第18話 邂逅
短めです。
夜道で古い知人と出会ったハルキチは、初老の男に案内されるがまま、近くにあった寂れたファミレスへと足を踏み入れた。
黒髪の美少女がタッチパネルで3人分のドリンクバーを注文し、給仕をするために席を立つ。
「あ……飲み物なら俺もいっしょに……」
「結構よ」
初老の男との気まずい空気に耐えられなくなったハルキチは少し席を外そうと画策したが、黒髪の美少女に殺気の籠もった視線を向けられて、大人しく浮かせた腰を席へと戻した。
「うちのマキナがすまんな。あやつは難しい年頃なのだ」
「はあ……?」
そうしてしばらくハルキチが気まずい空気に耐えていると、マキナと呼ばれた女の子が戻ってきて、タケゾウの前に緑茶を、ハルキチの前にホットコーヒーを差し出す。
「ども」
軽く頭を下げてコーヒーを啜ったハルキチに、マキナは青い目を細めて殺気を強めた。
「……普通に飲むのね?」
「? ブラックも好きなので」
「そうじゃなくて、毒物の心配はしないのかと訊いているの」
「ああ……」
カップを置いたハルキチは正直に答えた。
「ダメなやつは味でわかるし……うちの家系はほとんど毒物とか効かないから」
「チィッ」
盛大に舌打ちされたハルキチは、置いたカップの中身を冷や汗混じりに観察した。
……もしかして毒入り?
美少女からの塩対応に困惑するハルキチへと、初老の男が咳払いして再び謝罪する。
「重ね重ねうちの孫がすまんな……毒は入ってないから安心してくれ。マキナもそうピリピリするでない」
「申し訳ありません、お爺様」
そう言って祖父の横に座った美少女は、自分で持ってきた水を一口飲んで黙った。
ハルキチは『水ならドリンクバー必要なくね?』とかツッコミたくなったが、どうも彼女には嫌われているっぽいのでグッと堪える。
黙り込む若者二人に代わって、孫の態度に嘆息した初老の男が口を開いた。
「改めて自己紹介しておこう。儂の名は【タケゾウ】。もうすぐ引退予定だが、いちおうまだ日本政府の工作員を率いておる」
「……そういうのって口にしていいんですね?」
「相手が一般人なら話は別だが、お前さんの場合は関係者だろう」
関係者かどうかというと微妙なところだ。
ハルキチの母親は表向きは民族料理の研究家として活動していることになっているが、裏ではフリーの工作員として働いている。
その息子はギリギリ関係者と言えなくもないが……母親の裏の仕事に関してまったく知らないハルキチは自分を一般人だと思っていた。
「それで? そんな政府のトップエージェント様が、俺になんの用ですか?」
裏社会の話だと知って、ぞんざいな態度を取るハルキチに、マキナが反応する。
「態度を改めなさい! お爺様に対して失礼です!」
ヒュッと、神速で突きつけられた日本刀の切っ先に、ハルキチは仰け反った。
……タケゾウほどじゃないが、かなり使える。
抜刀の速度、剣閃の正確さ、憤った呼吸に合わせて軽く上下する切っ先から、ハルキチは彼女の力量を推測する。
「マキナ」
そんなハルキチの視線を気取ったのか、タケゾウは孫娘を静かに一喝して刃を引かせた。
「……申し訳ありません」
いらぬ情報を与えてしまったことを恥じたのか、マキナはハルキチを射殺さんばかりに睨みつけたまま完全に沈黙する。
タケゾウは孫娘がある程度落ち着くのを待つと、ハルキチを呼びつけた要件を切り出した。
「お前さんへの用事だが、端的に言ってしまえばスカウトだ」
その言葉を聞いたハルキチは眉根を寄せる。
「……日本政府の工作員になれと?」
「そう取ってくれても構わんが、まずは【新入生オリエンテーション】が先となる。我々が【処女神の初夜権】を入手するのを、お前さんに手伝ってもらいたい」
「どうして政府がそんなことを……?」
ハラスメント設定の管理者権限を日本政府のエージェントが求めていることにハルキチは強い疑念を抱いたが、タケゾウはそれ以上答えようとしなかった。
彼が求めている答えはYESかNOだ。
それを察したハルキチは自分の直感に従って答えを選択する。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。俺は普通の高校生なので」
ハルキチが軽く頭を下げると、タケゾウは「そうか」と呟いて席を立った。
これで要件は終わりなのか、マキナがレジへと会計をしに行く。
そして最後にタケゾウは席から立ち上がったハルキチへと声をかけた。
「絶音の倅よ、これだけは覚えておけ」
浴びせられた強烈な殺気に、ハルキチは思わず身構える。
「我々は常にこの国の未来を――延いては人類の未来を案じて戦っておる。その大志を普通の高校生が邪魔するというのであれば……儂はお前さんを容赦なく斬り捨てる」
マキナの殺気が児戯に思えるほどの濃密な殺気。
しかしそれはすぐに消え去って、冷や汗を流すハルキチへとタケゾウは別れを告げる。
「手間をかけたな」
そうして店の外へと二人が姿を消したところで、ハルキチはようやく構えを解いた。
「いったいなんだったんだ……?」
彼らの目的は不明だが、悪い予感がする。
常軌を逸した新入生オリエンテーション。
暗躍するトップエージェント。
【処女神の初夜権】を狙う日本政府。
それらが絡み合った先にはとてつもなく悪い結末が待っている気がして……ハルキチは身震いして考えるのをやめた。
とにかく今は情報が少なすぎる。
ひとまず帰ってリコリスに報告しようと考えたハルキチは、ファミレスの外に出て桃兎堂を目指す。
ちなみに会計はマキナが済ませてくれていた。
そして夜道を早足で歩き、闇夜の中で燦然と輝くピンク色のネオンが見えてきたころ、
「――っ!?」
激しい轟音とともに、桃兎堂が爆炎に包まれた。