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第15話  アイテム整理と第三回お料理配信



 昼休みを終えたハルキチたちはリコリスのホームへと戻り、そこで新入生オリエンテーション用のアイテム整理を始めた。

 軍用バックのような大容量バックパックを使えば、だいたいひとり100個くらいのアイテムを持ち込むことができるため、輸送手段の整ったハルキチたちは合計400個以上のアイテムを厳選しなければならない。


 ちなみにラウラは整理と聞いたとたん、早々に『祖母が倒れました』と噓泣きをして、お見舞いに行くために姿をくらましている。


 カンナとあん子のホームから次々と運ばれてくるアイテムによってリコリス家のリビングは埋め尽くされ、そうして生まれた銃火器の山の中で、ハルキチはせっせとアイテムの仕分けを行っていた。

 ハルキチの横で作業するあん子が、簡単に選別の基準を教えてくれる。


「レア度が『特別(アンコモン)』以下の物や、耐久値の低い物は外してくれ、私もカンナも倉庫整理を兼ねて持ってきたから、わりと余計な物まで紛れ込んでいるはずだ」


 あん子が言うようにアイテムの山の中には、明らかに武器っぽくない物も紛れ込んでいた。

 お風呂に浮かべるヒヨコちゃんとか、音楽に合わせて踊るお花とか、攻撃力だけは高そうな黒くてスケスケな下着とか。

 いちおう優秀な防具の可能性もあるため、ハルキチが『Hカップ』のタグが付いた黒い下着を鑑定していると、横から伸びた黒い手が素早くそれを回収した。


「こここ、これはゴミだから鑑定しなくていいっ!」


 慌てる暗黒騎士の様子に、ハルキチはジト目を向ける。


「あん子……お前、まさかその鎧の下は…………」

「あ、アバターの中身を詮索するのはマナー違反だっ!」


 フレンドが鎧の下に性癖全開なドスケベボディを隠してる疑惑に、ハルキチは軽くドン引きした。

 まあ、趣味は人それぞれだし……深く詮索するのはやめておこう。

 中身が男だと確信しているフレンドの下半身事情とか、まったく興味がない。

 話題を切り替えるために、ハルキチは適当な銃の整備をしながら、あん子に気になっていたことを訊いた。


「ところで、あん子の神器はその鎧なのか?」


 唐突な話題の転換に、ダンボールの山を崩してワタワタしていたあん子は、ゴホンと咳払いして普段の威厳を取り戻そうとする。


「い、いや、この鎧は【破邪の黒鎧】というプレイヤーメイドの秘宝(エピック)装備で、私の神器は別にある」

「どんな神器?」


 ハルキチの素朴な質問に、しかしあん子は答えなかった。


「ふっ、秘密だ。貴様とはそのうちガチで決闘したいからな。神器に関する情報は秘匿させてもらう。まあ、ただ、私の神器はタイマン用というか……新入生オリエンテーションに向いていないことだけは確かだと言っておこう」

「ふーん」


 フレンドからの決闘希望にハルキチは嬉しくなって追及をやめる。

 ハルキチのリアルチートな戦闘能力を前にしても、むしろ喜んで戦ってくれるあん子はとても貴重な存在だった。


 しかしあん子から話を聞くことで、自分の神器を使う参考にしようと思っていたハルキチは困った。

 リコリスの神器はすでに見せてもらったし、カンナの神器はまず間違いなく、体育館前で使っていたあのペンシルだろう。ハンドグレネードのイラストを実体化していたことから、おそらくカンナが描いたイラストを実物にするような能力だと予想できる。

