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第10話  朝市とお料理配信その2



 翌朝、4月2日の午前5時。

 朝日が昇る前に目覚めたハルキチは、現実と同じ体内時計で過ごせていることに感心し、客室のベッドから起き出した。

 となりのベッドで爆睡している専属メイドの姿に呆れつつ、ハルキチは日課となっている朝のストレッチを入念に行う。


 昨夜はあれから部活動の正式結成祝いとかでリコリスたちが泥酔するまでパーティーが続けられた。頭がフワフワする飲み物をたらふく飲んだことで流石のハルキチもほろ酔いくらいにはなったが、強靭な肝機能のおかげで宿酔が残っている気配はない。


 ストレッチを終えたハルキチは客室を出て、キッチンで白米を洗って炊飯器にセットしてから、テーブルに簡単な書き置きを残してジョギングをするため外へと向かった。

 朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、初心のジャージと初心の運動靴を装備したハルキチは走り出す。


 仮想現実空間でトレーニングを続けることに意味があるかはわからないが、現実にいるころは引きこもりで筋トレくらいしかできなかったし、たとえストーカーが現れてもアイテムボックスの拳銃で頭を吹っ飛ばせるこの世界で、ハルキチは思いっきり羽を伸ばしていた。

 途中から普通の地面を走るだけでは物足りなくなり、建物の屋根や塀の上などをパルクールのように走り出す。そうしてしばらく走り続けていると遠くに海が見えてきて、ハルキチは気の向くまま海までの道を全力で駆け抜けた。


 コンクリートで固められた防波堤へと辿り着き、潮風の香りにテンションが上がったハルキチは周辺の散策を行う。

 ジョギングで息を整えながら海沿いを見て回ると、そのうち賑やかに人が集まる漁港のような場所に出て、興味本位で近づいていったハルキチは水揚げされたばかりの魚が並ぶ魚市場を発見した。


 他にも生徒の姿がちらほろと見えるあたり、普通に買い物はできるのだろう。

 ハルキチはアイテムボックスに1万ENが入っていることを確認し、賑やかな市場へと足を踏み入れる。

 ねじり鉢巻きに長靴を穿いた漁港関係者たちが歩きまわる中でジャージ姿は悪目立ちするが、特に注意されることもなくハルキチは朝市の活気を楽しんだ。

 そうしていくつかの店を流し見していくと、生け簀がある魚屋の店主がハルキチに声を掛けてくる。


「――あっ!? もしかしてハルキチさんじゃないですか!?」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこでは日に焼けた女の子が魚をさばく手を止めて、ハルキチのことを見つめていた。

 その呼び名に覚えがあったハルキチは軽く照れながら確認する。


「えっと……昨日の配信のリスナーさん?」


 日焼けした女の子はハルキチの言葉に目を輝かせた。


「はいっ! 自分は【刺身ウオ】と申します! 自分も料理に興味があって、姉さんの配信には度肝を抜かれました! あんな風に鳥肉をさばいて、直火で肉が焼けるなんて……料理人として尊敬しちゃいます!」


 姉さん呼びが定着してしまったことは悲しいが、褒められるのは素直に嬉しい。


「あ、ありがとうございます」


 女の子からの称賛に、ハルキチは照れ照れした。

 わりとチョロそうなハルキチの反応に、刺身ウオと名乗った少女はイケると思ったのか、さらに距離を縮めてお願いをする。


「あのっ! よかったらなんですけど……今度は魚料理を作ってみてもらえませんか? うちの店の魚でよければ好きなだけ差しあげますから!」


 女店主からの破格の提案に、昨日の約束が気になっていたハルキチは飛びついた。


「それじゃあ、ここで配信してもいいでしょうか? すぐに終わらせますので」

「ええっ!? それはもちろん構いませんけど……」


 女店主の承諾を得たハルキチは、昨日の要領を思い出しながら配信の枠を立ち上げる。

 急な配信だったから人は集まらないと思っていたが、意外と朝早くでも反応する生徒はいるらしく、すぐに数十人のリスナーが集まってきた。

 ライブ配信の開始と同時に召喚された目玉カメラへとハルキチは挨拶する。


「おはようございます、ハルキチです。昨日の約束どおり、これから二回目のお料理配信をしようと思います」


【急だな!?】

【待ってた!】

【なんかすごく魚臭いんですけど??】


 リスナーたちの反応に、ハルキチは状況を説明した。


「今日は朝から港に来ていて……だから魚臭いのは勘弁してください。それで現地の魚屋さんと知り合ったんだけど……紹介しても大丈夫ですか?」


 ハルキチが確認すると、女店主はブンブン頭を縦に振る。


「だだだ、大丈夫ですっ!」


【キャンプ飯の次は港とか、姉さんの行動力が半端ないw】

【魚屋の店主って誰よ?】

【声からすると女の子みたいだけど……どこかで聞いた覚えが……?】


 ハルキチが女店主の許可を取ると、目玉カメラは二人の姿が映るようにカメラの角度を自動で調整してくれる。

 そうして自分の姿が映ると、魚屋の女店主は慣れた様子でカメラに向かって自己紹介した。


「うおっす! お魚大好き系配信者の【刺身ウオ】です! 今日はたまたま通りがかった姉さんの配信にお邪魔させていただきました!」


【うおっ!? 刺身ウオちゃんだ!?】

【うおっす! まさかの2回目でコラボ配信!?】

【うおっす! お料理系配信者四天王の一角が現れやがった!?】


 すごく慣れた感じの女店主とリスナーたちに、ハルキチは冷や汗をかいた。


「……もしかして、刺身ウオさんって有名人だった?」


 初対面で駆け出しの配信者が有名配信者とコラボするなんて、とても失礼なことをしているのではないかとハルキチは焦る。


「い、いえっ! 自分なんて大したことないです! 雑魚もいいところです!」

「…………本当に?」


【ダウト】

【ウソつけ!】

【すいません姉さん、その子フォロワー数20万人の人気配信者なんですw】


 リスナーからの告発に、ハルキチは刺身ウオさんへと頭を下げた。


「生意気にコラボ配信なんて初めてすみませんでした!」

「いやいやいやっ! 頭を上げてくださいっ! 【恋旗殲滅団】のハルキチさんと言えば、今や最もホットな新入生なんですからっ! 自分のような小魚を超えるなんて時間の問題ですよ!」


