前へ次へ
94/102

作戦会議。



 大事になってきた。

 リルクス君にお出まし願えば解決だと思っていたのに、隣国の貴族から王族を経由して、ディー宛の抗議が来たのだ。

 曰く「ウチの奴隷を横取りしてますよ、早く返しなさい。一刻も早く連れて来なさい。こんな非道なことをしたんだから賠償はいただけるんでしょうね。公にされたくないのなら、当然、賠償には色をつけてくれると嬉しいな」とのこと。

 うーん。

 …うーん。

「すっごい神経してるよね、この人」

 現代日本感性の僕からすると、もう有り得ないにも程がある。

 非合法な人身売買に手を染めて、手にも入れてない奴隷の正当な所有権を主張して、返還希望から損害賠償まで求めてんだぜ。

 それも、こっちの農村で売買された子供をさしているのであれば自分の国由来の奴隷ですらない。

 僕よりツラの皮厚いってことだけでも驚きなのに、こんな内容で国を相手取って交渉しようってんだから。

 異世界、怖いわー。裏社会の人間が、全然闇に潜もうとしませんわー。

「…この件が明るみに出てしまったため、一通りの説明はしたのだが、とても怒られている」

 ぽつりとディーが呟いた。窓越しのその姿は、どことなく憔悴して見えた。

 怒ってるのは、おとーさんかな? それとも、おにーちゃんかな?

 もしかしてダブルかもしれませんね。

「ギルガゼートを相手方に渡せとか言わないよね?」

「そんなことは言われていない。しかし、事をどのように収めるべきかで揉めている」

 他国が付け入る隙を与えてしまった…ということになるのだろうか。

 残念な性格を一生懸命隠して、何とかうまくやってきたのにね。

 原因の一端が僕にないかというと、そうとも言い切れないかもわからないので、僕も必死にない知恵を絞ってみる。

 しばし考えてはみるものの…うん、ない袖は振れないのかも。

「やっぱりリルクス君に頼もうか。そんで、奴隷じゃないよ、元々犬耳王子の護衛なんだよって言うの。そんな人材奪おうとしたら、さすがに向こうの非だよね?」

「…お前…いざこざをディーニアルデに押し付ける気か」

 違うっつーの!

 ディーはどうしても僕を外道に仕立て上げたがるから困る。

 僕のモットーはラヴ&ピースだよ。嘘だったよ。

 でも平和が一番なのは本当。

「王族の護衛兵士が、簡単に奴隷商に捕まることもおかしいだろう」

「えっと、わざと捕まったんだよ、同じような状況にある同胞がいないかと思ってさ」

「王子の護衛という仕事を放棄してまでか?」

「…ぐぬ」

 僕は溜息ひとつを落として、ディーに宣言した。

「2人で悩んでてもダメだ。ギルガゼートが落ち込むかもしれないけど、皆で話そう。会議すればいい案が出るかもしれない」

 三人寄れば文殊の知恵っていうよ。

 五人くらい集まったら、無敵かもわからないじゃないか。

 うっすらとディーが笑った。

「…センドー多くして船山に登るという」

「日本語をかなりモノにしてきている! でも今、希望を叩き潰すようなこと言っちゃダメだよね!」

 罰として、窓枠の中心に置いてあったクッキーの皿を僕の部屋側に下げる。

 すぐさま伸びてきた手が、皿を中心へと引き戻した。

 …食欲あるなら、さほど落ち込んでないな。

 皿の取り合いしてクッキーを床にばら撒いたら困るから、大人しく手を離してやろう。

 僕が非力で、運が良かったな!

「マサ、ヒロ…飲み物を…!」

 おい、王子が頬袋作るな。

 食い意地の張ったディーは、皿を奪われないようにとクッキーをハイスピードで口に入れたため、口中の水分を失ったらしい。

 のん気にもおかわりしたコーヒーを飲み干してから、皆に相談に行くことになってしまった。

 そんなにもお気に召しましたか、ムーンでライトなクッキーは。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



「…と、いうわけで、ご意見募集中!」

 レディア宅には、なぜかまた心配性のリルクス君までいたので、説明が二度手間にならずに済みました。

 済みましたけど、なんか能面のような表情でこっちを見てる、怖い。

 多分ギルガゼートに知らせたことを怒られているような気がする。

「ほんとうに、み、みなさんにご迷惑をおかけして…」

 めきめきと俯いていくギルガゼートの額を掬い上げ、顔の位置を正面に戻す。

 落ち込んでいる場合じゃないよ。悪くないのに。

「一緒に考えて。ギルガゼートはちゃんと考えられると思ったから、内緒にしないで話したんだよ。信用してるからね」

「…は…、はいっ!」

 カッと目に力が篭ったので、多分大丈夫であろう。

 ふと、リルクス君が片手を上げた。

「ひとつ訂正がある」

「なんでしょう」

「俺は金を受け取り、ディーニアルデの護衛もやっているが、然程あいつを優先してない」

 …誰一人、その言葉に対して口を挟めるものはいなかった。

 えっと、リルクス君の言ってる意味がわからないんですけど。

 賃金をぼったくっているのに、護衛だと自他共に認めているのに、依頼主を優先しないって何だ?