 だけどそれはカンナの神がかった画力があるから使える神器なわけで、ハルキチの料理をメインにした神器とは、あまりにも使い方が異なっていた。


 だからハルキチはあん子の神器にヒントがないかと期待していたのだが……対戦まで秘密にしたいというなら仕方がない。

 ハルキチもあん子との対戦は楽しみだった。

 当てを失ったハルキチは、なんとなく神器の包丁を取り出し眺めてみる。


「……料理で戦うとか……どうしろっちゅーんじゃ…………」


 思わず本音が零れ落ちると、その呟きを聞き取ったあん子が、迷えるハルキチにアドバイスをした。


「神器の扱いで悩んでいるなら、貴様の配信で相談してみたらどうだ?」

「……リスナーさんに?」

「ああ、高天原の料理については、お料理配信を見ている連中が最も詳しいからな。やつらに聞けば、なにかヒントをもらえるかもしれないぞ?」


 あん子からの提案に、ハルキチは目から鱗が落ちる思いがした。


「その手があったか!」


 自分で考えてもアイデアを思いつかないなら、他人を頼ってしまえばいいのだ。

 いつの間にか8万人にまで増加していたフォロワーたち。

 彼らの頭脳を借りれば、なにかいいアイデアが見つかるかもしれない。

 あん子のおかげで問題解決の糸口を見出したハルキチは、夕飯までに装備の整理を終わらせるため、せっせと手を動かした。





     ◆◆◆





 そして午後18時。

 自分にできる装備整理を終わらせたハルキチは、リコリスに聞いた近所のスーパーで買い物を済ませ、今もアイテムの厳選を続けるカンナたちに報いるためにも美味しい夕食を作るべくキッチンに立った。


 あん子からリスナーさんに相談するアイデアを聞いた直後から、配信用の部屋を作って宣伝しておいたため、すでに1200人を超える視聴者がハルキチの配信を待って待機している。

