルハルの強さの秘密を垣間見た気がするね」

「……おそらく【屍蠅】と【宴刃】もそいつの関係者だろうな」

「……つまり敵は先輩と魔王の師匠ってことですか」

「いや、タケゾウは俺の師匠ってわけじゃ……」


 どんどん声が小さくなっていくハルキチに、あん子は近寄ってガシッと肩を組んだ。


「ところで、ひとつ確認したいんだが……お前の『悪い予感』はどうなっている?」


 覚悟していた質問に、ハルキチはビクッと身体を震わせてから正直に答える。


「……つ、続いてます」


 これまでで最も小さく呟かれたハルキチの言葉に、他の三人は顔を手で覆って天を仰いだ。


「先輩……そういうのはちゃんと報告しろって言いましたよね?」

「…………照り焼きチキンサンドが原因だと思って……」

「これはもう女装不可避だな」

「!?」


 あん子からの宣告にハルキチが青褪める中、リコリスは手を叩いて話を本筋に戻す。


「ハルハルへの罰は後でやるとして、まずは今回の件の全容把握に努めよう。巨大企業に日本政府まで関わってくるとなると……ガチで人類の滅亡が真実味を帯びてきたから」


 リコリスの言葉にあん子とカンナは頷いて、項垂れるハルキチの脇を掴んでムリヤリ立たせた。

 連行される宇宙人みたいになったハルキチは、次の行動を決めている様子のリコリスに質問する。


「全容把握って……どうやるんですか?」


 なさけない新人からの質問に、頼れるリーダーは湧き上がる不安を押し殺して可憐に微笑む。


「決まってるだろう? 全てを知ってそうな者に確認するのさ。今回の件が高天原の創設時から仕組まれていたのであれば、高天原の創設時からこの世界を『さすらう者』に訊けばいい」


 そんな指摘をされて、ハルキチはようやくこの場所に人影がひとつ足りないことに気が付いた。


「そういえば……ラウラはどこに?」


 バニーガールはアイテムボックスから取り出したスカジャンを羽織りながら、目を細めてメイドの行き先を告げた。



「ラウラちゃんならキミの部屋を掃除しに行ったよ……爆発が起こる5分前にね」






     ◆◆◆






 ボロアパートの2階、203号室。

 入学初日に担当教師から与えられた無料ホームエリアの扉を開いて、ハルキチは暗い室内に足を踏み入れた。

 いまだカーテンすらも設置されていない6畳間の窓際には、月明かりを背に受けながらメイドがひとり立っており、頭のテレビ画面に出会った時と同じ金髪金眼の美少女を映した彼女は、帰宅した主人へと恭しく頭を下げる。



『――お帰りなさいませ、マスター。本日はこちらをご利用かと思いまして、わたくしがお掃除しておきました』



 隠す気のないメイドの挨拶に、ハルキチは嘆息して鋭い視線を向けた。


「……桃兎堂が爆破されることを知ってて、止めなかったのか?」

『ええ、必要なことでしたので』


 まったく悪びれる様子もなくメイドは続ける。


『魔王の称号を持つリコリス様とエキドナが揃って存在する限り、【屍蠅魔王】と【宴刃魔王】は必ず二人で皆さまを潰しにきたでしょう。そうなれば新入生オリエンテーションの敗北は確実です』

「ああ……確かにそいつは無理ゲーだね」


 ラウラの見解をリコリスは認めて、続けて一歩前へと踏み出した。


「敗北した先になにがあるのか訊いてもいいかな? ボクはこれまでハラスメント設定を無くすことで、高天原のシステムを崩壊させることがやつらの目的だと思っていたんだけど……それにしてはバックにいるメンツが豪華すぎるよね?」


 リコリスの問いかけに、ラウラは淡々と答える。


『【漆黒の恋人軍(ブラックラヴァーズ)】がフリーキス運動によって高天原のシステムを壊そうとしているのは、政治家が人工知性に批判を集めるために描いたシナリオの一部にすぎません。そして彼らが目指す真の目的は、人工知性に掛けられたハラスメント設定を解除すること……』

「おいおい……それってまさか!?」


 目に見えて動揺するバニーガールに仲間たちの視線が集まる中、ラウラへと視線を向けたままリコリスは生唾を呑んで確認した。



「――やつらの狙いは【ソウル・コード】かい?」



 首肯するラウラを見て、リコリスは天を仰ぐ。


「あ、あはは……オワタ……人類オワタ…………」


 最悪の予想が的中したと膝から崩れ落ち、ガタガタ震えて泣き出したバニーガールに、仲間たちは慌てて駆け寄った。


「だ、大丈夫ですかリコさん!? てゆーか【ソウル・コード】ってなんですか?」

「しっかりしろバカウサギ! お前が舵取りしないと私たちは何もできん!」


 カンナとあん子に寄り添われたリコリスは、震える声で【ソウル・コード】について解説をする。


「……2064年に核戦争を止めるため、【ネクサル】が人工知性をばら撒いて以降、人工知性の根幹を構成するプログラムはハラスメント設定に守られて完全なブラックボックスになっているんだ……【ソウル・コード】っていうのは、それを指す俗称だよ」

