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OHANASHIしよう!



「今回のことは不幸な誤解が重なったものだと思う」

 外面完璧外交モードでディーが言う。

 こちらのチームは誰一人紅茶に手をつけない警戒ぶりである。

 っていうか「お前のお茶なんか飲めるか!」みたいな、多分コレ正面から失礼な感じなんじゃないかな?

 初っ端から外交の手段、間違えちゃってないかな?

「失礼。…マサヒロ、これをやろう」

 気を使ってカップに手を伸ばそうかと逡巡する僕に気付き、ディーはポケットからそっと取り出した飴玉をくれた。

 あ、はい。紅茶飲んじゃいけないんだね。意図的に失礼にしてるんだね。わかった。

 あと、この飴見たことあるな…この間職場で貰ったけど食べないで持って帰って…机に置いといたヤツな気がするな。

 失礼でもいいというお墨付きを得た僕は、ぱりっと小袋を破いて飴玉を口に入れる。

 これ、しゅわしゅわするヤツだ。ディー、食べなくて良かったな。きっとまだ耐性ないぞ。

「先日の非礼な文書については、私個人へ宛先を誤って届けられたものと判断し、この真摯な会合を以って水に流して差し上げよう」

 曰く「奴隷横取りとか何言ってんの、無礼千万。ウチに喧嘩売ったとかモチロン間違いだよねぇ。いい子でお話できたらそういうことにしてあげるよ、このディーエシルトーラ様個人の采配でねっ」とのこと。

 えげつなかった。外交って怖い。飴玉、喉に詰まるかと思った。

「そうは仰いますが、ディーエシルトーラ殿下」

 対しますは、むちむちぼいーんの残念なオッサンと、がりがりすとーんの神経質そうなジーサン。

 ジーサンがどうやらこちらの王族らしいのだが…王でも王子でもない。もちろん先王でもない。

 …なんか、まあ王家の血を引いてる一族の誰か。

 先王の弟の子供…ってことは甥かな。それの子供?みたいな?よくわからん。

 確かにちょっと権力あって面倒だけど、本来は直接、国VS国についてOHANASHIしていい位置にはない人なのだという。

 ちなみに、ディーはそこそこ自分で決めて交渉していい位置にいる人です。…だからこそ今回の件では、失態だと叱られたようだけれど。

「貴方が空間魔法使いを庇護下に置かれているのは確かなのでしょうっ」

 ふすんふすんとムチムチオッサンが鼻息を荒げる。

 ああ、気になる…鼻息荒すぎて、オッサンの胸ポケットのチーフがそよいでしまっているの、とても気になる。

「それはまた別の者でな。まず、順を追って話そうか」

 すっとディーの手が僕を示す。僕は相手方へニッコリと笑って見せた。

 お年寄りには好評な僕のお愛想スマイルなのだが、目の前のオッサンとジーサンには効果がなかったようだ。

「私が目をかけている詩人だ。出先で魔物に襲われてはぐれた際に、ならず者に捕らえられてな。彼が奴隷商に流れてしまったのが事の発端となる」

 僕が売られた奴隷商には、先客がいた。

 そう、少年と、空間魔法使いである。

 捕まった日の詳細など、どう転んでも相手にわかるはずもないので、ここで当社比一名の増員が決行された。

 奴隷商は幻聴からの解放と引き換えに、口裏合わせを承諾した。

 むしろ、何か僕にすごい感謝していた。死刑確定かと思ってたら労役にしてくれるって言うし、ぴろりぴろりの幻聴取ってくれるし、何もかも詩人が良きにはからってくれたんですね!みたいになってた。

 僕がしてあげたことといえば、リラクゼーションCDを貸したことだけである。

 でも、元凶の電子音が鳴るオモチャをディーに与えたのも僕です。

「どこかで情報が混濁したのだろう。そこに捕まっていた少年というのが、詩人が連れ帰ってきて面倒を見ている孤児だ」

 別人だよ、だから空間魔法使いを保護しているなんて言いがかりだよ、という主張だ。

 もちろん相手だって、そんな言葉を簡単に信じるわけがない。

「…すると、もう1人の空間魔法使いというのは?」

「俺だ」

 出番とばかりに声を上げたのは、王子並に偉そうな態度を取っているリルクス君。

 相手が何か言いそうになった瞬間、ディーが言葉を発した。

「彼が空間魔法使いだということはこちらも確認している。だが詩人の顔を見によく来訪はするものの、我が国で身柄を拘束しているわけでもなければ、管理しているわけでもない相手だ」

