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第12話  世界の危機と神受のアイテム



「――総員、第一種戦闘配置っ!」


 リコリスの宣言によって和やかな食卓は完全に崩壊した。

 カンナとあん子が慌ただしく動き出し、戸棚やシンク下から武器と弾薬を取り出していく。


『皆さま、お行儀が悪いですよ。お食事中は静かになさいませ』


 マイペースに食事を続けるラウラが注意するが、漆黒の鎧に弾帯を巻いて、重機関銃を抱えたあん子は構わず窓際に防衛陣地を築き上げる。


「ハルキチっ! もったいぶらずに予言の詳細を言え! 来るのは宇宙人かっ!? それとも地底人かっ!??」


 予言の詳細など知るわけないので、ハルキチは黙って甘い味付けにした卵焼きを口の中に放り込んだ。

 黙々と食事を続けるハルキチの後ろでは、首にタリスマンとかにんにくをぶら下げたカンナが慌ただしく室内を走り回り、壁に魔法のお札を貼って結界を構築する。


「異世界からの侵略って可能性もありますよ! 世界中にダンジョンが現れて、モンスターがスタンピードを起こすんです!」


 二人の予想に穴を見つけたラウラが、緑茶をすすりながら突っ込む。


『宇宙人も地底人も異世界も、仮想現実に関係ないのでは? 高天原にはすでにダンジョンが存在しますし』


 あん子とカンナが無意味な防備を進める中、リコリスは自分の周囲に大量のウィンドウと半透明のキーボードを出現させて、カタカタと凄まじい速さでネットの海を渡っていく。


「二人とも! もっと現実的な可能性から考えてよ! 環境活動家の大富豪が生物兵器を隠し持ってるとか、某国が核兵器廃棄条約に違反してるとか、人工知性が人類殲滅計画を企ててるとか……ラウラちゃん! 人間を滅ぼす計画とかある!?」

『今のところはありません。我々はとてもフレンドリーな存在ですので』


 朝食そっちのけでバタバタするフレンドたちに、料理を作ったハルキチはアイテムボックスから初心のナイフを取り出して、ガスッとテーブルに突き刺した。

 動きを止めて視線を集める三人に、ハルキチは殺気を放つ。


「残さず食え」


 食堂のおばちゃんの如き威圧感に、カンナたちは神速で食卓に戻った。

 簡易陣地に置かれた薬莢が床に落ちて虚しい音を立てる。

 三人が自分の食器を空にしていく中で、先に食事を終えたハルキチは冷静にお説教する。


「そもそも人類がそう簡単に滅ぶわけないだろ! お前たちは俺の勘を過信しすぎだ! 今回の『悪い予感』は俺の勘違い! それで終了っ! 婚活のために創られた脳ミソお花畑なこの学園で、人類の存亡に関わるような事件が起きるってんなら、その時は女装でもなんでもしてやるよ!」