 大勢の前で話すというのはまだ慣れないが、それでも深呼吸をしたハルキチは、若干の緊張を残したまま配信をスタートさせた。


「どうもー、お料理系配信者のハルキチでーす!」


 刺身ウオさんやカンナに習って挨拶を考えてみたものの、自分で考えた挨拶で始めるというのはけっこう恥ずかしい。


【きた!】

【キタッ!】

【姉さん来たーっ!】

【時間ぴったり!】

【姉さんがお笑い芸人みたいな挨拶してるww】


 次々と流れるコメントにハルキチは少しだけ顔を赤らめながら、目の前に並べた食材をカメラに映す。


【今夜のメニューはなんですか?】

【赤面たすかる】

【カンナちゃんとの動画見たよ!】

【よっ! 理想の嫁!】

【姉さんって普通に美少女なんだよなー】


「男だから!」


 最低限の訂正をして冷静さを取り戻したハルキチは、咳払いをしてから今夜のメニューをリスナーに告げた。


「もうすぐ始まる新入生オリエンテーションに向けて、今夜はゲン担ぎにカツ丼を作ろうと思います」


 カツ丼なら作業しているカンナたちでもすぐに食べられるし、カツを揚げている間にリスナーたちとも会話できる。

 クランメンバーの腹を満たして、ついでに情報を得るために、カツ丼がベストな選択だった。


【カツ丼ですか~】

【楽しみですな~】

【古の電子レシピで食ったことあるけど、姉さんが作ると別物になるんだろうな~w】


 食材袋から森で拾った【突撃大豚(ブリッツピッグ)】の肉塊を取り出したハルキチは、巨大な塊となっている豚肉を【神膳包丁】で切り出していく。

 包丁を入れるたびに包丁に宿った保食神の力で豚肉は品質を上げ、トンカツ用のロース肉を切り出したときには肉が艶やかに輝いていた。


【え? なにそれエロい……?】

【なんでお肉がエッチに見えるの???】

【姉さんが包丁を入れるたびに豚肉が色気を増していくんだが??】

【……また変な技とか使った?】

【いや、これはおそらく包丁の特殊効果だろ】

【たしかに見たことないレアっぽいの使ってる】

【……姉さん? その包丁どこで拾ったの?】


 肉を切っているだけでリスナーたちが混乱したので、ハルキチは正直に包丁の説明をする。


「アマテラスに貰った」


 ハルキチの短い説明にコメント欄は加速した。


【神器だ!?】

【神器っwww】

【しかもアマテラス!?】

【この子たったの二日目で主神の神器もらってるーっ!!?】

【いやいやいや!? さらっと言ったけど、これって最速記録だろ!??】

【天銘審議会の連中を呼んでこいっ! ここに新たな神器持ちが現れたぞっ!!】

【なにをしたらそうなるの!?】

【胃袋を掴んだんですね、わかりますw】

【リスナーだけでなく神の胃袋すらも掴む女……それが姉さん!】


「男だから」


 目についたコメントに訂正を入れて、豚肉を切り終えたハルキチは続けて肉の下処理を行った。

 ロース肉は筋切りして包丁の背で両面を叩き下味を付け、カットしている間に出た肉の切れ端は適当に大きさを整える。


【そのお肉は?】

【切れ端も食べるの?】


 目ざとく作業を見つめているリスナーにハルキチは補足した。


「カツ丼だけじゃ寂しいから、ついでに豚汁も作ろうと思って」


【汁物たすかる】

【こうして我々は今夜も姉さんに胃袋を掴まれるのだ……】


 肉の下処理が終わったら、次は野菜と他の具材をカットする。

 カツ丼用の玉ねぎと、豚汁用の大根、ニンジン、ゴボウにシイタケ、里芋、コンニャクに油揚げ。

 豚汁用の具材を鍋で炒めたら出汁を入れて煮込み、トンカツ用の油を温めている間に卵液を作って、薄力粉を軽くまぶしたロース肉に卵液とパン粉を付けて揚げる用意をする。

 そして油が180℃に温まったところで、ハルキチは衣を纏ったロース肉を油へと投入した。


【手つきがプロなんだよなぁ】

【普段からやってるのがよくわかる】


 揚げている時間を使って、ハルキチはリスナーたちに質問してみる。


「ところで、みんなに聞きたいことがあるんだけどさ」


【なになに?】

【どしたの?】

【なんでも聞いてみ?】


 反応のいいリスナーたちにハルキチはほっとして、昼から悩んでいた料理についてアドバイスを求めた。


「ちょっと攻撃力の高い料理を作ってみたいんだけど……なにかいい材料とか調理法とか知らないかな?」


 必要なのは銃弾を超える攻撃力である。

 ハルキチはリコリスとの戦いを経験して、自分には最大火力が足りていないと悩んでいた。

 魔法障壁を、あるいはリコリスと合体したエキドナの装甲を抜くだけの最大火力があれば、あの模擬戦はもう少しまともな戦いになっていただろう。

 魔力感知も気にはなったが、リコリス曰く、そちらは修得するまでかなり時間がかかるらしいので、ハルキチはとりあえず最大火力を求めることにした。


 ドラゴンの火炎袋とか、フグの猛毒とかを使えば、料理で攻撃力を出すこともできるのではないだろうか?