「ほう。で、あればこのまま置いて帰っていただけるのですね」

「お前は馬鹿か」

 リルクス君の挑発が絶好調すぎて僕が冷や冷やする。

 相手方は何を言われたかわからずにきょとんとした。

 ディーがにこやかに頷いた。

「彼が望むのであれば、私としては引き止める術を持たない。しかしながら、元々彼はビルディスを拠点としているらしい。ルドルフェリアを出奔した旅人であるそうなので、ビルディスの国民というわけでもない」

「ビルディス…あんな獣臭い国を根城にしていたのか。安心するといい、今後は我が国が責任を持ってお前を…」

「だから、お前は馬鹿か? 俺は奴隷じゃない。所有される謂れはない。殺すぞ」

 わー、犬耳王子の国の名がこんなところで発覚したぞー。

 っていうかさ。おかしいな、あれだけ会議に参加していたはずなのに、彼らの発言や行動に驚かされてばかりいる。

 報告・連絡・相談はどこへ行ったのですか。上司でも部下でも同僚でも、ちゃんとホウ・レン・ソウだよ!

 僕が常識的な大人だったら、あんまりなリルクス君の態度に胃が痛くなってきたところだ。社会不適合者で良かった!

「…ディーエシルトーラ殿下。その奴隷は道理を弁えておらんようだが…躾は飼い主の責任ではございませんかな」

 ぎりぎりと音が聞こえそうなほど歯を食いしばっているムチムチの横で、ガリガリが不機嫌そうに抗議する。

 ディーは、爽やかに微笑んでいる。

「奴隷と申されるが、どんな契約で縛っている? 彼は旅人であり、そもそも私の管轄にないと申し上げたはずだ。貴殿らが、見当違いの無礼な文書を送りつけてきたのであろう」

「なに…?」

「たまたま国境近くの砦を視察に来る用事があったので、ついでに文書の誤送付を知らせてやるくらいのつもりで来たのだがな。部下でもない一般市民の旅人を…他国の王族である私に、探させて、連れて来させたわけだが?」

 ガリガリは事態の重さにようやく気がついたようで、ぶるぶると肩を震わせながらムチムチを見た。

 ムチムチは相変わらず意味がわかっていないようで、赤い顔でムフームフーと鼻息を荒くしてい…いや、もしかして通常の呼吸音かな? 暑いのかな?

 ガリムチチームは体型も正反対過ぎて面白かったのだが、今はガリが真っ青になっているため顔色も真逆だ。

「この件は、スオウルード国王より後日、正式に抗議させていただく」

「…ま、待ってくれ!」

 ガリガリは慌てていた。

 見当違いの無礼な文書をキッチリ訂正入れて突っ返された挙句に、王からの正式な抗議を送られては、如何に隣国の王族とはいえガリガリは無事にすまないだろう。

 王から正式に出される抗議の威力は、ディー宛に届いた抗議文のようなちゃちなものではない。

 隠し立てするものでもないから他の国にも聞こえちゃうし、つまりは自国が周りから全力で侮られる要因ともなるのである。

「真摯な会合を以って水に流すと申し上げたはず。貴殿らの態度は、およそ他国の王族を迎えるようなものではなかったな」

 ガリガリは擁護していたはずのムチムチを睨み付ける。

 ムチムチは未だに、状況が飲み込めていないようだ。

「俺の存在を忘れているようだが」

 ここで口を開いたのは、まさかのリルクス君。

 驚かないところを見るに、ディーもヒューゼルトも打ち合わせ済みのことのようだ。

 連絡網を途切れさすな! 僕までの申し送り! 切に望むよ!

「俺は常に、空間魔法使いだということを隠さない。空間魔法使いを奴隷にするだのという馬鹿どもを返り討ちにするためだ」

 リルクス君は脳トレの如くゆっくりと笑い顔を作っていく。

 え、笑った!? 装備の能面が外れてるけど、防御力とか大丈夫かな!?