 身体の前で手をパタパタさせる刺身ウオさんの発言に、


「……なんで俺がフラグブレイカーズに入ったことを知ってるんですか?」


 ハルキチは首を傾げる。

 訊かれた刺身ウオさんはハルキチの質問に困惑しながら正直に答えた。


「えっと……昨日から大量にネットニュースが流れていましたよ? リコリスさんとか、あん子さんとか、カンナちゃんとか、有名な生徒が大喜びの報告をSNSにアップしてて……ハルキチさんはメイドマスターさんの件でもニュースになっていましたから、新入生以外の生徒はだいたい知っているかと……」


 どうやら酔っ払いたちの暴走が、ハルキチの名前を売りまくったらしい。

 恐る恐る自分のアカウントを確認してみると、いつの間にかハルキチのフォロワー数は3万人を超えていた。

 たったの一日で一万倍まで膨れ上がったフォロワー数にハルキチは頭を抱える。


「なんてこった……」


【あれ? もしかして姉さん知らなかったの?】

【自分のまな板に手を当ててみなさい? ルナ射とか、森の悪魔とか、飯テロ配信とか、バズる要素は星の数ほどあるでしょう?】

【姉さんたったの一日でやらかしすぎww】


 どうやらハルキチの悪行もすでに知れ渡っているらしい。


「そ、そんなわけでハルキチさんは私よりも有名ですから、コラボの件は気にしないでください」

「うぐっ……すみません」


 刺身ウオさんのフォローで復活したハルキチは、とりあえずお料理配信を始めることにした。

 気づいたら同時接続者数が2000人を超えているし、配信が長引けば長引くほどハルキチのフォロワー数は庶民の心臓に悪いペースで急増していくだろう。

 フォロワー数が増えるのは嬉しいけれど、それでもいきなり何十万人ものフォロワーを抱えるのは恐ろしい。

 巻き込んでしまった刺身ウオには申し訳ないが、ハルキチは一刻も早く配信を終わらせたかった。


「刺身ウオさん、生け簀のアジをもらってもいいですか?」

「もちろんです!」


 超特急で魚料理を作ることにしたハルキチは刺身ウオの許可を取り、生け簀から活きのいいアジを選んでまな板と包丁も借りる。


【今日はなにを作るのかな?】

【わくわく】

【わくわく】


 まな板を洗い流したハルキチは、ぴちぴちと手の中で暴れるアジと包丁を構えて、精神統一しながら今朝の献立を発表した。


「これから我が家に伝わる方法でアジの活け造りを調理します。あまり一般的な方法ではないというか……むしろ一発芸に近い調理法ですが……よろしければご観覧ください」


 解説を終えたハルキチは「ハッ!」と気合を発しながらアジを宙へと放り投げ、放物線を描いて落下してきた魚に神速で包丁を走らせる。


「ええっ!!?」


 刺身ウオが驚愕する中、可食部を綺麗に切り取られたアジの頭と背骨が先にまな板の上へと落下し、続けてヒラヒラと薄切りにされた刺身が背骨の上に舞い降りた。

 ハルキチが振り抜いた包丁の腹には内臓が並んでいる。


【いやいやいやっ!? これは断じて一発芸の域ではないっ!!】

【ごめん、ちょっとまばたきしてて、見てなかった……】


 そして二秒とかからず調理を終えたハルキチは、まだ魚が生きた状態の活け造りに醬油をかけて、昨日と同じ100ENで配布販売に登録した。


「頭が死ぬ前にご賞味ください」


【……頭が死ぬ前にご賞味ください? なんだこのパワーワードは??】

【……信じられるか? 俺の机に頭と骨だけで生きた魚が送られてきたんだが?】


 さっそく料理を購入したリスナーたちから、次々と困惑のコメントが届く。


「刺身ウオさんも、よかったらどうぞ」


 ハルキチに促された刺身ウオも、生き生きとしたアジの刺身を食レポした。


「!? 口の中で刺身が跳ねてますっ!??」


 未知の体験に、刺身ウオは目を白黒させる。

 続けて味見しながら刺身の説明文を読んだハルキチは、自分の包丁さばきが未熟なことを痛感した。



【神技・アジの真正活け造り】

 分類:料理  レア度:極希(ハイレア)  効果:生命力強化・大(6時間)

 新鮮なアジを文字通り生きたまま刺身にした活け造り。

 神の如き包丁さばきによって45秒間だけレア度が上昇している。

 本当に新鮮な刺身には薬味など不要なのだ。

 ※できれば45秒以内にアマテラスに奉納してください。



「45秒か……」

「な、なにか不満があるんですか?」

「……いや、不満ってわけじゃないんだけど……俺の母さんが調理すると5分は魚が死んだことに気付かないから、まだ研鑽の余地があると思って……」


 ハルキチの常軌を逸した回答に、刺身ウオは深淵を垣間見た心地となる。


「……そのお母様って、人間?」

「……たぶん」


 そして駆け足で配信を終えたハルキチに、リスナーのひとりが突っ込んだ。



【こういうことやるからバズるんだよ……】








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