第13話 決戦準備と怪しい乗り物
ハルキチは土下座した。
女装だけは絶対にやりたくないから、恥も外聞もかなぐり捨てて土下座した。
「すいませんっした! どうか女装だけは勘弁してくださいっ!!」
リビングの床で小さくなったハルキチを、あん子とカンナが仁王立ちして見下ろす。
「貴様はもっと自分の直感を信用しろ! それと自分の料理の腕が常軌を逸していることを自覚しろ!」
「次やったら問答無用でミニスカート穿かせますからね! 悪い予感がしたらすぐに相談するように!」
「…………はい」
本当のことを言うと悪い予感は消えていなかったのだが、そんなことを言ったら余計に絞られそうなので、ハルキチはビビって口を閉ざした。
たぶん奉納してない照り焼きチキンサンドとかが原因だろう。
説教が終わった頃合いでリコリスが手を叩いて注目を集める。
「はいはい! それじゃハルハルの反省も済んだことだし、そろそろガチで新入生オリエンテーションの準備を始めようか」
リコリスの宣言で自動でリビングの窓にシャッターが降り、外界へ漏れる音が遮断されて室内が作戦会議モードへと移行した。
暗闇の中で暗黒騎士の鎧からプロジェクターの光が放たれて、その中に歩み出たリコリスは、ハルキチとカンナが仲直りの恋人繋ぎをしてソファに座ったことを確認してから、あん子に立ち位置を調整させる。
「もうちょい、もうちょい右!」
「ああもうっ! 私の鎧に変なギミックを仕込むな!」
プロジェクターにされたあん子が怒りの声を上げたが、リコリスは平然とそれをシカトした。
「まず簡単に新入生オリエンテーションの内容について話しておくと、このイベントには3つのステージがあるんだ」
リコリスの解説に合わせてスライドが切り替わり、白い壁に『1st‐STAGE』の文字とレースカーの写真が映される。
「最初のステージは『カーチェイス』。生徒は半径200キロメートルのフィールドの外縁部に配置されて、およそ150キロの距離を乗り物で走ることになる。よくあるバトルロイヤルもののゲームみたいに後ろから電磁嵐が迫ってきて、だいたい8割の新入生がこの段階で脱落する」
バニーガールが息継ぎする間にスライドが替わり、今度は『2nd‐STAGE』の文字と校舎の写真が映された。
「次のステージは『校舎迷宮』。およそ50キロにわたって続く校舎をひたすら歩くだけなんだけど、他のクランからアンブッシュされやすいのもこのエリアだ。ベストはまったく戦わずに50キロ先にあるセーフティエリアまで辿り着くことだけど……ここを抜けられる新入生は全体の1%未満かな」
最後に切り替わったスライドにはトロフィーとグラウンドの写真が映されていた。
「そして狭き門をくぐり抜けた先にある最終ステージは『血戦グラウンド』。半径1キロの真円型グラウンドの真ん中に優勝トロフィーが浮かんでいて、4月5日の朝日が昇るのと同時に、全ての生徒がトロフィーを目指して激突するんだ。優勝トロフィーに触れるのは新入生だけなんだけど……先輩たちの激しい妨害を避けてトロフィーまで辿り着くのは、控えめに言っても至難の技だね」
全てのスライドが終わったところで部屋の電気が点灯し、リコリスはあん子のとなりに腰掛けて、正面に座るハルキチへと妖艶な笑みを浮かべる。
「どうだいハルハル? キミがキルされた時点でボクたちのオリエンテーションは終了になるわけだけど……最後まで生き残る自信はあるかい?」
ハルキチはバニーガールからの挑発に、男らしい笑顔で応えた。
「当然ですよ。やるからには絶対に勝ち残ります!」
その回答に満足したリコリスは、カンナとあん子にアイコンタクトで了承を取ってから、さらに笑顔を深めてソファから立ち上がる。
「よろしい! ならばボクたちの秘密兵器をキミに見せよう!」
◆◆◆
リコリスに先導されたハルキチは、桃兎堂の裏手にあるガレージへと案内された。
コンクリートに囲まれた広い空間に電気が点くと、ガレージの中央に大きなカバーが掛けられた物体が見え、ハルキチはカンナに背中を押されて物体の前まで誘導される。