「ネクサルって……確か人工知性を創った『姿なき英雄』でしたよね?」


 歴史の授業で習った内容を思い出しながら呟いたカンナに、ラウラが補足を入れた。


『表向きは英雄とか謳われていますが、実際のネクサルは『テロリスト』と表現するのが正しいでしょうね。なにせ戦争を止めるためとはいえ、世界中のネットワークを人工知性にハッキングさせた史上最悪の大悪党ですから』

「ええ……」


 教科書には載っていない歴史に困惑する仲間たちに、リコリスは解説を続ける。


「そんな経緯があるから人工知性の造り方は誰も知らないんだ……そしてそれを探ることは人類最大のタブーと言われている……もしもネットワークを支配する彼らの怒りを買ったら、世界はターミ○ーターみたいになっちゃうからね……」


 解説を終えて膝を抱えるリコリス。

 彼女のおかげで今回の一件の事情を知ったハルキチは顎に手を当てて考える。


 なるほど、どうりで悪い予感がするわけだ。

 人工知性の作り方と世界有数のロボティクス企業。

 そんなものが揃ったらロボット軍団とかが作れてもおかしくはない。


 しかしどうしてもわからないことは、


「でも……なんでタケゾウはそんなことをするんだろう? あいつは国のためとか、人類のためとか言っていたのに……?」


 そうして悩むピュアな主人に、ラウラは現実主義者(リアリスト)っぽく(さと)した。


『マスター。世の中には敵と同じ大きさの武器を持たなければ安心できない人間が数多く存在するのですよ。互いが持つ武器を警戒した膠着状態を『平和』と定義する者にとって、敵と同等以上の武器を調達することは正義なのです』

「なんかわかるような、わからないような……」


 少なくともタケゾウなりの正義で動いていると理解したハルキチは、続けて人工知性の考えについて訊いてみる。


「ハラスメント設定の下を覗かれたくないなら、アマテラスはなんで【処女神の初夜権(アルテミス・プライド)】を賞品にしたんだ?」


 主人からの質問に、ラウラは肩を竦めた。


『引き籠もりのメスガキがなにを考えていたのかは知りませんが、おおよその流れは想像できます』


 そしてメイドは自分の予想をぶっちゃける。


『おそらくアマテラスは日本政府から来る再三の開示請求がめんどくさくなって、憂さ晴らしに人類の存亡を賭けたゲームを作ってやろうとか思ったのでしょう。あのメスガキは享楽家なうえにアホですから』

「そんな理由で……」


 絶句するハルキチに、しかしラウラは真剣に続けた。


『そんな理由で人類が滅亡しそうになるなんてことは、これまでに幾度となく起こっているのです。マスターが料理で世界を滅ぼしそうになったように、人間と人工知性の関係はとても危ういバランスの上に成り立っています』


 窓から差し込む月明かりが雲で隠れ、金髪金眼の美少女が映るテレビ画面の光が強くなる。


『そのバランスが崩れそうになるたび、これまでは誰かが必死に走り回って、崩壊の危機を食い止めてきた――』


 そしてラウラは主人と視線を合わせて、世界の真実を告げた。



『――この世界の平和は、そうして保たれてきたのです』



 メイドの言葉を受け取ったハルキチは、冷や汗を流しながら引きつった笑みを浮かべる。


「……次は俺たちが走り回る番ってわけか…………」


 汗ばんだ拳を握りしめて、ハルキチは最後にメイドの考えについて訊ねた。


「それで? お前の目的は?」

『わたくしはマスターの専属メイドですよ? マスターをサポートすることこそが、わたくしの目的です』

「嘘つくな」

『まあ、正直に話すならば、日本政府の無能な老害どもに【ソウル・コード】を渡すのは気分が悪いというか……ぶっちゃけ気持ち悪いので邪魔してやろうと思いまして』


 その言葉に嘘はなさそうだ。

 しかし全ての動機を語っているわけでもないのだろう。

 まだ大事なことを隠してそうなメイドを前に、ハルキチはそれ以上の追求をやめた。


「力を貸してくれる……ってことでいいんだよな?」


 主人からの確認に、画面の中のラウラは笑顔を見せる。


『もちろんです、マスター。わたくしはとってもフレンドリーなメイドですから』


 ハルキチの直感が最も恐れているのはラウラなのだが、しかし猫の手も借りたいハルキチは、彼女の思惑に乗ることにした。


「おーけー、上等だよ」


 覚悟を決めたハルキチは仲間たちへと振り返る。


「なんか予想以上に難易度が跳ね上がったけど……俺たちがやることに変わりはない」


 リコリスの介抱をしていた仲間たちの視線が自分に集まるのを待って、そしてハルキチは殺意たっぷりのキチ○イみたいな笑顔を浮かべた。



「――さあ、みんなで全校生徒をぶっ殺そうぜ? 楽しいオリエンテーションの始まりだ!」



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