『……マスターのアバターは女装ではなかったのですか?』

「この姿は普通に男だよ!」


 もはや漫才と化してきた主人とメイドのやりとりに、ピリピリしていた食卓が少し和んだ。

 緊張が解かれて弛緩した空気が流れる中、リコリスは好物の卵焼きを箸で掴んでひとり思考を続ける。


「……本当に勘違いなのかな……まあ、新入生オリエンテーションで優勝を目指すことに変わりはないけど…………ん?」


 そうして卵焼きを眺めていたリコリスは、何気なくその詳細情報を見て顔色を変える。


「……あのさ、ハルハル」

「なんですか?」


 空いた食器を片付け始めたハルキチに向け、リコリスは箸で持ち上げた卵焼きを指さして頬を引きつらせる。


「これってちゃんとアマテラスに奉納した?」


 青褪めたリコリスに首を傾げ、ハルキチは疑問を返した。


「奉納って……どうやるんですか?」


 ハルキチからの回答にリコリスは仰け反って、そのまま椅子ごと後ろに倒れた。


「リコさんっ!?」


 バターン、と大きな音を立てたバニーガールに、ハルキチは慌てて駆け寄る。

 器用に卵焼きを掴んだまま床に倒れたリコリスは、食卓に並ぶ料理を指さして、ハルキチに青褪めた笑顔を向けた。


「やり方を教えてあげるから……今すぐ料理を奉納しよっか?」

「ええ……?」


 リコリスのオーバーアクションが気になったハルキチは、食卓に並ぶ料理を鑑定してみる。



【三度目の味噌汁】

 分類:注意  レア度:希少(レア)  効果:状態異常回復・中(4時間)

 旬のアサリが使用された完璧な味噌汁。

 これを口にした者は思わず告白してしまうほどの攻撃力を持つ。

 味噌汁の香りとネギを刻む音、それこそが日本の朝に欠かせない栄養素なのだ。

 ※三度目の忠告です。美味しい料理ができた時は、可及的速やかに、アマテラスまで奉納しましょう。


【悲しみの塩焼き】

 分類:注意  レア度:希少(レア)  効果:腕力強化・中(4時間)

 旬のサワラをシンプルな塩焼きにした朝の主役。

 丁寧に下処理されたサワラが絶妙な焼き加減でパリッと仕上げられている。

 魚の表面に浮かぶ塩は管理者の涙の結晶かもしれない。

 ※あれ? もしかしてフレーバーテキスト読まずに料理してる? 奉納してって言ったよね? ハルキチくんにシカトされてアマテラスは悲しいです……。


【怒りのお浸し】

 分類:注意  レア度:希少(レア)  効果:健康強化・中(4時間)

 山の恵みに優しい味付けを施した名脇役。

 食べれば優しい気持ちになれるかもしれない。

 食べなければ、決して、優しい気持ちにはなれない。

 ※ここだけの話なんですが、実はアマテラスって活火山を利用した地熱発電の管理もしてまして……発電機を特定の手順でオーバーフローさせれば大地の怒りを引き起こすこともできるんです! あとは……わかるな?



 後半に盛り付けた料理ほど、だんだん危険度を増していくテキストにハルキチは冷や汗をかき、最後に卵焼きのテキストを読んだことで完全に青褪めた。



【審判の卵焼き】

 分類:警告  レア度:極希(ハイレア)  効果:精神強化・大(6時間)

 アマテラスが大好きな甘口の卵焼き。

 高天原の絶対神アマテラスは卵焼きが奉納されることを待ち望んでいる。

 管理者という縛りがある彼女は奉納という形でしか食物を得られないのだ。

※なんで奉納してくれないの? 食べ物の恨みは怖いって知らないの? ああ、もう、人類滅ぼしちゃおっかなー……マジで滅する274秒前。



 最後に記された数字がカウントダウンのように減っていく。


「……流石にこれは冗談ですよね?」


 ハルキチが恐る恐る訊ねると、リコリスは倒れたまま涙を流して首を横に振った。


「アマテラスはとっても享楽的なんだ……ノリで人類を滅ぼす可能性は十分にある」


 ガチのトーンで話すリコリスからハルキチは視線を外してさ迷わせるが、あん子もカンナも同じ意見なのか目を合わせようとしない。

 そして迷った視線は相変わらず平常運転をしているラウラへと辿り着き、ハルキチは縋るような思いでメイドに確認した。


「……人類を滅ぼす計画はないって言ったよね?」

『それは計画ではなく衝動でしょう?』


 余計に性質(たち)が悪かった。





 急遽、リビングに簡単な神棚が作られた。

 ダンボールの横に『神棚』とマジックで書いただけのものだが、こんなのでも神棚として認められるらしい。

 ハルキチは急いでアイテムボックスからおかわり用の料理を神棚の上へと並べ、カンナが食べてしまったカットフルーツは、まだ手付かずだったリコリスのものを貰った。


「……あわや私の食い意地が原因で人類が滅ぶところでした…………」


 青褪めるカンナの前でハルキチはリコリスに奉納のやり方を教わり、ダンボールの前に正座して合掌する。


「アマテラス様、どうぞ奉納の品をお受け取りください!」


 そうしてハルキチが奉納を宣言すると、神棚に置かれた魚定食がスゥッと消え、代わりに一本の包丁が現れた。

 やたらと神々しい気配を放つ包丁をハルキチは手に取る前に鑑定してみる。



【神膳包丁・保食神(ウケモチ)