 ハルキチは『攻撃力が高い料理』のアドバイスなんて求めたら笑われると思っていたのだが……しかしリスナーたちの反応は意外なものだった。


【ついに姉さんもそっちに興味を持ってしまったかw】

【やめてっ! 姉さんは美味しい料理を作って!!】

【ようこそ汚料理配信の世界へ……しかしこちらは泥沼ですぜ?】


 なんだか詳しそうなリスナーたちのコメントに、ハルキチはカラッと揚がったトンカツを引き上げながら食いついた。


「……もしかして攻撃力の高い料理って存在してる?」


 ハルキチの疑問に答えるため、凄まじいスピードでコメントが流れる。


【むしろそちらの方が主流というか……姉さんが特殊というか……】

【我々の業界では料理の評価基準は美味しさよりも攻撃力が優先だからww】

【高天原では愛のない料理に攻撃力が付くのです!】

【知らなかったのかい? 世の中には『神をも殺す料理』を目指す業界もあるのだよ?】

【食材への感謝を忘れると食材が牙を剥くって理屈らしい】

【美味しく作ろうとする分には大丈夫なんだけど、遊び半分はいけません】

【どれだけ料理の攻撃力を上げられるかを競い合うコンテストまである】

【食材を無駄にしているって? いや、でもこれ電子データだし……】

【汚料理配信で調べてみ? 新しい世界の扉が開くからw】

【ちなみに、お料理系配信者と汚料理系配信者はまったくの別物。月とスッポン】

【汚料理配信は魔道というか、邪道なんだけど……まともな料理人が希少なせいで王道になりつつあるという……】

【料理に興味を持たせるって意味では、汚料理は上手いやり方。化学の実験的な意味で】

【とりま初心者は『爆裂卵(バーストエッグ)』からだろ。動画のURL貼っとくわ!】


 そうしてリスナーから送られてきたURLから動画を開いてみると、そこではひとりの配信者が生卵をそのまま電子レンジで温めようとしていた。


「そんなことしたら爆発するんじゃ――」


 ハルキチの予想通り卵は爆発した。

 ズガンッ、と電子レンジの前にいた配信者を消し飛ばすくらい、なぜか爆炎を生じさせて激しく爆発した。


「――いや、そうはならんだろ!?」


 思わず突っ込んだハルキチに、リスナーたちが歓喜する。


【流石は姉さん! 正しいツッコミです!】

【現実で卵が爆ぜる光景を見たことがある者にしか、そのツッコミはできんからなw】

【しかし高天原ではこれが実際に起こるのだ!】

【試しに卵を1パック丸ごと電子レンジで温めてみ? 広域殲滅魔法が撃てるからww】

【俺のオススメはゆで卵バージョン。噛み付いた瞬間に爆発して頭が吹っ飛ぶ動画は腹が千切れるくらい笑ったw】

【他にも『メソトスコーラ水圧カッター』とか『闇鍋合成獣』あたりが有名】


 やたらと詳しいリスナーたちのおかげで、ハルキチは【神膳包丁】を戦闘に活かすための方向性が見えてきた。


「みんなありがとう! ものすごく参考になった!」


【いいってことよ!】

【むしろ姉さんに料理の恩返しができて嬉しいです!】


 自己強化の活路を見い出したハルキチは、最後のトンカツを油から引き上げて、トレイの上で油を落とす間に、ほどよく煮えた豚汁へと味噌を投入する。

 豚汁が仕上がったところでトンカツを切り、余分に揚げたトンカツの一切れにハルキチは軽く塩を振って味見した。


 うん、美味い。


「先輩、先輩」

「――ん?」


 横からクイッと服を引かれて、ハルキチが振り返ると、そこには調理台の上に頭だけ出したカンナたちが、口をパクパクさせて待っていた。

 呆れたハルキチが一切れずつ食べさせてやると、満足したカンナたちは作業へと戻っていく。

 それを見たリスナーたちは過剰に反応した。


【ずるいっ!】

【味見だっ! 我々も味見を要求するっ!】

【(画面の前で口をパクパクさせるリスナーたち)】


「ええ……」


 仕方なくハルキチが小皿にトンカツを3切れほど乗せて10ENで販売に出すと、荒れ狂うコメント欄は落ち着きを取り戻す。


【うまうま】

【次からは味見も100ENでいいよ? それくらいの価値があるから】

【揚げたてを味見するのが最も美味しい説!】

【ん、おけ、料理を続けて?】


 リスナーたちの味見も問題なかったらしいので、ハルキチは小鍋に玉ねぎと水と調味料を入れて中火で熱する。

 玉ねぎに火が通ったところで溶き卵を入れて蓋をして、蒸らしている間に丼にご飯をよそった。


【姉さん、大盛りで!】


「はいはい」


 要望に応えて大盛りにしたご飯の上に小鍋の中身を乗せて、最後に三つ葉を添えれば今夜のメインが完成した。



【必勝祈願! 祝福のロースカツ丼】

 分類:料理  レア度:伝説(レジェンダリィ)  効果:脚力強化・極大 幸運強化・大(10時間)

 保食神の祝福を受けた高天原で初めての伝説級料理。

 食材の持つスペックが最大限に引き出され、薄っすら光り輝いている。

 これさえ食べれば新入生オリエンテーションの勝率は跳ね上がるだろう。たぶん。

 ※アマテラスちゃんの分はロースカツダブルで奉納しましょう!


【栄養満点! 魅惑の黄金豚汁】

 分類:料理  レア度:秘宝(エピック)  効果:生命力強化・大 継続回復・中(8時間)

 高品質の食材をふんだんに使用した豚汁。

 栄養たっぷりの湯気が黄金色に輝き、食材たちの神秘的な力を感じさせる。

 これさえ飲めば新入生オリエンテーションの生存率は跳ね上がるだろう。たぶん。

 ※アマテラスちゃんの分は大盛りにしましょう! どんぶりで!



 最後にネギを散らした豚汁をカツ丼の横にセットして、ハルキチはいつも通り100ENで販売に出す。


「できたよー」


【待ってた!】

【わくわく!】

【とりあえず3セット買うわ!】


 そして包丁の特殊効果により普段より2段階ほどレア度を上昇させた料理は、リスナーたちに未知の味覚体験を与えた。


【……なぜか涙が止まらないんだが?】

【わかる……俺もいま泣きながらカツ丼食ってる】

【なんだろう……この腹の底から満たされる感じは? 世界が俺を祝福している?】

【これは神だよ! このカツ丼には神様が宿っているんだ!】

【ああ、そっか! これは神様の味なんだ!】

【俺、これまで無宗教だったけど、今日からカツ丼教に目覚めるわ!】

【万物に神が宿るって思想、本当だったんだな……】

【速報! 高天原で新たな味覚が発見される! その名も神味!】


 次々と舌で神味を感じるリスナーたち。

 アマテラス用のダブルロースカツ丼と大盛りの豚汁を奉納したハルキチは、仲間たちの分を作りながらコメント欄に首を傾げる。


「そんな味付けした覚えないけど??」


 そして食卓を囲んだ仲間たちとカツ丼を頬張ったハルキチは、カツ丼の旨味の中に宿る確かな神様の味を感じて、目の前の料理に突っ込んだ。


「…………なんでだよ」


 高天原の料理はハルキチの想像を超えるレベルで奥が深いらしい。









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