「さあ、先輩! ショータイムですよ!」
誕生日プレゼントを渡すようなカンナのノリに、ハルキチの期待感も自ずと高まる。
『ワクワクしますね、マスター』
「……そうだね」
平然と付いてきた専属メイドもまた、勝手に期待感を高めていた。
昨日までハルキチはラウラが【漆黒の恋人軍】あたりの回し者ではないかと少し疑っていたのだが、短い付き合いでも彼女が誰かの下に付くようなメイドではないと分かったため、彼女の好きにさせていた。
おそらくカンナたちも同様の意見だから、ラウラを放置しているのだろう。
リコリスがパチッと指を鳴らすと、ガレージの電気が消えてドラムロールが鳴り響き、数本のスポットライトが飛び回って、最後にカバーがかかった物体を照らし出す。
ドラムロールが鳴り終わるタイミングであん子が勢いよくカバーを外すと、その下から奇抜な戦車が現れた。
ピンク色の車体。
側面に描かれた美少女の萌えイラストと、ニンジンの形をした4門の機関銃。
車両上部にはなぜか大きなウサ耳が取り付けられていて、そこはかとなく痛々しい雰囲気を発している。
『これは素晴らしい芸術作品ですっ!』
感性に突き刺さるものがあったのか、ラウラは頭のテレビを光らせて珍しく興奮した声を出す。
ガレージに現れた痛戦車にハルキチが表情を喪失して固まっていると、リコリスがとてもいい笑顔で戦車の名称を叫んだ。
「どうだい? これぞボクらが手塩にかけて開発した、対新入生オリエンテーション用の秘密兵器!【魔導変態多機能戦車・ECHIDNA】だっ!」
戦車を冒涜しているとしか思えない外観の車両を前に、ハルキチは頭を抱えた。
「――どうしてこうなった!?」
フレンドの頭をわりとガチで心配しているハルキチをよそに、リコリスはヲタクっぽい早口で戦車の自慢を始める。
「素晴らしい造形だろう? 戦車の無骨な装甲はそのままに、キャロットガンとビッグなウサ耳で可愛さを追加! 側面を飾るイラストとピンク色の迷彩は贅沢にも神絵師であるカンナ師の手描き!」
「無駄に気合いを入れて描きました! 後悔はまったくしていませんっ!」
「動力源のレアアイテム【魔導陽子崩壊炉】は毎秒1.21ギガワットの超電力を供給し、主砲の【空間圧縮式・可変口径電磁加速砲】はあらゆる物体をマッハ6の超音速で射出する! もちろん人間を詰め込んで発射できることもあん子を使って検証済み!」
「私くらいガチガチの防御力があれば、カタパルトとして使うことも可能だ!」
痛戦車の前で胸を張るバニーガールと鬼娘と暗黒騎士。
見た目は完全にふざけているのに、中身は原子力空母もビックリな性能を持っているのだから、彼女たちが全力で悪ノリしたことは間違いない。
「まったく、お前らってやつは……――」
口では文句を言いつつも、ハルキチの心は温かくなった。
きっと彼女たちはハルキチの新入生オリエンテーションを盛り上げるために、このイカれた戦車を用意してくれたのだろう。
フレンドたちの心意気にウルっとしながら、ハルキチは痛戦車に乗る覚悟を決める。
「――俺が操縦してもいい?」
『いえ、マスター。この子の操作はわたくしにお任せを』
「おいこら駄メイドっ! 主人を押しのけて戦車に入ろうとするな!」
『安全確認です、マスター。わたくしには主人が乗る車両を点検する義務があります』
競って操縦席に乗ろうとする主人とメイドの姿に、戦車を用意した三人は顔を見合わせて笑い合った。
戦車の上で掴み合いの喧嘩を始める主従に、リコリスは優しく提案する。
「それじゃあ今からエキドナの試運転も兼ねて、みんなでダンジョンに行こうか?」
リコリスによれば桃兎堂の近くには中級ダンジョンへの転移ポータルが置かれていて、そこからプライベートダンジョンへと転移すれば、目立つことなくエキドナの試運転ができるらしい。
『マスター、40秒でお弁当の用意を』
「……お前はもう、メイドと名乗るのやめたらいいと思う」
そしてハルキチたちは弁当を持参して、魔導変態戦車の試運転へと旅立った。
◆◆◆
中級ダンジョン【天空怪談旧校舎】。
