ミリメシがマズイ。
僕らはテントで夜を明かすこととなった。
呼べばいいじゃない、携帯でリルクス君を。
そう言ったら、ディーはそっと目を逸らして「すまない。城に携帯を忘れた」と呟いた。
僕はそれ以上口を開くことなく、そっと反対方向へと視線を投げた。
レッグバッグを散々漁ってみたが、僕も家にガラケーを忘れてきていたのだ。
ディーと同じ行動をしたことに気付くと不安になる。
その前から同じ行動してなかったかな。知らない間にシンクロしまくってないかな。
でも例え何百と同じ行動を重ねていたとしても、2人とも同じ世界にいるんなら、更に世界を繋ぐことはないよね。
「念の為に、テントの窓から来てて良かったよね。お陰でいつでも帰れる」
こんなこともあろうかと、というヤツだ。
先見の明だな。まさかあの魔王、本当に僕らを放り出して帰ってしまうとは思わなかったけど。
ガラケー? 取りに帰れるよ。
帰れるから、リルクス君なんて呼ばなくて平気だもんね。ふんっ。
そしてギルガゼートはここに来たことがないので空間転移では来られない。
ドラゴン退治で砦に来たことあるんじゃなかったかな?と思ったけど、どうやら「砦には寄らずにひたすらにドラゴンを追い掛け回していた」が正解らしい。
その辺の平原しか記憶にないので上手く転移できそうにないようだ。
城まで戻るかテントから帰るかといわれれば、もちろんテントから帰ります。明日仕事だから。
でもキャンプ気分で泊まってみます。いつでも帰れるから。
「エアデ砦に泊めても良かったのだぞ?」
ディー達は空間魔法でホイホイ飛んで歩いているのを広められてもアレなので、馬車で来ていた。
僕も行きは砦以降の行程から合流していたわけだけど、帰りは王都まで戻ってギルガゼートに結果を伝えてから帰ろうと思っていたんだ。心配しているだろうから。
まぁ、不可能になりましたけどね。
「いや、砦での宿泊はいいよ。ほら、お仕事中の軍人さん達の邪魔なんかしなくったってね」
知らないムキムキに囲まれるとか普通に怖いし、男所帯でなんか臭そう。
本音と建前を華麗に使い分けつつ、ヒューゼルトが作ったスープを一口飲む。
「あれ? しょっぱい」
…作ってもらっておいて何だけど、これ、あんまり美味しくないよ。
そう思いながらよく見ると、野菜の切れっ端と分解された肉が沈んでいる。
ヒューゼルトが清貧に目覚めたのでもなければ、あんまりな内容だ。
「ねぇ。もしかして、これって軍用食?」
「うむ、干し肉と乾燥野菜を戻して作ったスープだな。不測の事態が起きてすぐ帰還できない場合に備え、砦で分けてもらってきたのだ」
作った当人ではなく王子様が答えてくださる。
ちらりと本日のコックを見てみると、護衛兵は威嚇の睨みを放って来ていた。
その目は確実に言っている、「黙って食え」と。
自分でも美味しくはないってわかってる顔してる。不本意全開の顔してる。
「…ヒューゼルトが作ってもこれなら、普通の軍人さんが作ったらもっとマズイかもってことか」
この汁の変なしょっぱさって、干し肉が悪いんじゃないかな。どこか生臭さの残る…待って、これ、何の干し肉?
聞きたい。けど、聞くと後悔するかもしれない。
僕は、護衛兵の無言の圧力に従い、黙ってスープを喉の奥へと流し込んだ。
生臭しょっぱい汁に眉が寄る。
正体不明の野菜が固くてボソボソしてる。ヒューゼルトの調理が失敗しているとは思えない。きっと野菜は、水で戻しきってもこのザマなのだ。
時折掠める砕け散った肉のカケラはパッサパサの繊維でしかない。タコ糸でも混ざり込んだみたい。
なんでスライスとかで入れないんだと思ってたけど、そんな大きさで入っていたら、もっと生臭くてしょっぱいんだろうね。
舌触りも味も悪い、いいとこなしのスープである。
そんな中、差し出されるのは携帯食。いや、だからこれは味以前に、まず噛めないんだってば。
仕方ない、このスープで腹を膨らせる作戦に…。
「ぐぅ、マズイ!」
底のほうがジャリジャリしてる! なぜだ!
もう一杯なんて全然無理だった。飽食の時代に生きる日本人をなめてるのか!
うう、それでも、馬鹿みたいに砂糖の味しかしなかったあの国の料理よりはマシなのかな?
比べがたき異世界のマズメシよ…。
「黙って食えと言っただろう」
「言ってないもんね! 睨まれただけだもんね!」
黙っていることなんて無理だった。
キャンプで食べるスープは、ホッとできる味じゃないとダメだろ!
異世界の糧食業者はアテにならない。わかっていたつもりだったけど、まだまだ「つもり」だったみたいだ。
…僕は誓うよ。
あのお湯で溶かす粉タイプのコーンスープをレディアに差し入れし、こっちでフリーズドライを研究してもらうことを。
大丈夫、レディアならきっと何とかしてくれる。
レディアの技術力は異世界一ィ!