「元々気まぐれで助けた犬だ。まあ、気付いたときにそれなりに助ける。すると金をくれるので、最近では定期収入のほうが都合がいいかと分割受取にした」

「日々の護衛の給料じゃないの!?」

「何度も助ければそれなりの金額になっただけ。前はくれるという時に一括でもらっていた。だが、大金を見るとトワコが怯えるから…」

 今日は給料日だったよオマエー、いつもありがとうアナター、と毎月やっていて楽しいらしい。こちらとしては特に聞きたい話ではなかった。

 犬耳王国では、豪遊するでもないリルクス君の生活費は、もはや完全保障だ。

 気まぐれとはいえ王子を守っている魔王級の空間魔法使いは、国としても繋ぎとめておきたい人材なのだろう。

 ほぼ永続的な月払いとは、目に見えて安心できる「関係継続の意思」だ。

 むしろ喜ばれたことだろう。契約とかそういうのはないけど、嫁も定住してるし、国防にも手を貸してくれるもんね。

 分割支払いといっても、王子様の命の代金×複数回だから、既に遊んで暮らせる金額をお持ちだろうな。

 でも決してギルドとかにはお金を預けず、自作のアイテム袋にタンス貯金のリルクス君。

 …袋でもタンス貯金って言うのかな。袋貯金…あれ、それただの財布じゃね?

 くいっと紅茶を飲み干して、リルクス君は真顔で告げた。

「俺は俺のしたいように生きる。邪魔する奴は殺す」

 あ、戦闘民族の方でしたっけね。

 横道に逸れていた思考が、びっくりしてヒュッと戻ってきたわ。

 えぇと、いきなり命を狙わず、まずは話し合いをしたほうがいいと思いますよ。

 ギルガゼートが眉を寄せて考え込んでいる。何か、空間魔法使いの琴線に触れる言葉だったのだろうか。

 できればあのようには育たないでほしい。

「ディーニアルデも、邪魔をしたら普通に殴る」

 更に力強い調子で行われる、護衛対象にも危害を加える宣言!

 殺さないところは微妙な優しさなの? それがリルクス君の友情なの?

 とはいえ、魔王にそんなことをいうほど、僕は命知らずじゃない。

 ふーん?って顔を保つので精一杯だ。

「同胞を売る奴隷商は潰す。買って利用しようとする奴は殺す。だから、わざと捕まったという仮定自体は構わない」

「そっかー、ありがとう?」

 本当はリルクス君、きっと捕まってあげたりしないね…その場で殲滅ですよね…。

 でもせっかく本人から許可が出たから、その線で行こうね。

「ふむ。幸いにもギルガゼートにはまだ契約魔法が使われる前であったし、リルクスにも奴隷の契約などない」

「当然、です」

「非合法ゆえ、売り買いした記録は残していない。マサヒロのお陰で奴隷商もこちらについた」

 やっぱりディーには敬語を使うリルクス君。なぜなんだ。

 ディーが僕の名を出したのがわざとかどうかは知らないが、ギルガゼートの目には確実なやる気が灯っていた。

 ごめんね、何か奴隷商を寝返らせるために尽力したみたいに言われたけど、僕はCDしか出してないんだよ。

「相手がぼくを知らない以上、強制することはできないということですね?」

「うむ。つまり、しらばっくれる方法は幾らでもある。皆、悪知恵を余さず出せ!」

 言い方ーッ!

 出したいけど出せない諸々の言葉は飲み込んだまま、僕らは積極的な討議を行う。

 如何にしてリルクス君を有効活用し、相手を叩き潰すかの算段だ。

 隣国って、あれだったよ。ドラゴン退治のときに遠巻きにこっち見てたあの国だった。

 内地だから囲まれてる国、皆隣国じゃんね。大変だね。

 友好的じゃない相手は、やっぱり虎視眈々と領土を狙ってくるらしい。

 伝説級のディーが現在スオウルードの最大戦力だから、隙あらば引き摺り落とそうとしてくるんだってさ。

 …頑張って性格を隠すわけだね。

「獣人側があえて雇用契約を結ばないのは、リルクスを…」

「そうすると管理責任の所在が…」

「でもトワコさんと結婚したから国籍は…え、違う? そもそも獣人の戸籍って詳細…匂い判断!?」

「俺はあの国では、ただの旅人だ。定期的に滞在証を更新している」

「それでは行き帰るのに毎回入市税が…ああ、そもそも空間魔法だから出国すらしていない扱いなのか」

「犬耳ーズ、リルクス君の一切の管理を放棄してる! これ、大らかってもんじゃないよ!?」

「マサヒロ、犬耳だけでなく猫耳もいるぞ。それに熊耳や鳩胸も…」

「違うの混ざってる!」

 たまに脱線しつつも、僕らは皆ギルガゼートを守るため、一致団結して作戦を練り上げた。

 …ちなみに、この件をディーニアルデに報告するのは、最後まで忘れた。

前へ次へ目次