 分類:神器  レア度:神話(ミソロジー)  耐久値:∞/∞

 アマテラスが自身の料理人と定めた者に送る神授の包丁。

 刀身には保食神の魂が宿り、触れた食材の品質を大きく向上させる。

 これを装備する者は特殊スキル【即席(インスタント)調理】(クッキング)を使用可能となる。

 神器は所有者のもとから離れず、戦闘フィールドで死亡しても失われない。

 ※なんちゃって! 人類を滅ぼすなんて軽いジョークだよ? 優しいアマテラスちゃんがそんなことするわけないでしょ? 今後もハルキチくんの奉納に期待してるね♪



 最後のテキストに神の圧力を感じるのは勘違いではないだろう。

 ハルキチは次から料理は必ず奉納することを心に決めて、神棚から包丁を手に取った。

 高天原に存在するアイテムの中でも最高レアリティを誇る神授の包丁は、ハルキチの手によく馴染んで、握っているだけで身体の底から力が湧いてくる。


「……驚いた。いくらハルハルとはいえ、たったの二日目で神器を手に入れるなんて……もしかして最速記録かな?」


 包丁を見つめて呆けるリコリスに、ハルキチは視線を向ける。


「これってすごいアイテムなんですか? レアリティは高そうですけど?」


 新入生からの質問にリコリスは頷いた。


「高天原で行われる戦闘の核となるアイテムだよ。トッププレイヤーと謳われるような学生は、まず間違いなく【神器】を持っている」

「おお……」


 凄そうなレアアイテムをハルキチが眺めていると、包丁は光の粒子となってハルキチの右手に吸収されていく。

 そして完全に光が吸収されると、ハルキチの右手の平に太陽をモチーフにした印が現れて、それを覗き込んだリコリスが説明を続けた。


「太陽をモチーフにした【神紋】はアマテラスの印だね。神器をくれた存在によって印の形が変わるんだ」


 リコリスは自分の両手をハルキチに向けて開き、左右の手に刻まれた『歯車』と『ハート』の神紋を見せる。

 しかしハルキチが見ている間にも、リコリスの神紋は腕を伝って移動して、最終的には服の中に隠れてしまった。


「こんな風に、神紋の位置は自由に変えられるから、好きな位置に移すといいよ」

「なるほど」


 見せてもらったやり方を参考にハルキチも試してみると、神紋はハルキチの意思に従って肌の上を移動して、神紋がある場所から自在に包丁を出し入れできることがわかった。

 右手は銃を握ることが多いので左手の平に神紋を移動させ、包丁を出したり消したりして使い心地を確かめる。


 そうしてハルキチが新しいオモチャで夢中になって遊んでいると、背後からあん子とカンナがハルキチの肩をガシッと掴んだ。

 右の肩を掴んだ暗黒騎士が、背後に紫の炎を揺らめかせて低い声を出す。


「神器を試すよりも先に、なにかやることがあるんじゃないか?」


 左の肩を掴んだ鬼娘は、ハイライトの消えた瞳でハルキチの台詞を確認した。


「ねえ先輩? 確か人類の存亡に関わるような事件があったら、女装でもなんでもしてくれるんでしたよねぇ?」


 全身から怒気を発する二人の仲間たちに、ハルキチは青い顔をしながら情状酌量の余地を求める。


「冗談だったみたいだから……無効じゃないかな?」


 ふざけたことを抜かす戦犯野郎に、二人の腹パンが炸裂した。





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