敵を知ろう:前半戦
難しい顔で考え込む、僕とディー。
どうしたものだろうか。
「買い手を潰さないと」
「しかし、私が赴いて罰するわけにもいくまい」
「厄介だなぁ。奴隷商め。だいぶ、厄介だよ」
窓を挟んで、デパ地下で買ってきたお惣菜をつまみながら、僕らは悩む。
溜息をついて、ディーは麦茶の入ったコップを傾けた。
「隣国の貴族か。私の一存で好き勝手にはできんぞ」
「ぬーん…ディーの腰が重い」
そう。
ギルガゼートが売られる予定だったのは、なんと隣の国の貴族のもとだった。
あの奴隷商、無駄にグローバルらしいのだ。
ご予約の空間魔法使いが手に入らず、隣の国のお貴族様はお怒りなのだとか。
「仕方あるまい。国際問題にするわけにはいかん」
何としても逃げた空間魔法使いを探せと叱られ、奴隷商は身寄りのない子供が隠れていられそうな場所を探していたという。
お貴族のヤロウ、人間を予約する時点でグーでパンチものだよね。
…なんて、口先だけは元気な柾宏です。
「…まさか諦めないでギルガゼートを探していたとは思わなかったよね」
「うむ。しかし奇妙な話ではない。我々とて雇う予定だった空間魔法使いが行方不明になったと言われれば、その捜索に手を尽くすだろう。貴重な力なのだ」
「もし、奴隷商のところで見かけたら買い取った?」
「そもそも我々が好んで奴隷商に行くようなこともないのだが。空間魔法使いだとわかっていて見かけたのならば買っただろうな」
「うわ、引くわー」
実はスオウルード国は、奴隷を持つこと自体を禁止してはいない。
ひとつは、犯罪奴隷。
死罪にするほどでもなく、されど更生には手間がかかる犯罪者というのはどうしても存在する。
けれど税金と手間をかけて犯罪者を養い続けるほど、異世界は甘くない。
…ということは、捕まえた者はそれなりにおとなしくさせつつも、生活の糧を与えなければいけないのだ。
奴隷、うってつけ。
もちろん借金のカタに奴隷になるという場合もある。破産したって、公的扶助なんてもの、ありはしない世界だ。
つまり、ふたつめ、契約奴隷。
お金や品物や、何か約束事の代価として自己責任で奴隷になるというわけだ。
世知辛いけれど、人道的ではないけれど、そうしてこの異世界は回るのだろう。僕に口を出せる話ではない。
また、契約魔法というものが存在することも、きっと奴隷制がなくならない理由のひとつだ。
例え元が犯罪者であっても、契約魔法で縛ることで、主人の望まない行動を抑止できる。
「…そんな目で見るな。酷使などしないし、契約奴隷ならば自身を買い戻せるように配慮するぞ」
奴隷買うとか言っちゃうディーに対して、ちょっと痛い目を向けてしまっていたようだ。
困ったように溜息をつかれる。
まぁ、ディーが奴隷をめためたに酷く扱うだなんて、本気で思っているわけではない。
「何とか向こうから「そんな子いらねぇよ!」って言ってくれる方法はないものかなぁ…」
現状では、大局から見てもディーエシルトーラ殿下の保護下なのだ。
ディーの懇意にしている魔導師と魔道具職人が世話をしてるんだからね。
いくら違いますと弁明しても、あたかもディーが予約していた奴隷を横から掻っ攫ってしまったかのよう。
きっと隣国の貴族もそう思うことだろう。
そこで僕ははっと気がついた。
「相手方には、ギルガゼートの情報がどこまで流れてるんだろう」
「…ふむ?」
「名前とか年とか出身地とか、そういうことだよ」
「それを相手が知っていると問題があるのか?」
「…知らなかったら、リルクス君を替え玉に出来る」
ディーは唖然としたように僕を見た。
我ながら名案だと思っていた僕は、続く相手の言葉に度肝を抜かれた。
「ギルガゼート可愛さにリルクスを売ろうとは…外道なことを…」
「違いますけど!」
魔王級のリルクス君が相手を威嚇すれば、「あんな空間魔法使いなら、危ないからいらねーよ」って言うと思ったんだよ!
リルクス君は空間魔法使いの不当な拘束を決して許しはしないだろう。
ギルガゼートの待遇が悪かったら、僕ら皆殺しにされるところだったくらいだからな。
きっと無報酬でも義憤から協力してくれると思う。
思うんだけど、もし動いてくれなさそうなら、トワコさんが実は好きだという牛野屋の丼やバーレル・サンダーさんのチキンを報酬に据えてもいい。
速やかに快く受けてくれることだろう。
…この扱い方…。
僕も、ディーのことを言えなくなってきたな…。