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悩んでも、シリアスさんは隣にいてくれない。



 窓ガラスが割れてしまったせいなのか、それともディーのテントのほうに損害があったのか。

 僕の窓は異世界に繋がらなくなってしまった。



 ちなみに、窓の修理はまだ終わっていない。ガラスが入れば何か変わるのだろうか?

 時折、もしかして今なら、なんて思ってこっそり開けてみるけど、お隣さんの家庭菜園が見えるだけ。

 さすがに家屋に対する損壊なので母にも一応メールした(父は老眼すぎて読んでくれない)のだが、返事は「あんた何してんの。ガラスで骨折するとか器用だね」みたいな勘違いした文章…がタイトル部分にみっしり書かれていた挙句、案の定途中で切れていてよくわからないのであった。

 添付されていたのは東京タワーと草津温泉の写真で、やっぱり居場所の特定は出来ない。わかったのはスカイツリー派ではないということだけだ。また東京行ったの? 忘れ物か何か?

 老人がスマホを使いこなす時代に、うちの両親はどうしてこうなのだろう。と、思ったけど僕も未だガラケーでした。血筋かなぁ。

 電話が来ないということは、返信を要約すると「あんまり心配してない、適当に頑張れ。欲しいお土産ある?」とかだったのだと思う。

 僕としても頼りがいあるじーちゃん達が近くにいるのでそこまで困ってないし、まかり間違って旅行を中断して帰ってきてしまった、なんてことになるよりはずっといい。


 窓はじーちゃんの知り合いがお手隙の時を見計らってお手頃価格で直してくれるという。

 しかし、その分向こうの都合次第なのでいつになるかはわからず。

 ビニール張って補修してはあるけど、隙間風さんが遠慮なく来訪される。落ち着かない。辛い。

 床に穿たれた矢の跡も、悲しいが未修理だ。

 ホームセンターに床のキズやヘコミを直すグッズが売っているらしいのだが、既にちょっと面倒になってきている。

 いいんじゃね、床はもう。傷なんて模様替えしたときにだって付いてるしさ。


 意味もなくガラケーをパカリと開くことが増えた。

 …電話も繋がらなくなった異世界が、一体どうなってしまったのか、ずっと気になっている。

 ヒューゼルトに拮抗する腕の襲撃者というのは、僕が見る限り初めてのことだった。

 ディーが「危ないから帰れ」という意味のことを言ったのも。

 彼らは怪我をせず無事に帰れたのだろうか。そんなことすら、知る術がない。

 そのせいなのか、最近「元気ないね」とか「妙に静かだ」とかよく言われる。

 元々そんな溌溂としてないし、そこまでベラベラ喋ったりもしてないつもりだよ。


「須月、何かボーッとしてるけど大丈夫か?」

「馬っ鹿。柾宏はこの前、弓矢で狙撃されたらしいぞ、新聞に載ってた」

「心の傷が癒えてないんだぞー」

「まじかよ、意味わかんねぇ」

 酔っ払った友人達がゲラゲラと隣で笑う。

 あ、うん。僕もそう思うよ。

 でも大変だったんだよ、ホント。

 警察も来るし、なぜか足の指の骨にヒビとか入ってるし、僕も全く意味わかんないよ。

 足は、まぁ多分、窓枠か本棚のどっちかにぶつけたんだとは思う。

 痛いけど出勤できるから仕事も休んでなんかいないさ。

 …歩きにくいだけで、意外と歩けるんだ。豪快に足が折れてればサボれたのに。

 でもそうしたらもっと痛いから、やっぱりこの程度で済んで良かったかな。

 ギルガゼートの魔道具が発動するレベルの衝撃であったのなら、本棚も壁もすり抜けて階段から転げ落ちていたかもしれない。何にしても今より酷いことだろう。

 ズルズルローブなんて着てたから、矢は自作自演じゃないかなんて疑われたりもした。

 窓ガラスは外から割られているという調査結果により、無実は証明されたけどね。

 服については、友人の劇団でエキストラをやる予定があって、その衣装が届いたので試着していたと苦しい言い訳をしておいた。

 以前の劇のときの写真ですー、と水晶の森で撮った集合写真を見せたため、周囲は「意外と本格的な劇団なんだね」と納得してくれた。

 部屋着がコスプレな日常を送っていると思われたら困るもんね。

 あと、あの矢、警察に回収されたちゃったんだけど、大丈夫かな。

 出所や犯人なんて見つけられっこないから迷宮入りは確定だけど、せめてこっちにもある材質で出来てるといいな。

「えー、新聞に載ったの?」

「ちっちゃい地方紙だよ」

「そりゃ、全国ニュースにはならないだろうけど」

 からん、とグラスの中の氷が鳴った。骨折にしみたら困るので僕はウーロン茶です。世知辛い。

 久々に友達から飲み会のお誘いが来たから、気晴らしに参加したんだけど。

 いつの間にか溜息をついていたり、話を聞いていなかったりしてイマイチ楽しめないでいる。

「…だろ。俺ならそんなところかなー。柾宏は?」

「ふぉい?」

 聞いてなかったわ。

 突然の名指しに慌てて顔を上げれば、友人達は呆れたような顔をしている。

 何ですかね、そんな重要で真剣な話題がこのメンバーで繰り広げられていたとは思えないのだけど。

「だから。ドラたんの秘密道具がもらえるなら、柾宏はどれがいいって?」

 あ、本当に全然重要な話なんてしてなかったね!

 思わず苦笑すると、周囲はどの道具がいかに優れているかという白熱した議論を始めてしまう。

 うーん。さすがのドラ様といえど、異世界を繋ぐ道具なんて持っていないよなぁ…?

「やっぱりドアかな…アレが一番可能性がありそうだ」

 どこでも行けるドアなら、異世界へだって行けるかも知れない。

 ぽつりと呟くと、誰かがそれを拾い上げたようだ。

 つついてやらなくたって、酔っ払い達は簡単に盛り上がっていく。

「だよな。ドアが一番実現する可能性が高いよな!」

「いや、アレだけはどう技術が進歩したって無理だろうよ」

「そんなことより俺は剥き身で出されるコンニャクが不衛生でないのかが気になって仕方がない」

「この潔癖症め!」

「個別包装されていないうえに、猫が素手で掴んでいるんだぞ! 味噌はかかっているのか、練り込まれているのか!?」

 本当にどうでもいいよ!


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