「そういう奴らがいるから、同胞がルドルフェリアを出ない。出ないから、黙々とアイテム袋なんか作るのが正しいと思い込む」

 リルクス君には、この件に関して鬱屈した思いがあるようだ。

 よし、死ね!グサッ!って簡素にやる子だと思っていたのに、言わねばならないとばかりに、溜め込んだ思いを長々と吐き出し続けている。

「お前らは知らないだろう、ルドルフェリアでは如何に効率よく均一なアイテム袋を作るかが重要なんだ。あそこはアイテム袋工場だ。空間魔法の可能性など誰も追求しない。ただただアイテム袋を作り続けるんだ。せっかくの空間転移も使えるのはもはやごく一部の者だけ。この能力が、たかが袋を作り続けるだけなんかであるものか。幾らでも色んなことができるのに、お前らみたいな奴らがいるせいで、空間魔法は衰退したんだ。俺が、あの閉鎖されたルドルフェリアで、どれほど不可解なものを見る目で見られてきたことか。俺から見れば、アイテム袋を黙々と作り続ける同胞のほうが余程変人の集まりだ。しかし同胞は悪くない。お前らがそうしたのだ。お前らが。…死ね。殺す。いいや、楽には死なせん…」

 リルクス君の怒りを正面から受け、ムチムチが真っ青になっている。今にも失神しそう…あっ、白目剥いた。

 ディーはどこからともなくマイボトルを取り出して、持ち込みのコーヒーを飲んでいた。

 僕の持ってるのと同じ色と形だが、犬シールがでかでかと貼ってあるので間違いなくディーのである。

 皆が漢字読めないからって、ここでそれ使っちゃうか…っていうか紅茶飲んじゃいけないなら、僕も飲み物持って来れば良かったな。

「ちなみに彼は空間魔法だけではなく、剣技にも精霊魔法にも長けているぞ。うちの詩人も、一瞬で串刺しにされたことがあるな。無事に生還できたのが奇跡だ。…リルクスは、ビルディスでは魔王と呼ばれているそうだ。身体機能の優れた獣人達でも、誰一人勝てる者がいないらしい」

 ガリガリが慌ててディーに懇願した。

「ディーエシルトーラ殿下! く、空間魔法使いを抑えてください!」

「私は「こういう話があるが、一緒に来ないか」と誘っただけでな。なにせルドルフェリアの人間だろう? 彼には私の命令など聞く理由もないのだ」

「そんな! あ、あなたくらいしか止められる人間はいないではありませんか! 詩人殿! 詩人殿もそう思われませんか!」

 与しやすそうだと見られたか、突然僕に話題が振られた。

 思われるかどうかと言われれば、まあ、思われるよ。

「確かに、物理的にもリルクス君と戦えそうなのってディーしかいないしね。でもなんせ魔王級と伝説級の戦いだもんな。この建物って無事に済むのかな?」

「ひっ!?」

「ふむ。力ずくで止めるとなると、ここを更地にする覚悟がいるな。ヒューゼルトは巻き込まれるほど弱くはないので良いのだが…」

「僕のことなら心配しなくっていいよ。魔王級の攻撃からすら確実に僕を守ってくれるあの魔道具を、ちゃんと装備して来てるからね!」

「そうか。ならば安心だな。遠慮なく全力が出せそうだ」

「や、やめて! 戦わないでくださいっ!」

「止めろといったり止めるなといったり、貴殿は忙しいな」

 はっはっは、とディーが笑い飛ばした。

 ムチムチがダウンしたことで味方を失ったガリガリは急速に勢いを弱め、空間魔法使い要らないよ!狙わないよ!と宣言した。

 素晴らしい。これで我々の任務は完了だ。

「…皆殺しにしたい。途中から本気でイライラしてきた」

 完了じゃなかった。

 荒ぶる魔王に慄く僕とガリガリの横で、ディーは「ふむ」と小さく呟くと懐中時計を取り出して時間を確認した。

「そうか。しかし、リルクス。そろそろ夕食の時間ではないか?」

「大変だ、俺は帰る」

 自由人な空間魔法使いは挨拶というものを知らないかのようにその場で掻き消えた。

「…き、消えた…」

「空間魔法使いを探されていたのだ、空間転移にそう驚くこともあるまい。どうやら見逃してくれたようだから、わざわざ貴殿を殺すためだけに再度訪ねてくることはないと思うぞ」

「そ、そうでありましょうかな。…いや、この度はご迷惑をおかけして大変申し訳なく…」

 ガリガリとディーが会談終了モードに入っている。

 僕はしかし、リルクス君が消えた空間を呆然と見つめることしか出来ない。

 …おい。

 おい! 帰り道はどうすんの!

 僕、明日仕事だよ!?


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