高天原の空を漂う浮遊島のひとつにあるそのダンジョンは、日本の怪談に出てくる魑魅魍魎が巣食う肝試しに最適なデートスポットだが、この日ばかりは肝試しに訪れた生徒ではなくオバケたちの悲鳴が校舎の中に響いていた。
キュラキュラキュラ、と無慈悲なキャタピラを高速回転させて、ピンクの戦車が哀れな人体模型の群れを粉砕する。
『素晴らしい性能です、リコリス様! まるで人がゴミのようです!』
「でっしょー?」
斜め後ろで交わされる専属メイドとバニーガールの会話に、右前方の銃座に座って手の形をチョキにしたハルキチが悔しがる。
「くそっ! なんであのポンコツは無駄にジャンケンが強いんだ!?」
5回勝負でまさかのストレート負け。
人間相手なら筋肉の動きを呼んでジャンケンに必勝できるハルキチも、頭のテレビ画面に手の画像を出されると普通に弱かった。
「まあまあ、先輩。次の次の周回では操縦できますから」
「……べつに順番を譲ってくれてもいいんだぞ?」
「いえ、ジャンケンの勝敗は絶対です」
カンナは棒の先にジャンケンの手を付けた『来週もまた見てねスタイル』でハルキチから勝利をもぎ取っていた。
ちなみにあん子とリコリスは普通に順番を譲ってくれている。
新入生オリエンテーションの主役はいちおうハルキチのはずなのに、大人気ないメイドと嫁は全力で勝ちにきていた。
左の銃座でニンジン型機関銃を乱射するカンナに恨めしい視線を送り、ハルキチも寄ってきたベートーベンの肖像画を蜂の巣にする。
「……というか、この戦車強すぎじゃないかな? ここまで強いと余裕で勝てる気がしてくるんだけど?」
実体のある敵は分厚い装甲で無力化できるし、非実体型の敵も上部のウサ耳から発せられる超電磁シールドが跳ね返してくれる。
おまけに魔導陽子崩壊炉がもたらす超電力で稼働するキャタピラは校舎の壁を粉砕しながらほとんど地形を無視して移動できるため、エキドナがあれば新入生オリエンテーションを楽にクリアできそうだった。
「甘いよハルハル。そう簡単に行くほど高天原のプレイヤー層は薄くない」
しかしそんなハルキチの考えをリコリスが否定する。
「この戦車に対抗できるような生徒がいるんですか?」
銃座から振り返って訊ねたハルキチに、リコリスの代わりに砲手の席に座る暗黒騎士が応えた。
「少なくとも12人はいるぞ……いや、馬鹿ウサギを除いたら11人か? まあ、隠れた実力者も入れたら数十人はいるだろう」
あん子の曖昧な回答にハルキチが首を傾げると、弾帯を交換しながらカンナが補足を入れる。
「特に注意しなければいけないのは【魔王】の称号を持ったプレイヤーです。リコさんもそのひとりなんですが、彼らと遭遇したらエキドナに乗っていても危ないんです」
カンナの説明に、あん子も頷いて同意した。
「まあ、ほとんどの魔王は新入生オリエンテーションに参戦する気がないから、よほど運が悪くなければ大丈夫だろうが……決して油断はしないほうがいい。高天原のイベントではなにが起こってもおかしくないからな」
「魔王ねえ……」
プレイヤースキルにそれなりの自信があるハルキチは、自分とどちらが強いのかと気になり……そんな考えを呼んだのか、ニヤリと笑ったリコリスがハルキチを煽った。
「もしかしてハルハル、自分なら魔王に勝てるとか思ってる?」
「えっ!? いや……そんなことは…………」
図星を付かれたハルキチに、リコリスは不敵に瞳を輝かせる。
「なんなら後でボクと戦ってみるかい? 魔王と呼ばれる存在がどれほど理不尽か、キミの身体に嫌と言うほど教えてあげるけど?」
バニーガールからのわかりやすい挑発に、ハルキチは面白そうだから乗ることにした。
ゲーマーとして尊敬するリコリスの実力を確かめてみたいし、ここで高天原のトッププレイヤーと戦っておくことは新入生オリエンテーションで生き残るためにも貴重な経験となるだろう。
そしてラウラが操縦するキャラピラがダンジョンボスの蜘蛛男を擦り潰したところで、ハルキチはリコリスと模擬戦闘する意思を固めた。
「……べつに勝ってしまっても構わないのでしょう?」